伝説の……?


 知られたくなかったなと、落ち込んでいるアオイ。

 フローラの話によれば、彼女は『公国初代の姫』と言うことになる。

 何年生きているのかさえ分からない。

 そもそも気軽に会話してよい人物だったのかと、今までのおこないを思い返し、身震いした。

(傍に居てほしいなど、烏滸おこがましいにも程があったものだ)

 まさかここまで身分不相応だとは。

 ふたりの間に壁が出来た気がして、落ち込む彼女に触れるのを躊躇った。



「その、なんと言ったらいいか……」

「普通にして? 今まで通りに、ね? お願い」


 

 そう可愛く御願いされる怜だが、アオイの立場を考えれば命令出来る筈だ。

 そもそも何故命令しないのか。

 権力なら持っているのに。

 思い返してみても、己が知る『姫』とはだいぶ違う。

 それこそ本物の男爵令嬢でさえもっと気品があるだろう。


 だが、目の前に居る初代公国の姫はまるで一般人。

 素直さと度胸はあるが、気品も無ければ威厳も無い。

 接しやすいと言えば多少聞こえは良いだろう。

(いや。これ以上は不敬になるから止めておこう……)と思った怜だが、アオイはそんな気遣いも要らないし、して欲しくない。



「ねぇ……普通にして? また仲良くなった人と距離が出来てしまうなんて、嫌なの」

「……また?」



 『また』と、言うぐらいだから、それなりに理由はある。

 ──アオイは16歳で呪いが発動される前、両親にこう言われた。

「ラモーナ出身なのも母親がシルフィードってことも言っちゃ駄目よ!?」と。


「そんなの知られたら大変! 私の可愛い可愛い子供達が悪いように利用されちゃう……!」

「そうだぞ! 外の大人はお前達が思うよりずっと小賢しく不誠実だからな!」

「なーーにが不誠実よっ! 元はと言えば貴方がさっさとハッキリ言わないからこの子達に会えないのよ!?」

「す、すまん……」

「兎に角! 余計なことは言っては駄目! 困ったときは周りの妖精達に頼りなさい!」


 あの頃は外の世界を殆ど知らなくて、「分かった分かった。外だとたった4年程なんだから大丈夫だって」なんて軽く笑い飛ばしていたアオイ。

 勿論両親との約束は忠実に守っていたし、ラモーナを出て初めての街でスラムを見たものだから、言われたことを理解し同時にゾッとした。

 少し裏手に入れば痩せ細った老人、子供。

 その場所に居た人はつらければ歌って踊る陽気な人達ばかりだったから何事もなく過ごせた。

(と言うかその時は今よりもまだまだ妖精さん達に頼ってたしね……)

 それで、改めて理解した。

 自分がどれだけ幸せか。


 そして何週間、何ヵ月なのか分からないけれど、アオイはある街で同年代の女の子と仲良くなった。

 綺麗で、可愛くて、お人形みたいで、育ちも良かった。

 その子は国でも大きな商会の娘だった。

 すごく気があって、仲良くなって、楽しかった。

 でも、アオイは、どうしても、嘘がつけなくて。

 遂にその子だけに言ってしまった。


 ──「実は私ラモーナ出身なの!」


 最初は「えーー? ほんとーー??」なんて信じてくれなかったけれど、その子は他愛ない話としてディナーにそれを溢したと言う。

 その子が居た国は古くから、妖精が住み着く家は安泰で、妖精に好かれる人間は富をもたらすのだと言われ、国では妖精が見える妖精鑑定士なんて職業もあった。


 その子の両親はこっそりアオイを鑑定させた。

 勿論、悪気は無かったのだろう。

 むしろ大事な娘を守る為、変な友達が出来ぬよう確かめたのだと思う。

 しかし、それが大変な事態を招いた。

 当時のアオイは一般常識があまり無かったものだから、数多くの妖精を引き連れていた。

(と言うか勝手に付いて来たんだけど……)

 どうやらアオイの引き連れていた数が尋常じゃなかったらしく、そこから、周りの態度が一変した。


 昨日まで仲良く話してた子は頭を上げることが出来ず、「数々の失礼を」と謝るばかり。

 両親は自分の商会で扱っている商品をアオイに献上しようとしたり、アオイの何かにあやかろうと、泊まっていた宿には客が押し寄せ、同じ部屋を予約したいと、座った椅子は何処だと、異常な程に。


 その国では妖精は信仰の対象だから、仕方が無いのかもしれない。

 けれど、アオイは怖かった。

 それから「もう行かなきゃ。楽しかったよ、ありがとう」とその子に置き手紙だけ残し、一旦迷いの森に逃げようと身を潜めた。

 妖精国の国境を囲む迷いの森は、心が美しいものしか入れない結界、もし誰か追い掛けてきたとしても善良な人だから大丈夫。

 結界の中で、多少時間の流れが変わるかもしれないけれど、落ち着くには、一番だろうと。



「──それから、何故自分の事を言っては駄目なのか、悪いように利用されるって具体的にはどんな事なのかよく考えて、今度こそ両親に言われたことを忠実に守ろうと、あと、妖精さん達には私が呼ぶまで出て来ないでねってお願いした。で、そんな事を考えてるとき、立派な角を持ったヘラジカに出会って、折角ならもふもふを探して旅をしようって目標決めて、また外の世界に出たの……」

「なるほど……、そうだったのか」



 もふもふに行き着く経緯には少し疑問が残る怜だったが、自分が想像していたよりも高いくらいに、誰とも目線が合わずさぞかしもどかしかっただろう。



「だから、その、姫だとか聖霊とのハーフとか、そんなので、私と距離を取らないでほしい……。私は、私だもの」



 アオイの知らなかった世界を教えてくれた、あの可愛い女の子、初めて外の世界で出来た友達。

(けど、ひどい話よね、私だって分かってる)



「あはは……、これじゃあ人間に戻ったときの怜と一緒だよね……。説得力ないか……」

「いや、いいんだよ。私だって人間であることを黙っていたんだ。アオイは元々犬好きだし、仕方ないさ。お互い様、と言うことにしよう」

「ありがとう……優しいね。犬だったらよしよしするのになぁ」

「犬でもするな!」

「んふふ!」



 怜は止められた100年で大人になり、アオイは故郷の100年を犠牲にし、外の世界で大人になった。

 この不思議な縁は、誰が決めた縁なのだろう。



「しかし、そのなんだ……。私も、受け入れるのには時間が掛かるぞ……?」

「し、仕方ない、ね……? 私も黙っていたからね……お互い様……」




 うむ、とお互いに納得したところで、アオイについて気になる事がひとつある。



「アオイは……、何歳なんだ……?」

「え? 前にも言わなかったっけ? 人間年だと十九……」

「じゃなくてだな……、そのー……結界の外だと、年数は、何れくらいになるんだ?」

「あーー……、えーー、聞いちゃうの……? 400年は経ってないと思うんだけど……正確な年数は……」

「よ、よ!?」

「ちょっと待って! 時間の流れが違うだけだから! 私自身は十九歳だから……! 決っして巷で聞くようなロリババァとかじゃないからね!?」

「流石にロリと呼ぶには……。どちらかと言うと伝説の生き物的な何かだな……」

「ちょっと!? 勝手に伝説にしないで……!?」

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