第53話:悪役令嬢と聖女6

 「あたいが当たった方はほぼ白っすね」


 早っ。

 昨日の今日でもう調べがついたのか。

 料理人とか商会とか貴族とか、分かりやすい相手ではあったにしても早すぎる。

 さすがはレイティア・ファミリー……じゃなくてマルチナ・ファミリー、従兄さんたちのフットワーク軽すぎ。

 これで騎士の家系って言うのだから実にもったいない。

 是非、諜報部門にでも就職して国家のために働いていただきたい。


 「私の方も、親父にそれとなく聞いてみましたが、下町での誘拐については聞いていたようですが、レシピの話は知りませんでしたね。件のパンは食べたことがあると言っていましたが」

 「そうですか」

 「メンデス商店については、前々から少々問題のあるところらしく、商会内での処遇も検討していたとか言っていました。直近の会合の席で他所の商会への移籍を口にしていたそうです」

 

 トラヴィスが言うには、商会の移籍には多額の移籍金や手土産が必要。

 しかし、件のメンデス商店は代替わりしてからの近年の業績はあまりよくないらしく、移籍金も手土産となる新規事業も難しいはずとのこと。

 ……あやしい。

 メンデス商店、あからさまにあやしい。


 「ボビーのほうは、港に何人か向かわせてるんで、もうちょっとだけ待つっすよ」

 「何人かって……皆学院の生徒でしょうに。よいんですか休んしまって」

 「食べ放題の魅力には勝てないっすね」


 お小遣い足りるかしら。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「港街のごろつきか。それはまた、随分と離れたところだね」

 「何者ですの、そのマルチナというのは」


 その晩、お父様にこれまでの事を報告すると、ボビー以外の該当者については、既に調べがついているようだった。

 港はアリスの家から王都中心部を挟んでほぼ反対側に位置する。

 そこのごろつきのひとりの名前など、誰が気付くというのだろうか。


 「メンデス商店を抱えるドーズ商会については、恐らくは無関係であろうと」

 「トラヴィスの言葉を信じるならば、ですが」

 「商会長が絡んでいるとしたら、政治的にいろいろ面倒ではあるが。ライバルの商会というとクラインかバッソール辺りだろうな」

 「バッソールはメンデスの怒りを買うような真似はしないかと」


 お父様とミレーネ母様が、なにやら難しい話をしだした。

 しばらくして、話が脱線してしまったことを思い出したのか、お父様は苦笑いを浮かべてから真顔に戻る。

 手元のファイルから数枚の書類を取り出して私に見せる。


 「小物が相手なら必要ないとも思ったが、念のために奥の手を用意した。使うことがなければ良いのだが」

 「なんでしょうか。……庶子……証明書?」

 「最悪、貴族の隠し子に仕立て上げてしまおうと思ってね。家族には悪いが、娘の力が本物であれば、遅いか早いかの違いでしかない」

 「えっと……念のため伺いますが、お父様の隠し子に?」

 「さすがにそれは無茶が過ぎる。測定不能の魔法能力を持つ長女に、隠し子の聖女とあっては笑い話にもならんよ。安心したまえ、従兄に話を付けた。実子が男子ばかりで寂しかったらしく、夫人ともども二つ返事で受け入れてくれた。もちろん聖女の話はしていないがね」

 「……それは笑えませんわね」



 警ら隊の捜査をあえて薄くして油断を誘い、私兵を各所に配置。

 名前の挙がっていない者の犯行も考慮して内々での調査は継続。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 予告通りであれば、犯人からの指示がテリー夫妻のところに届くだろう。

 正直学業どころではないのだが、10歳の小娘が駄々をこねたところで事件が解決するわけでもなく、結局私は気もそぞろなまま学院生活を過ごすことになった。

 玄関で入待ちするトラヴィスがいなかっただけ、ましねと思っていたら教室の入口にいた。


 ドーズ商会とメンデス商店の従業員同士の話で、メンデス商店の店主が、最近用心棒を連れて港湾地区へ出向いているそうだが、残念ながら場所までは把握できていないとのこと。


 「いよいよ怪しいですが、迂闊に動いて相手に気付かれないように」

 「はっ」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日の授業が終わり帰宅の準備をするために控室に戻ろうとしたところで、教室に飛び込んできたひとりの学生。

 

 「マルチナ、いるか!」

 「どうしたっすか、クラウス兄(にい)」


 クラウス兄と呼ばれた少年は、制服の腕章から高等部所属のようだ。

 マルチナさんとは似ても似つかないすらっとした体型に、私はほっと胸を撫でおろした。

 

 「ここでは話せない。場所を移そう」

 「わかったっす。なら、レイティアさんも来るっす」

 

 私は皆の視線が集まるマルチナさんに腕を引かれ、教室を出ていく。

 行き先はもちろん、勝手知ったる私の控室。

 クラウスさんは恐縮し切りで居心地が悪そうだ。


 「で、なにがあったっすか」

 「お、おうっ……攫われた少女、あぶねえかもしれねえ」

 「なっ、どういうことですかっ、クラウスさん」


 私は身を乗り出してクラウスさんに詰め寄る。


 「そ、それがですねレイティア嬢……あ、急ぎゆえ不敬のほどはお許しを」

 「大丈夫、レイティアさんは気にしないっす」

 「マルチナさんが言わなくても。まあ、気にしませんので続けてください」

 「それがですね——」


 マルチナ・ファミリー、つまり学院内のマルチナさんの縁戚者数人が、港の作業員に紛れ込んで聞き込みをしてくれているのだが、そこで真夜中に女の叫び声を聞いたものが何人かいたそうだ。

 幼い声だという者もあれば、年増の声だと言う者もあって、真偽は定かではないのだが。

 そして——。


 「証拠は処分しておいた方がよい、と」

 「はい。従妹のアンゲリカが聞いたそうです」

 「従妹って……女性になにをさせてるんですか」

 「いやはや申し訳ありません。食べ放題と聞いて皆ノリノリでして」

 「気にしないっす。ちなみにアンゲリカ姉はスタイル抜群っすよ」

 「……マルチナさんとは皆違うのですね」

 「なにを期待してたっすか、レイティアさんは」

 「まあよいじゃないですか。しかし、証拠というのがアリスだとは」

 「欲しいものを手に入れたら皆殺しってのはわりとよくある話っすよ。ねえクラウス兄」

 「公爵令嬢のお耳に入れる話ではございませんが、貴族間でもよくあることかと。相手が平民、それも下町出身であれば、理由はなんとでも後付け可能です」

 

 声がしたらしい場所は、今も調べてくれているそうだ。

 

 「今のお話、速やかに旦那様にお伝えした方がよろしいかと」


 紅茶を用意してくれたクラリッサが言った。

 私はそれに頷く。


 「ええ、クラリッサは大至急屋敷へ戻り、ミレーネ母様に伝えてください。私は……動きます。クラウスさん、案内してくださいますか」

 「え、ええそれはもちろんですが。よろしいのですかレイティア嬢」

 「お嬢様」

 「大丈夫、無茶はしないわ。港には我が家の私兵もいるはず。私に気付いてくれますわ、きっと。クラリッサの分も、私がミレーネ母様に怒られますから、安心なさいね。解雇すると言われたとでも言っておきなさい」

 「……ロザリア様にも、かつて同じことを言われた覚えがございます」

 「そりゃあ、娘ですし」


 諦めて項垂れるクラリッサの肩をぽんぽんと叩き、勢いよく立ち上がる。


 「さあ、参りましょうか!」


 行き当たりばったりの聖女救出作戦開始。

 下町平民の誘拐事件に、公爵令嬢が直々乗り込んでくるとは、どこの悪党が想像できようか。

 頼れる仲間は王立学院の生徒たち。

 うん、何とかなるわ、きっと。

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