第54話:悪役令嬢と聖女7
港街。
倉庫街に近い路地裏。
「あの先の倉庫ですね」
「ええ、今日は声が聞こえないので、眠らされているか、猿轡か」
私の言葉に、長身グラマラスな少女が答えた。
マルチナさんの従姉のアンゲリカさんだ。
「昨晩、深夜に予定外の荷物搬入があり、以降閉鎖されているわ。今日は作業員以外の者の出入りが何度か。念のため、それ以外の倉庫は確認済みよ」
「よくそんなところまで出来ましたね」
「公爵家の名は出しませんが、上級貴族が絡んでいるとそれとなく周囲に流しました。件のごろつき連中を嫌っている者も多いようですから」
「ありがとう。助かるわ」
「食べ放題、楽しみにしておりますから」
アンゲリカさんが笑う。
その笑顔は、どことなくマルチナさんに似ていなくもない。
それにしても、こんな美女までマルチナさんと同じことを言うとはね。
「では手筈通り周囲の包囲をよろしく」
「分かりました。しかし、本当によろしいのですかお嬢様」
私が後ろに控えていた我が家の私兵に指示を出すと、そのうちのリーダーが聞いてきた。
私たちが波止場に到着してすぐに気付いてくれたため、私兵の皆さんとは合流を済ませている。
「ええ、戦闘は素人ですが、制圧するなら私の魔法は有効なはず。小娘と侮ってくれれば、むしろ助かりますわ。それに貴方たちが押し入って、逆上した犯人がアリスに手を出しては困りますし」
私兵に皆が納得できない顔。
平民の小娘誘拐に公爵令嬢が出張ってきていることが、おかしいのだ。
とはいえ、この場に私以上に立場が上の者はいないのだから、仕方がない。
彼らにとっては、平民が殺されようとも、目の前の私の命が最優先されることだろう。
「いざというときは、頼りにしていますわ」
極上の笑顔で答える。
クラウスさんには、我が家の私兵とともに周囲の警戒に当たってもらい、ボビーの仲間を見つけしだい確保に動いてもらうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリスが捕えられているらしい倉庫に近づく。
思った通り、油断しているのか、周囲を警戒している者の姿はない
アリスがひどい目に遭ってないと良いのだが、こればかりは運に任せるしかない。
倉庫の大扉は固く閉じられており、脇の通用口も同様だ。
「どうしますレイティア嬢。やりますか」
アンゲリカさんが拳を持ち上げ微笑んだ。
「入れていただけるか、聞いてみましょうか」
私は通用口の扉に近づきノックする。
どんどん。
「すいませーん、急ぎの用なのですが開けていただけますかー」
なるべく可愛らしい声で。
すると奥から声が近づいてきた。
「おう、どうした。何の用だ?こんな昼間に」
「おじさんたちにお渡しするものがあるそうで預かってきましたー」
「おじさんとはひでえな。ちょっと待ってな」
言いながら、私は制服のポケットから取り出したものを足元にばら撒く。
がちゃりと扉を開ける音。
通用口の扉が開くと、中から毛深い大男が顔を出した。
さすがに少々足がすくむが、巨大魔獣兎と比べれば大したことはない。
「おう、嬢ちゃん、見ない顔だな」
「ええ、はじめまして、おじさま♪中の少女を返していただきに来ましたわ」
「はぁ?おめえら、アレの——」
ビンゴ。
「『育て(グロウプラント)』『蔦の網(アイビーネット)』『眠り荊(スリープソーン)』」
「なっ!?」
足元に蒔かれた種が一斉に芽吹き、一瞬にして大男を絡めとった。
そして大男が叫ぶ間もなく、全身に突き刺さった棘が彼を眠らせた。
「……すごいっすね」
「これが公爵家血統魔術なのね」
「植物さえあれば、ですが」
マルチナさんとアンゲリアさんが感嘆を通り越して呆れている。
ノーランの森での一件での無様を通して、私は自分の未熟を痛感した。
お母様が間に合わなければ、第二王子殿下どころか私の命も危なかったに違いない。
いかに効率よく、そして効果的に魔法を使えるか熟考して思いついたのがこれ。
植物がなけれれば用意すればいいのよ戦法だ。
植物魔法は植物のある場所では効果絶大ではあるが、その場の植物によって使える魔法が限られてしまう。
お父様程のベテランになれば、植物の特性を無視して効果を引き出すことも出来るそうだが、私程度ではまだまだその域にはとうてい至らない。
その点、種さえ用意すれば、成長させるという手間はかかるものの、その場に最適化した魔法を使えるというわけだ。
無駄に扱える魔力量の多い私だからこその戦法ではあるが。
私が苦笑いを返しつつ周囲を見渡すと、我が家の私兵も呆れ顔だ。
「あたいらにも見せ場残しておいてほしいっすね」
「いいところ見せたら公爵家で雇ってい貰えないかしら、ねえ」
「あっはっは、それいいっすね」
対する同行者ふたりがまったく緊張すらしていないのは、実に頼もしい。
「おいっ、いつまでもモタモタしてんじゃねえ。女とじゃれあってんのか」
「すいませーん、荷物が大きくて」
「ち、しょうがねえなあ。ザッケロ、おめえも行ってこい」
「へいへい。兄貴も人使い荒ぇよ」
「俺っちが代わりに行ってやろうか。声からするといい女みてえだぜ」
「この小娘ももうちょっと育ってりゃ、楽しめたのになあ」
「うるせえ、余計なこと言うんじゃねえ」
奥から下品な笑い声が上がる。
声を潜めているようだが、密室の中ではわりと筒抜け。
アリスが無事らしいというのが聞こえてきたので、とりあえずは一安心だ。
アンゲリカさんが、眠っている大男の腰からナイフを抜き取る。
私は大男に絡みついている蔦にマナを流し、大男を物陰に移した。
「へっへっへ、姉ちゃんたち待たせたなっと……ん?バロスはどう——」
「『蔦の網(アイビーネット)——』
「大人しくしな」
私が一連の魔法言語(コマンドワード)を唱え終える前に、アンゲリカさんは男の喉元に先ほど奪ったナイフを突きつけていた。
「お嬢様は寛大な方だが、あたしはそうじゃない。声を出したら殺す。分かったら頷きな」
私からはアンゲリカさんの顔が見えないのだが、どんな表情をしているのか。
たかが女と舐めていたであろう男は恐怖に顔を引きつらせながら、首をぶんぶんと縦に振った。
「中にいる小娘ってのは、アリス」
ぶん。
「ボビーってのはいるのかい」
ぶん。
「アリスを除いて、奥にいるあんたの仲間の数だけ頷きな」
ぶんぶん。
「お嬢様、他にお聞きなりたいことは?」
「十分でしょう。眠り棘(スリープソーン)」
寝息を立て始めた男を大男の脇に転がす。
「これで寛大だと言われても釈然としないわね」
「命を容易に奪わない時点で十分寛大だと思うわ。実に貴族らしくない」
「ろくでもないですわね、貴族というものも」
「まったくっすね」
「マルチナも持っておく?」
男から奪った2本目のナイフをマルチナに差し出すアンゲリカさん。
「あたい、刃物は苦手っすよ。で、レイティアさん。残りはふたり、どうします」
「レイティア嬢には正面からおとりになって頂いて、あたしとマルチナが左右から。どう?」
「大丈夫ですの?」
「まかせるっす」
そう言うと、マルチナさんとアンゲリカさんは、それぞれ荷物の陰に消えていった。
私は深呼吸して、服の乱れを直し、倉庫の奥に向かって歩き出した。
さすがにひとりは心細い。
積み上げられた荷物の角を幾つか曲がり、灯の灯る方へと進むと、男たちの声が聞こえてきた。
「こんにちはー。ボビーさんはいらっしゃいますか」
「ボビーは俺だが、嬢ちゃんは……制服?学院生が何の用でい。ザッケロとバロスは?」
正面に座る、スキンヘッドの中肉中背の浅黒い男がボビーか。
彼の右奥の椅子には縛られた少女。
猿轡をされているようで、なにかを言いたげにもがいている。
もう一人は……見当たらないなあ。
「えっと、ザッケロさんとバロスさん?は入口に。ところでボビーさん」
「なんでえ嬢ちゃん」
「アリスさんを返してくださいませんこと」
私は微笑んだ。
ボビーの纏う空気が、野蛮なものに変わった。
「嬢ちゃん、そりゃできない相談だ。大人しく帰れと言いたいところだが、そうもいかなくなったな。イヴァン、捕まえな」
背後から男が飛び出して、私に手を伸ばす。
この距離では魔法は間に合わないな。
私はそれを身体を少し捻ってかわす。
そのまま懐に潜り込み、腕を抱え、男の勢いを利用して背負い投げ。
可哀そうだが受け身を取らせず、頭から地面に叩きつける。
叩きつけられた男は悶絶しているが、死にはしないだろう。
「なっ……てめえいったいっ」
半分ほどの身長の、それも制服姿の少女に大の男が投げ落とされたのだから、驚かない訳がない。
ボビーは立ち上がり剣を抜く。
「この方も最初から腰にぶら下げている物を使えばよかったのに。どうなさいます?もう貴方だけのようですが」
「ふざけんなガキがっ、こっちには人質がっ……なっ?」
「だから、もう貴方だけだと」
少女が縛られていた椅子には、刃物で断ち切られたロープが残っているのみ。
私はやれやれと肩をすくめた。
「今投降すれば命ぐらいは助かるかもしれませんわよ?」
「ふざけ——」
ボビーが剣を振り上げ私に向かって斬りかかろうとした。
どーん!!!!!!!
次の瞬間ボビーの横っ腹にになにかが当たり、盛大に吹き飛ばされた。
その先にあった、積み上げられた木箱が壊れてボビーの身体が埋まってしまった。
ボビーがいた場所にはぱんぱんと埃を払いながら立ち上がるマルチナさん。
「いやあ、あぶないとこだったっすね」
「……マルチナさん、貴女……まあよいですわ。助かりました」
暴れたかっただけでしょうというのは言わないでおこう。
最後まで女子供と侮ってくれたのが、勝因。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
猿轡を解かれたアリスが、アンゲリカさんに抱えられて現れた。
ややふらついているが、足取りは確かで、思ったより元気そうね。
「もう大丈夫よ。アリス……だったかしら」
「ありがとうございます。……マルチナ?どうして」
アリスがマルチナに気付き驚きの声を上げた。
呼び捨てにしてるということは貴族だとは言ってないのか。
「あっはっは。あのパンが食べられなくなると困るっすからね。レイティアさんには感謝するっすよ」
「レイティアさん、ありが……レイ……ティア?」
「そうっす。グランノーズ家のお嬢さん、レイティア嬢っす」
「以前、一度会いしましたわよね。無事なようでなによりです」
私がアリスに笑いかけると、アリスの表情が驚きから……恐怖に変わった?
「ああ、あの時の親切な……え、レイティア・グランノーズ……公爵令嬢?」
「ええ」
公爵令嬢だと言った覚えはないが、どこかで聞いたのか。
「なんで?……アンタがっ……レイティアがここにいるのよっ」
「え?」
今アンタって言った?
それも呼び捨て?
私がいると何か都合悪いわけ?
アリスは肩を震わせ、私を睨みつけている。
「アリス、気が動転してるかもっすけれど、さすがに貴族相手に不敬っすよ」
「え、ええ、分かってるわマルチナ。けど……」
アリスはそのまま俯くと、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
小声とはいえ、その独り言にマルチナさんとアンゲリカさんが怪訝な顔になった。
目の前の少女がいきなり聞きなれない奇妙な言葉で独り言を言い始めたら、そんな顔をするに違いない。
私以外の皆がきっと。
『——そもそもパン作ったぐらいで誘拐されるのがおかしいのよ。それになんで悪役令嬢がわたしを助けにくるの?全然分からないわ。えたぱとは別の世界だって言うの————
ディッグス振ってアレクに乗り換えたって聞いた時からおかしいなとは思ったけど————』
アリスの可愛らしい蕾のような唇から、わりと聞き捨てならない台詞が、つらつらと紡がれた。
あまりに懐かしい、聞き覚えのある言葉で。
『ねえアリス。ちょっといいかしら』
『黙っててちょうだいレイティア。今はアンタと話してる場合じゃ……え?』
驚きに目を見開くアリスに、私は苦笑いを返す。
『……アリス。少し話をしましょうか、日本語で』
私はおよそ7年ぶりに口にする言葉で、アリスの姿をした少女に問いかけた。
その少女は、口をぱくぱくとさせながら、ぺたんと地面に座り込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます