第51話:悪役令嬢と聖女4

 「聖体創造せいたいそうぞう?」

 「それって、聖女様が儀式のときに供えるやつっすよね」

 「あら、マルチナさん、案外お詳しいのですわね」

 「これでもあたい、聖女様の仕事に憧れてた時代もあったっすよ。この体型じゃあ無理だと言われて諦めたっすが」


 はははと笑うマルチナさん。

 体型と聖女様は関係ないと思うが……思いたいなっ、うん。

 ついでに仕事と言うな、あながち間違ってはいないけど。

 私は皆に説明した。

 聖体創造とは聖女が持つ力の一つで、読んで字のごとく聖体を作り出す力。

 聖体ってのはあれね……前世の某一神教の神様の身体になるというパンとかワインとか。

 えたぱにおいては食べた者の好感度を上げて、能力を一時的にアップさせるというブーストアイテム。

 つまりは、とっても有難い食べ物を作り出す能力ってことね。

 私の説明を聞くテリー夫妻が、ときどき不安げな顔で頷きあっているのが分かった。

 両親としても思い当たることはあるらしい。

 

 「ところでテリー、アリスに癒しの奇跡は?」

 「それは見たことがない……ありません」

 「……なるほど」


 私のあまりに堂々たる貴族然とした態度に気圧されて、敬語を使おうとするテリーさん。

 聖女候補は女性の癒し手から選ばれる。

 癒しの奇跡を目にしたことがないのなら、アリスを癒し手とも、聖女候補とも思わなくても無理はない。


 「わかりました。正式な挨拶は後日。夫妻には我が家に来てもらうことになるかもしれません。聖女候補誘拐とあっては、大問題ですから」


 その後、聖体創造や聖女云々については、他言無用と念を押してパン屋をあとにした。

 警ら隊に伝えるべきだとテリーさんは言ったが、美味しいパンを作るというだけで聖女に結び付く者は恐らくいないからと言っておいた。

 大事になるのは、個人的にもちょっとまだ困る。

 決してアリスの身を案じていない訳ではないと、付け加えて。


 「あたいはちょっと気になる名前があったんで、調べてから帰るっすね」


 店を出たマルチナさんは、そう言ってひとりで走り去ってしまった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その晩、お父様とミレーネ母様に声を掛け、今日の出来事の報告と謝罪をする。


 「レイティアさん、貴女というひとは……」

 「ティア……ロザリアのためだというのは分かるが、あまり無茶をしてくれるな」


 事情が事情だけに怒り切れないふたり。


 「で、その少女が聖女候補かもしれないと」

 「ええお父様。聖体創造で作られたパンの可能性があります」

 「少々美味いだけのパンではないのかね」

 「もちろんそちらの可能性もあります。ちなみにパンを美味しくする血統魔術など、お父様は聞いたことがございますか」

 「……ないな」

 「私の勉強不足かもしれませんので、お伺いしたいのですが、聖女様以外の候補の方が聖体創造を使われることは」

 「それは私も聞いたことがないな。どちらにせよ早急に解決すべきことかもしれない。万が一本物であった場合まずいことになる」

 「聖女候補誘拐など国家の恥。極刑ものですわね」

 「ああ、どのような理由であれ誘拐犯に慈悲などないが、家族も同罪になるかもしれん」

 「知らなかったのにですかっ!!」


 私が声を荒げると、お父様はそれを手で制した。


 「まあ落ち着きなさいティア。知らなかったことを、どうやって証明するというのだ。我が子可愛さに、聖女候補を隠匿したと思われても仕方がない状況だろう。ともかく、ティアが口止めしたのはよかった。私もにわかには信じられないがね。パンを食したロザリアからの証言でも聞ければ、まだ違っただろうがね」

 「あ」


 私は慌ててクラリッサから包みを受け取り、それをお父様とミレーネ母様に差し出した。

 帰りがけあの時のレストランに寄り、無理を言ってパンを譲ってもらっていたのだった。


 「これが証拠です。おふたりとも是非召し上がってみてください」


 私が包みを開けると、ふんわりとしたパンの香りが漂う。

 目の前のふたりが、生唾を呑み込んだのが分かった。


 「この香りは……」

 「なんて上品な」


 ふたりはおそるおそるパンを手に取った。

 そしてパンをちぎり、使用人に毒見もさせずに口に放りこんだ。

 生粋の貴族だからこそ、このパンの魅力には逆らえないのだろうか。

 しばしの沈黙のあと。


 「……美味い。なんだこれは」

 「こんなものが下町で。あり得ませんわ」


 お父様とミレーネ母様は、夕食のを済ませたあとだというのに、あっという間にパンを食べきってしまった。

 そして紅茶を啜りひとごこち。

 いまだにうっとりした表情をしている。


 「私も聖体を食したことなどないが、これがそれだと言われれば納得してしまう味だな」

 「ええ、全くですわ。いよいよ誘拐犯に、自分たちが攫ったのが聖女候補だと知られるわけにはいけませんわね、旦那様」

 「ああ、売り飛ばされるならまだしも、殺して、そんな娘はいなかったとするのが目に見えている」


 うん、私が犯人なら間違いなくそうするわ。

 癒し手と、そこから選ばれた聖女候補は国家の財産。

 さらには聖女様ともなれば、国家の命脈であり、至宝そのものの扱いをされる。

 次代の聖女候補たちは、国家承認と保護の元、特別な教育を施されるのだ。

 そんな彼女らに危害を加えることは、国家への反逆にも等しい重罪として捌かれることになる。

 お父様は明日以降、我が家の私兵も動員してくれると約束してくれた。


 「ところでレイティアさん、パンはもうございませんの?」

 「ありませんよ……私だって食べたかったのに」


 ……やべえよ、聖女ご謹製下町パン。

 まあ、結果オーライ。

 これで信じてもらえなければ、前世の話でもせねばなるまいと思っていたところだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日、こんな場合でも学生の本分は学業にありというわけで。

 不安を隠しつつ、教室に入った私を待ち受けていたマルチナさんに早速引きずられ、人気のない準備室。


 「レイティアさん、大変っすよ」

 「大変なのは昨日からですが……なにか分かりましたの?」

 「それがですね——」


 マルチナさんが今朝下町のパン屋に立ち寄ったところ、案の定誘拐犯からの脅迫状が届いていたそうだ。

 内容は予想通りレシピとアリスの交換。

 警ら隊を動かしたら娘の命はない云々はお約束の台詞か。

 二日後に場所と時間を指示すると書かれて、締めくくられていたそうな。


 「海の向こうに売り飛ばされるよりはマシな展開とはいえ、派手に動くとアリスの命が危ないことには変わりないですわね。ちなみに、差出人は?」

 「書いてなかったそうっす。けど、昨日聞いた中に気になる名前があったっすよ」

 「気になる、とは」

 「ボビーっす。あたいの記憶違いでなければ、港付近を根城にしてるごろつきにそんな名前の奴がいたっす」

 「どこにでもいそうな名前ですわね。というかマルチナさん、貴女がなぜ港のごろつきの名前などを?」

 「従兄の紹介で少々アルバイトしてたっす。あ、学院には黙っててほしいっすね」

 

 初等科生徒の学院外アルバイト禁止を、さらっと破っているマルチナさん。

 何の驚きもないところが、彼女に毒されているなあと思う。

 

 「構いませんが。それにしてもごろつきがレシピを……?」

 「まあまあ、こっからが面白い話っす」


 マライアさんが得意げに胸を反らす。


 「実はこのごろつきども、とある商店と繋がってるという話で。あ、その商店自体はこの際どうでもいいんっすけどね」

 「……要点をお願いしますわ」

 「それがこの商店、大きな商会の傘下の店だったっす。どこだと思うっすか?」


 いやまあ、商店が商会の傘下だというのは別におかしな話ではなく、むしろ当たり前というか……私の知っているところ……え?


 「まさか」

 「そのまさかっす。なんとドーズ商会っすよ。いやあ、面白いことになったっすねぇ。」

 「……面白いどころか、面倒なことこのうえないではありませんか」


 聖女誘拐にえたぱ攻略キャラ、トラヴィスの実家が絡んでる可能性とか、考えただけで胃が痛くなるわーないわーまじないわー。

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