冬の庭の美声なロットワイラー


「はーーっ。息が白い! 流石冬の庭ね。とっても寒い!」



 ひみつのポシェットから出した、コートと冬用ブーツが役に立っている。

 それ程までに寒いのだ。

 正に真冬。

 明らかにポシェットには入らない物を取り出したので、アンには「何ですかソレ!?」と驚かれたが、そこは素直に旅の途中で妖精から貰ったと言ったら信じてくれたようだ。

 妖精自体は国によって身近な存在なので、たとえ理解出来なくても信じざるを得ない。

 例えばこの御邸のように。



「さて、ローラは何処に居るかしら?」

──「なぁに? 呼んだ?」



 美しい透き通るような声。

 鬼塚の声を聞いた後だから余計だろうか。

 垣根の奥から出てきたロットワイラーのローラは、また見た目に似合わず。

 筋肉質なボディーと大きさは、それだけで人を威嚇できるだろう。

 しかし優しい瞳だ。

 寒いのか毛糸の洋服と、足には靴下を履いている。



「今アオイ様に御邸を案内してて、最後がこの庭なのよ。一緒に御案内お願いしてもいい?」

「えぇ勿論。よろしくね、アオイ様。と言っても冬の庭には椿と節分草しか咲いてないのだけれど」

「こちらこそお願いします。二種類なんですか? なんだか意外だったわ」

「冬の花は限られてますからね。でもローラが丹精込めて作り上げた椿の垣根は本当に美しいんですのよ!」

「へぇ、それは楽しみね!」

「鬼塚はうるさかったでしょう?」

「んもう、その通りよ! 鬼塚ったら調子に乗っちゃって」



 なんて女子おなごらしい会話をしながら見えてきたのは、向日葵畑とはまた違う美しさ。

 大きな円を描き、紅い椿の垣根が美しく何重にも重なっている。

 その中心には雪が積もっているが、どうやら東屋あずまやのようだ。

 アオイ達はその東屋へ向かう。



「この垣根、カーブを描いてるのね、しかもそれぞれ高さまで綺麗に変えてある……」

「これはですね! 上から見ると大きな椿になっているんですの!」

「ちょっと、アンったら……」

「あぁ! なるほど! この視点からでは真の姿は見えないのね!」

「そうなんですの! 階段の踊り場の窓から見えるので、今度ご覧になってくださいな、まるで絵画が飾っているかの様な美しさなんですのよ!」

「何であなたが自慢するのよ」



 すらすらと先程の鬼塚のように説明するアン。

 そして隣には困った顔で笑うローラ。



「だってローラは全然自慢しないじゃない! 言いたくて仕方ないんだもの!」

「あらあら。気付くまでの時間と気付いたときの瞬間も美しさのひとつよ」

「そ、そうなの……?」

「面白い。同じ庭師でも鬼塚とは全く別のタイプなのね?」

「そうで御座いましょう? ローラってとても凛としていて尊敬できる女性ですの!」

「全く、アンったらもう……恥ずかしいから」

「本当なんだからね!?」



 東屋に到着した一人と二頭は、仲良く一緒に茶をすする。

 しんしんと降る雪と温かい緑茶、隣にはもふもふの犬ともこもこの犬。

 非常に和む絵だ。

 東屋の周りには節分草が椿を引き立てるようにひっそりと植えられている。

 そう言えば椿と節分草の花言葉はなんだろう。

 先程まで散々語られていたので気になってしまい聞いてみるが、うーんと考えたあとに「何だったかしら」と、ローラ。



「私は特に意味なんて気にしないので。美しいものはどんな意味でも美しいですもの」

「さっすがローラね! 小うるさい鬼塚とは違うわ!」

「そんな事。ちゃんと想いが込められているものはなんだって美しいと思うわ。だって鬼塚の庭ってとっても美しかったでしょう?」



 アンが褒める意味がよく分かる。

 ローラは格好良い犬だ。

 勿論見た目もそうだが、ハッキリと自分の意見を述べ、自分と違う考えを悪だとは言わない、その心が格好良い。



「アオイ様。因みに花言葉は、椿が謙虚な美徳、節分草が 微笑み・人間嫌い・拒絶です」

「あらよく知ってるわね」

「鬼塚が五月蝿いから覚えちゃったわ」

「全く仲が良いんだから」

「良くないってば!」



 ふんすと鼻を鳴らすアンだが、何だか満更でもないような。

 思わずにやつくアオイは、いけないいけないと手の甲をつねった。

 きっとまだ、アオイや周りの犬達がとやかく言う事ではないのだろう。

(だってこんなにも分かりやすい態度なのに、ローラは黙って見つめているだけなんだもの)

 単純に見守っているのか、はたまた楽しんでいるのか。


 暫く話にも花を咲かせていると、どうやら怜が仕事から帰ってきたようで、垣根越しにピンと立った耳が見えた。



「あっ!」



 アオイは話してた内容の続きなんて何処かに吹っ飛ばして、勢いよく立ち上がり怜の元へと駆け出した。

 愛しき我がもふもふ。

 嗚呼、素晴らしき哉、もふもふよ。



「あら? もうそんな感じなの?」

「えぇ、そうなの! 恐がりもせず私達にも好意的でそれに素直で可愛らしい御方だし、でも、その……」

「その?」

「まぁ、その~……犬が……大変お好きなようで……」

「あぁそういう事……。理解したわ」

「旦那様の事もただの大きなわんこだと……。あ、喋れる大きなわんこね」

「有り難いといえばそうよね。第一印象はバッチリじゃない?」

「ううん……、そうね。言い方次第よね。さすがローラだわ」

「……正直言うと、元に戻れるなら、多くは望まないわ」



 「そう、ね……」と、オーストラリアンシェパードはローラの言葉に同意したのだった。

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