舞踏会の準備


 舞踏会当日、午後二時過ぎ───



「ねぇ? シェーン?」

「はい、何で御座いましょう?」

「これ……このドレス……胸元開きすぎなんじゃ……」



 宿泊しているホテルの部屋にて、ボディを飾り付けられている最中のアオイ。



「いつもとは違うデザインだから気になるんですよ! とってもよくお似合いです!」

「そう、かな?」

「えぇ!」



 オリーブグレイのシルク生地。

 とろみのあるその生地のドレスは、胸元はゆったりと着物のような合わせをしており、後ろ姿も富士のようなうなじが綺麗に見えている。

 このドレスはあまりにも豊満な胸をもつ人物が着ると、異性にあえて意識させてるのではないかと少々印象が悪いが、スレンダーで背筋が良い人物が着ると上品で格好がつく。

 ビショップスリーブにフィッティドカフス。

 ジャストウエストの着物の帯のような切り替え。

 腰から下もシルクという素材を十分に活かしたドレープのみ。

 特にリボンなどの装飾もなく、舞踏会に行くにしてはあまりにシンプルなドレスだ。

 しかしだからこそ着るものを選ぶ。



「このドレスは旦那様のお母様、セレナ様が気に入っていたドレスなんですよ?」

「え、そうなの……? 私が着ても良いの……?」

「勿論! セレナ様もこのドレスもきっと喜んでおりますよ!」

「本当に?」

「えぇ! だってこんなにお似合いなんですもの!」



 「ホラ!」と姿見に映されるアオイ。

 狼森家のメイド達に着せられるドレスは、どれも自分では選ばないような大人っぽいものばかり。

 しかし自分でも恥ずかしいが、瞳や髪色、全て引っくるめて確かに似合っていると思う。



「………ありがとう」

「ふふ! さ、次は飾りつけですよっ!」



 ステラが大事そうに持ってきた、何とも高そうなエメラルドのイヤリングとネックレス。

 これらも怜のお母様が生前身に付けていたものらしい。

 ゆっくり丁寧にエメラルドが飾られていく。

 舞踏会にはシンプルすぎるドレスに美しい装飾が加わった。

 オリーブグレイのドレスによく似合っている。



「きれいね」

「えぇ、こちらもよくお似合いです」



 エメラルドが反射して眩しい。

 きらきらと深く輝いて、まるで彼の瞳のようだ。

 鏡越しに飾られた自身を見ながら、ふと母を思い出す。



「……精霊にはね、それぞれを表す色があるの」

「あぁ、聞いたことあります! 火の精は赤、水の精は青、地の精は黄、そして風の精は緑、ですよね?」

「そう! 緑は平和を表す色でもあるでしょう? わたし緑が大好きなの」

「えぇ、アオイ様には緑がとってもお似合いですよ」

「んふふ! なんか照れるね! ありがと!」



 髪やメイク、全体を見て整えながら、シェーンは不安そうに本当に言わなくて良いのですかとアオイに問う。

 だって同じ邸に住む人間が同じ舞踏会に参加するのだ、何故なにゆえ共に行かぬのか。



「……うん。大事な舞踏会って言ってたし。私の事だから余計な心配掛けちゃうだろうし、この国の貴族は殆ど来るって、ルイ様が言ってたから……。人間に戻って、忙しいでしょ? 出来れば邪魔はしたくない」



 邸のあるじを見送り、宿泊するホテルへ出発したアオイとメイドのステラとシェーン。

 舞踏会が開催される小宮殿から少し馬車を走らせたところにあるホテル。

 もちろん余計な心配は掛けたくないのでメイド達には秘密厳守で予約してもらった。



「しかし、流石に大勢の貴族が来ると言っても、旦那様も気付かれるのでは……」

「だから目立たないドレスをお願いしたのよ! ねっ? きっと他の人はもっと派手でしょう?」

「「そりゃあ、まぁ………」」



 ステラとシェーンはお互いに目を合わせながらアオイの言葉に同意するも、シンプルなドレスとは言えこれじゃあねぇと、着飾ったアオイを見る。

 アオイはあまり自分の容姿には関心がないのか何なのか、正直もっと外見にも目を向けて欲しいと思うメイド達だった。





 ──舞踏会三日前、狼森家別邸にて。

 本邸にてクリスとの打ち合わせが終わり、怜は厨房で英人と何やら話し込んでいた。



英人えいと、」

「はい旦那様」

「これを。舞踏会が終わった後、私にだけこれを使った料理を提供して欲しい 。私にだけ、だ」

「……! これが、例の……!?」



 スキュラから貰った薬は、料理人兼幼馴染みである英人に間違いが起こらぬよう怜自ら手渡しでお願いした。

 家人の子と主人の子で小さな頃から同じ邸で育っただけの二人、立場は違うが思い出は沢山ある。

 当時は一緒に走り回りよくコニーに怒られていたものだ。



「あぁ、例のものだ。くれぐれも私にだけだぞ?」

「ははっ、勿論! そうじゃないと俺達も戻ってしまうんだろう?」

「ふんっ、またお前も犬に戻りたいって言うなら話しは別だが?」

「馬鹿言え! ナウザーや警備の奴らとは違って、俺達料理人にとっちゃ何の徳にもならねー姿だよ!」

「そうか? 畑まで野菜を取りに行くのが楽だった〜なんて言ってたクセにか?」

「と! とにかくっ……! とびっきり良い出汁が効いた料理作ってやるから楽しみにしとけ! な! 旦那様!」

「ふっ、はいはい」



 「安心して昔みたいに女でもはべらしとけ~~!」なんて一言が余計だが、これでようやく舞踏会に専念できる。

 しかし今朝からアオイの様子がどうもおかしいのだ。

 スキュラを訪ねてからというもの、予定がすれ違い、食事の席すら共に着けず二人でゆっくり話す時間もない。

 アリスのところへ行ったと聞いたが、それからメイド達もソワソワ落ち着かない。

 理由を聞いてもそんな事ないの一点張りだ。


 王妃直々に招待された舞踏会、王女の婚約者になるのではと噂される100年前の辺境伯。

 既に〈狼森 怜〉の噂は貴族達の間で広まっている事だろう。

 只でさえ秘密主義の狼森家なのだから格好の的だ。

 またあの面倒な社交が始まるのかと思えば気が重い。

 昔ならどの女にしようかとちょっとは愉しんでいたというのに。

 しかと反省し学習したのか、それとも歳をとっただけなのか。

 後者ならばかなりショックである。



(いいや、まだ若いよな……)と小宮殿近くのホテルにて、アオイと同じように、コニーとアンに飾り付けをされる自分を鏡で見ながら、無駄に色っぽい溜息を漏らす怜であった。

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