第47話:悪役令嬢と魔獣の森6


 「行ったか」

 「ええ。で、どうするおつもりですか、殿下。『木の葉の盾リーフシールド』」

 「おっと、助かった。まあ……まかせろ」


 私の魔法言語コマンドワードとともに生まれた葉っぱの盾に巨大魔獣兎が弾かれるが、その盾もも巨大魔獣兎の一撃で消滅してしまう。

 ブラウの全力突進くらいなら軽く跳ね返せる盾も、巨大魔獣兎の攻撃には耐えきれないらしい。

 ブラウの姿が視界から消え去るのを、横目で確認した第二王子が、額の汗を拭いながら不敵に笑い、大きく息を吸って声を発した。


 『刮目し拝聴せよ!我が言葉は王の言葉なり。汝らは我が剣にして我が盾。我と共にある限り汝ら常に必勝にて無敗なり!!』


 第二王子殿下の身体から光る靄のようなものがぶわっと溢れ出て、皆の身体を包み込んだ。

 次の瞬間、目の前にいる第二王子殿下がとても美しく、気高いものに見えてきた。

 私の体に力が、気力がみなぎって来る。

 ……これが、王家の血統魔法王威カリスマかぁ。

 警備兵を含む、皆の顔が引き締まっていくのが見えた。

 斬りつける剣さばきも鋭くなっている。

 私の魔法も、発動までの時間が短くなり、威力も上がっているような気がした。

 先ほどまで無傷だった巨大魔獣兎も体のあちこちから、黒い霧が吹き出しているが、攻撃の勢いは衰える様子はない。


 情勢はやや優位とも思えるが、実際には一進一退。

 第二王子殿下に攻撃が集中しているおかげで守りやすく、また攻めるのも容易であるのはありがたいが、こちらの守り、特に私の魔法支援が命綱であることには変わりない。

 木の葉の盾リーフシールドを織り交ぜつつ、第二王子殿下守るのに使用する魔法は植物の壁プラントウォール

 周囲の木々が寄り集まって壁を作る魔法だ。

 これを使うと守りは強固になるが第二王子殿下が巨大魔獣兎に攻撃することも難しくなり、第二王子殿下はやや不満げでああるが、そこは我慢していただきたい。

 第二王子殿下あんたに怪我された日には、どうなる事か分からない。

 主に私以外が。

 第二王子殿下を除く他の方々には、木の葉の盾リーフシールドを都度かけ直しつつ、巨大魔獣兎に斬りかかる。

 しかしながら、それが仕事であり常日頃鍛えている警備兵ふたりはともかく、残りは私も含め所詮初等部の生徒。

 王威カリスマの効果があっても、戦力として数えられるほどのものではない。

 果敢に斬りかかっては弾かれて、吹き飛ばされる。

 それでも諦める者が出ないのは、たいしたものだ。

 やがて、王威カリスマの効果も弱まってきたのか、先ほどまで神々しくすら見えていた第二王子殿下の姿が、いつも通りの第二王子殿下馬鹿王子にしか見えなくなっていて、私は思わず苦笑いを浮かべた。

 それまで忘れていた疲労が一気に押し寄せてきて、ふらつきそうになるのを踏みとどまる。

 どうやら王威カリスマには、なかなかに厄介な副作用が付いてくるらしい。

 無事に帰れた暁には、第二王子殿下あの馬鹿には一言申し上げねばなるまい。

 私は頭を振り息を整え、次の攻撃に備える。

 巨大魔獣兎が第二王子に狙いを定め、身を屈めたタイミングで根縛りルーツバインドを使おうとした。

 

 「るーつ……あっ」


 しかし、魔法言語コマンドワードを口にしようとして、体の中でマナが練れていないことに気が付いた。

 マナ切れかと思ったが、胸の痛みはまだない。

 恐らくは王威カリスマの副作用から来る集中力切れかなにかだろう。

 これだけ長時間の間、魔法を使い続けた経験がなく、今の私には判断がつかない。

 当然ながら巨大魔獣兎に絡みつく根は現れず、その巨体を阻むものはなにもないまま、第二王子殿下に迫る。

 直前の巨大魔獣兎の攻撃で植物の壁プラントウォールは限界に達していたようで、巨大魔獣兎の突進で粉々になったてしまった。

 第二王子殿下も一瞬だけ驚きの表情を見せるが、すぐさま剣を構えて巨大魔獣兎の一撃を受けようとした。


 「でん——」


 私が叫んだその瞬間、私の目の前を、一陣の風が吹き抜けた。

 草木が舞い、視界が奪われた。

 数瞬遅れて、ごうっという音。

 風が収まったあとに私の目に映ったのは、縦に両断され、霧となって消えていく巨大魔獣兎の姿。

 そして、その傍らに悠然と立つ流れる赤髪の長身。

 見慣れたドレスの裾がふわりと舞う。

 その片手にある剣が、木々の間から差し込む光を僅かに反射していた。



 「……お母様」

 「お怪我はありませんか?殿下」

 

 お母様は私の声には答えず、第二王子殿下の足元に片膝をつき首を垂れた。


 「あ、ああ。問題ない」

 「それはようございました。それはさておき……」


 明らかに動揺する第二王子殿下に、お母様は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


 「私の可愛いレイティアを拉致して、なにをさせていらっしゃるのでしょうか、殿下」

 「そ、それはだなロザリア……」

 「この件は、ベルヘノート様にはしっっっかりとお伝えせねばなりませんね」

 「ちょっ、待ってくれロザリアっ!じいやに言うのだけは勘弁してくれ!!」

 「どうしましょうか……ねえ、レイティア」


 私に向かって、にやりと笑い立ち上がるお母様に縋る第二王子殿下の姿に、王家の威厳は微塵も見えない。

 いつも通りのお母様と第二王子殿下だ。

 

 お母様は、騎士団訓練場から戻り、私が第二王子殿下馬鹿に連れ去られたのを知り、学院でラスティーネ様に事情を聴いて、大急ぎで駆けつけたそうだ。

 来る途中ブラウと会い、事情を察し、さらに急いで。

 私たちが森から出ると、ちょうど兵士の一団が駆けつけてくれたところだった。

 やや遅れてブラウを伴ったラスティーネ様もやってきた。

 そこにベルヘノートさんの姿を見つけた第二王子殿下が、あわててお母様の背後に隠れたのだが、笑みを浮かべたお母様に軽々と抱き上げられ、ベルヘノートさんに引き渡されてしまった。

 第二王子殿下、貴方ってひとは……。

 それを見て、心配するかと思いきや、くすくすと笑うラスティーネ様。

 彼女もいつのまにか強くなっていたようだ。


 その後、屋敷に戻った私とお母様は二人そろって風呂に放り込まれ、肌が真っ赤になるまでごしごしと洗われた。

 魔獣の出す霧は身体に悪いという話だが、これはちょっとやり過ぎだと思う。

  

 ライナスさんは保護された翌日には目覚めたらしい。

 彼が森へ侵入して薬草を採取していると、美味しそうな匂いがしたので奥へ進んでみると、林檎が生っていた。

 林檎を採って、いざ食べようとしたところで魔獣兎に襲われ、あわてて樹上に逃げ、そこで林檎を食べて眠ってしまったということ。

 樹上で眠ったままでは、警備兵が気付かないのも無理はないというもの。

 無事であったとはいえ、立ち入り禁止の森に黙って侵入したことできついお説教をもらうことになったのはまあ仕方なし。

 第二王子殿下を巻き込んでしまったことについて、厳しい処分をとの声も上がったそうだが、これについては第二王子殿下にも多分に責任があるということで不問になったそうな。


 後日の調査で、ノーランの森の結界が一部老朽化しており、聖女の力が弱ったタイミングで数匹の魔獣兎が森の深部結界から逃げ出したのであろうとのこと。

 巨大魔獣兎はいなかったものの、私たちが倒したと同様の魔獣兎が数匹、浅いエリアで発見され、無事討伐された。

 巫女の増員と警備体制の強化で急場はしのいだうえで、急ぎ結界の再設置が計画されることになったとか。

 魔獣の巨大化は、過去に辺境でもときおり確認されており、辺境の魔獣活性化の影響だろうということに結論付けられた。

 その魔獣活性化も、通常よりはやや長くかかったものの、ひと月ほどで収まり、王都からの兵団も念のためしばらく辺境に留まるのだという。

 王都帰還の暁には、レアキャラと名高い辺境伯も是非お連れ頂きたいものだ。


 余談ではあるが、魔獣兎と巨大魔獣兎の魔晶石をほくほく顔で持ち帰った第二王子殿下は、ベルヘノートさんだけでなく国王陛下からも直々に大目玉をくらったという噂だ。

 少しは反省をしていただきたいと、心から願う次第。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る