我、女王也。
「なんだか、言うこと言ったら楽になった気がする」
「まぁ、そう、だな。私も人間であることが知られて少しは楽になったしな」
「ははっ……そうね……、人間、ね……、うん……」
お互い『今まで通り』が望みなのだが、いざ今まで通りに接しようと思うとなかなか難しいものだ。
こればかりは時間を掛けるしかない。
それに今まで犬だと思って接してきた己の行動を振り返ると、かなり恥ずかしい。
冷静に冷静にと心を落ち着かせ、アオイは「あのね、その……聞いてほしいことがあるの」と、肩をすぼめ小さくなりながら、かねてからの希望を怜に話し始めた。
「どうした?」
「もしかしたら怒るかも……。言っておくけどこれは私の勝手な我が儘だからね。聞き流しても全然構わないから」
「?」
「あの、その、えと……」
もじもじするアオイは素直に可愛いと思う。
しかしその口から出た言葉はとんでもないものだった。
「わたしの犬に……私だけの犬に、なってほしい、の」
「…………………………………………は?」
沈黙の長さに思わず固く目を閉じたアオイ。
怖くて顔も見れない。
100年も犬の姿でやっと人間に戻ったと思えば、また犬になれとお願いされるのだ。
そりゃあ怒って当然だろう。
けれど、いつからか、私欲が我慢できなくなった。
(でも、怜じゃなくっちゃ嫌なの。あのもふもふにもう一度埋もれたい。他の犬じゃ駄目なの……)
未だ続く沈黙に、アオイは取り繕うように補足。
「っあの! えっと、
「は!?」
「私、代わりに何でもするから……! 怜の望むこと何でもするから……!」
「な、は、はぁ!? お前っ、何でもって……はァ!!?」
アオイは固く瞑った目を、ほんの少しだけ、開いた。
すると、彼は顔を真っ赤にして、更にあんぐりと口を大きく開けている。
あぁきっと怒らせてしまったんだと思った。
もっとタイミングをみて話をすればよかったと。
やはり言わなければ、逆の立場ならどう思っただろう、嫌な気持ちにさせただろうか、そう反省していると「ちょぉ~~~~~っと待ったァ!!」と聞き覚えのある声。
「フローラぁ~~……?」
「またお前か……」
またもや立ち込める甘い香り。
この
だからこのフローラルの香りが苦手だったのだが、最近はこの妖精の印象しかないのでもう慣れてきた気さえする。
「もうっ! 呼んでないのに何よ!」
「んんーっ! だってだって、言い方がおかしいんだもの。聞いてらんないわ……!」
フローラは見た目に似つかわしくない地団駄を踏みながら、がっくんがっくんとアオイの胸元を掴んで揺さぶっている。
それはもう「あうっあうっ」と首がもげそうな程に。
フローラが撒き散らした花弁が唇に引っ付くたび、ぺっと吐き出すアオイ、これが一国の姫とは誰も思わないだろう。
「ちょっとフローラ! 何だって言うのよ今度は……!」
「もうアオイったら何だも何もないのよ! ちょっと! そこのアンタっ!」
「は?」
目を見開いてぐるんと顔を綺麗な男に向けるフローラ。
わなわなと手に力を込めるのでアオイの首がどんどん絞まっている。
かなり苦しそうだが大丈夫なのだろうか。
「勘違いして調子に乗ってるみたいだけどねェ……!?」
「ふろっ……! ぐるじっ……!」
「はぁ……?」
「アオイが言いたいのは、もう一度呪いにかかって犬になってほしいって意味なんだからね!?」
「じぬっ……! ふろっ……!」
「あー、そう言う……」
「決して、決っっして……! 奴隷的な、卑猥な意味はないんだからね!? そもそもアオイは純情娘なんだから! そんな事言うハズないんだからっ……!」
「ふぐぅ……!」
「あーーー、それはまぁ、分かったんだが、そろそろ……」
「そろそろ何よ!? 話を逸らすつもり!?」
「いや、アオイが、死ぬぞ……」
「え?」
──「げふん……」
「あ、アオイーーーー……!!」
*******
すーすーと寝息を立てているアオイ。
どうやら気を失っただけのようだ。
「取り敢えず寝かせておきましょう」
「そうね、起こすのも可哀想ですしね」
アオイを自室へと運び込んだメイド達は「ふぅ」と額の汗を拭った。
フローラは十分に反省し(謝罪せねばならない相手は気を失っているのだが)、自分の居場所へ戻っていった。
それでは私達もといそいそ部屋を出ようとするメイド達だが、邸の
「お前達……」
「は、はい……?」
「何で御座いましょう……?」
「別に何も聞いておりませんよ……??」
「私もまだ何も聞いていないがな!? と言うか扉に耳を引っ付けておいて聞いていないわけなかろう!?」
「えぇ……と……??」
「はて」
「ドアが耳に引っ付いてきたので御座いましょう……??」
アオイが倒れ、誰か呼ぼうと扉を開ければメイド達の姿。
あの姿はもうしっかりちゃっかり聞く態勢だったに違いない。
何処から聞いていたんだと問いただせば、「違う女の香りがしたので……」なんてまるで浮気現場でも探るかのような嗅覚。
もう犬でもないくせに。
違う女とは恐らくフローラの事を言っているのだろう。
(となるとかなり最初の方から聞き耳立てているじゃないか……!)
全く、と呆れたようにいつもの溜息。
「まぁ良い。どちらにしろ一人で抱えるには大きすぎる事実だ。さて、まずは
「「「畏まりました!」」」
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