それを加護と呼びます


「よぉ、お嬢さん」

「っ誰……!?」



 突如茂みの中から現れた男達。

 そう言えば木々がざわめいていたかも知れない。

 それなのにアオイはもふもふの事で頭が一杯で、風の声も聞き逃してしまっていた。



「馬鹿野郎。お前ここは本邸じゃねぇよ」

「えっ、そうなんスか!?」

「チッ、ったく。別邸だけには近付くなっつー歴代のおかしらからの教えだろうが。つうか狼森家自体軽い気持ちで近付くんじゃねぇよ」

「す、すんませんしたッ……!」

「だが、確かに上物だな。しかも一人で。狼森の娘じゃあねぇみてぇだが、随分と馴染んでやがる。……一体誰なんだ?」



 いかにも悪そうな数人の男達は、気が付けばアオイの周りを囲んでいた。

 助けを呼ぼうとするが、相手もプロ。

 背後から仲間の男に薬品を染み込ませた布を口に詰められ、手足は拘束された。



「ま、金になりゃ誰だっていい。売る前に壊されたくなきゃ大人しくしとくんだな」



 そうアオイに言うスキンヘッドで耳の後ろに蛇の刺青を入れた男は、小ぶりなナイフを取り出した。

 抵抗して暴れるアオイを静かに睨み付け、ビリッとドレスの裾を切ると、ヒンヤリとナイフの感触が内太腿うちふとももを伝う。


 薬品のせいか視界はぼやけ、次第に力が入らなくなってきた。

 こんな時に限ってなのか、警備人の三人は本邸に行きナウザーもコニーも、怜も居ない。

 料理人の英人えいととアランは食材の買い付け、伊太郎いたろうとチズルは、呪いが解け季節の変化で育てた野菜が駄目になる前にと、畑に収穫に行っている。

 庭師の二人も、雪解けした裏庭の手入れをしていて此方には気付かない。

(あとはメイドの三人か……掃除をしてると言っていたっけ……窓から、見えるとこなら……)


 くらりとする視界の中で、オレンジ髪の人物が瞳に映った。

 あれはシェーンだ。

 焦って窓を開けているところをみると、恐らくこの現場を目撃した筈だろう。

 だがアオイは、そこで気を失った───……







 ……───ふと、目を覚ませばそこは見知らぬ小屋。

 人が住んでいた形跡が僅かに残っている程度で、今は使われていないようだ。

 ホコリを被った机や、硝子ガラスの曇った食器棚、朽ちたカーテンもそのままだ。

 ピチチと、小鳥が囀ずる声が聞こえる。

 何処かの森だろうか。

(なら、きっと皆、助けてくれる筈……)


 連れ去った男達は、恐らく紅華フォンファ国の人間だろう。

 話し方も紅華国の方言が交ざっている。

 空は薄ら明るく、東には太陽の輝きが見える。

 と言うことは丸一日気を失っていたのか。

 衣服は破かれたドレスのままだから恐らく身体は無事、『売る』と言っていたから無闇に傷モノにはしない筈だ。

 口は器具のようなもので塞がれ、言葉を発せない。

 手は拘束され小屋の壁と鎖で繋がっているが、脚の拘束は解かれている。

(手の拘束をなんとかすれば、外に出られる……?)



 ──「お? 何だ。気が付いたか」



 手首を回したり捻ったり引っ張ったり抜け出せないかと足掻いていれば、男が一人入ってきた。

 短髪で腕に蛇の刺青を入れたその男を睨み付けると、男は反対にニヤリと笑う。



「いいねぇ……その顔。そそられるぜ。その顔がもう許して下さい! って表情に変わるの、俺ぁ堪んなく好きなんだよねぇ」



 ニタニタと舌なめずりしながら近付くと、アオイの脚を床に押さえ付け、己の人差し指をツツ──と、脹ら脛から太腿ふとももへと這わした。

 男の指は脚の付け根までいくと、そこを親指ですりすりと撫で始める。

 手入れがされていない男の親指は、付け根の柔らかい皮膚に引っかかり、若干の痛みが伴った。



「んんんッ……!!」

「あ"ーーークッソ堪んねー……」



 暴れようにも脚を押さえ付ける力が強い。

 勿論アオイは生まれてこの方こんなことは初めてだ。

 怖いし気持ち悪くてどうしようもない。

 早く小屋から出て声さえ出せればと、そればかり強く願う。



「……一発ぐらいバレねーか?」



 男の言葉に思わず目を見開いてしまった。

 そんなアオイを見てまた気持ち悪くニヤリと笑う。

 男は付け根を擦っていた指で、アオイの下着を下ろそうと、手を掛けた。



「おい。テメーは目を離すと直ぐこれだ」

「やべっ」



 間一髪なのか、苦しくもスキンヘッドの男に救われた。

 冷静な態度を見る限り、恐らくこの男が皆のボスだろう。



「ったく、まだ誰なのかも分かんねぇってのに」

「へい。分かってますって~、ついね~」

「お嬢ちゃん悪かったな。まだ何もしねぇから安心しろ。綺麗な身体の方がすぐ売れるんでね。まぁ近頃は調教済みってのも人気だが、手間がかかる分高く売れる」

「薬で気持ち良くさせてやっから怖くないぜ!」

「………なァ、嬢ちゃん。分かるか? お前を買う奴がどっかの変態貴族でも、お前の親でも恋人でも、俺らから買うしかねぇんだ。お前は、誰に買われたい?」



 ニタリと、不適に笑うスキンヘッドの男。

 今まで、何人が売られたのだろう。

 その中で、何人が家族の元へ帰れたのだろう。

 きっと幼い子供も居たはずだ。

 金という欲の為に連れ去られ、さぞ怖かっただろうに。

 「ふざけるな!」と、反論しようも口を塞がれ言葉にならない。



「はっ、威勢のいい女だな。そろそろ出発する時間だ。ま、馬車でゆっくり話でもしようや。連れてこい」

「へいっ」



 短髪の男は慣れた手付きで壁と繋がれたアオイの施錠を外し、鎖ごとアオイを引っ張ると「歩け!」と乱暴に立ち上がらせた。

 痛いし怖くて今にも泣きそうだ。

 だがこんなところで泣くほど弱くはない。


 よたよたと力無く歩いていれば、鎖を引っ張っていた短髪の男はアオイの背後に回ると、尻を鷲掴み揺らすように揉んで耳をべろりと舐めた。

 腰の辺りには男の股間が衣服越しでも感じられるほど押し付けられている。

 好きでもない男に触られるのがこんなにも気持ち悪いとは。



「調教するなら俺が相手してやるからな」



 楽しみにしとけよと、馬車に投げ込んだ。

 そしてまた壁に鎖で繋がれ、何処に行くかも分からぬまま馬車は動き出した。

 お頭らしきスキンヘッドの男はアオイの口を塞いでいた器具を外し、「約束通り話でもしようや」と言う。

 ずっと口を開けていたので顎が痛い。



「けほっ、はぁ、はっ……」

「で? お前誰? 狼森家の娘じゃねぇんだろ?」



 かしらの男は慣れているのか感情はなく、簡潔に仕事を済まそうとしているようだ。

 アオイを見る瞳に興味の欠片すらない。



「あ、貴方達ね! こんな事してるとタダじゃ済まないよ……!?」


「ぶはッ! 聞いたかよ!」

「タダじゃ済まないのっ!」

「はぁ……もう聞き飽きたぜ。金持ちの子ほど言うんだよな。でもなぁ、一人残らず売っぱらったぜ? みーーーんな、一人残らず・・・・・だ。タダじゃ済まないって? それはお前の力じゃないだろう? 一体誰が俺達に制裁を下すと言うんだ? なぁ、教えてくれよ」

「パパか!? ママか!?」

「それとも愛しいあの人か!?」



 「ギャハッハッハ……!」と、下品な笑い声が森に響く。

 己の行いは全て己に返ってくるのだ。

 今迄のツケを、今ここで、払ってもらおうではないか。



「制裁を下すのは! 此処に居る皆よ!」

「はぁ?」

「御願い──! みんな!! 私を助けて……!!」



 これでもかと、大声を出し助けを呼んだ。



「ぶはッ!! んだそりゃ!」

「聞こえるワケねーだろ!」

「誰も見てねーし聞いてねぇーっての……!!」

「叫んでも無駄だぜ?」

「そんな事ない! みんな、見てるし聞いてるの!」

「はぁ? こいつマジで何言ってんの??」



 暫しの静寂の後、ひとつの強い風が吹き抜けて行く。

 風は辺りの木々や花を揺らし、空気の変化を感じ取った馬は不安なのか落ち着きがない。



 ──「ギャアアァアアア…………!!」



 御者の男は突然叫ぶと、ドスっと地面に落ちた鈍い音。

 大きな足音でガタガタと馬車は揺れ、やがて止まった。



「い、一体何だってんだ……!」



 慌てて皆馬車の外に出ていったが、アオイは壁に繋がれた鎖が外れなければ身動きが取れない。



「おいおいおいおい……! 何なんだよ!?」

「化物だ……!!」

「おい! 逃げるな! と、兎に角刺せ……!!」



 外が騒がしい間になんとか鎖から抜け出せないかと暴れていると、馬車の壁がバリバリと剥がされて、手は拘束されたままだが何とか逃げ出せるようになった。

 ところで助けを求めといてなんだが、一体誰が助けてくれたのだろう。

 確認すれば、それは複数のレーシィだった。

 トレントと呼ぶ人もいる。

 フローラ同様、悪戯好きの木の妖精だ。



「痛ってぇ……!」

「おい、岩も動いてるぞ……!」



 どうやらトロルもいるらしい。

 ここら辺のトロル達は岩の姿のようだ。

 蹴られても全くびくともしない岩のトロル達。

 ラモーナ辺りのトロルは小人の姿だった。

 ギャアギャアと飛び回る鳥達は、ナイフを取り上げたり髪を引っ張ったりしている。



「何だよ! 何だってんだよ……!! お前、一体……!」



 ついに追い詰められ背中合わせになった男達は、へたりと地面に尻を着いた。



「私が誰かなんて関係無い! 誰も見てないなんて思ったら大間違いよ! この世は因果応報、善行・利他行を積め……!!」

「ふざけッ、あ"あぁあぁあ"─────!!」



 追い詰められた地面は、レーシィ達が地盤を固めていた場所。

 そのレーシィ達が動いたので地盤は緩くなり、男達は崖の下へと落ちていった。

 生きるか死ぬかは、あの人達の行い次第だろう。



「はぁ……っ、なんとかなるもんだ……」



 ありがとうと伝えると、レーシィとトロル達はにっこりと満足そうな顔をしてまた普通の木や岩に戻っていき、鳥達は何処かへ飛んで行った。

 馬車から解放された足腰の強そうな毛の長い馬に「ごめんね、どうか私を連れて帰って?」と頼むと、アオイを乗せ来た道を引き返していく。

 手の拘束は未だ外れず、痛みが走る。

(無理に引っ張られたし痕が出来てるかも……。あぁ……みんな心配してるだろうな。早く帰らなきゃ……)

 けれど泥だらけであまり手入れをなされていない馬を見ると、無理な要求はしたくなかった。



「貴方も疲れてるもんね。ゆっくり帰ろう?」

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