第48話:悪役令嬢と聖女1

 王都の魔獣騒ぎも収まり、夏が訪れ、王立学院は2か月の夏季休暇となった。

 同様に2か月ある冬期休暇を加えると、学院に通うのは正味半年ちょっとしかない。

 夏季休暇には避暑や領地巡り、冬期休暇は社交界と、貴族もそれなりに忙しいし、平民もまた、それぞれの実家に戻り、稼業に勤しんでいるに違いない。

 ともあれ、初等部入学初の夏季休暇。

 直前に行われた前期考査では、最優秀ではないものの、それなりの成績を収めることが出来た。

 魔法学の成績を加味すれば、ぶっちぎりの最優秀になるのだが、なにしろ私の二つ名は計測不能。

 計測不能の公爵令嬢に負けたところでなあ……というのが、私以外の一年生全体の気持ちであり、それなりに魔法について自信をもって入学してきた、貴族子女の皆様にはまことに申し訳ない限りだ。

 ……目立つつもりはなかったのになあ、まじで。

 この世界の魔法というものに対する理解度が、根本的に違ってるしなぁ、私。

 ちなみに学力部門の最優秀は、お隣1年2組のトラヴィス・ドーズ。

 魔法が使えず学力のみで2組に配属された彼の実力は、伊達ではないらしい。

 こんなことなら、仏心を出してやるんじゃなかったと思わないでもない。

 マルチナさんは私とバーナードさんの努力の甲斐あって、なんとか赤点を回避。


 「あっはっは、レイティアさんとダーリンの手に掛かれば定期考査など怖くないっすね」


 と満面の笑顔で言い切って、私たちをげんなりさせた。


 夏が過ぎ、秋が訪れ。

 夏休みを領地で過ごした私は、例年通りお父様と豊穣祭へ参加し、それがつつがなく終了すると、家族揃って王都へと戻った。

 ミレーネ母様は、実子であり私の妹のエリザベスがまだ長旅に耐えられないだろうという配慮から、王都で留守番していただいている。

 とはいえ、子守は基本的にナニーのアマンダが活躍してくれるので、日々のんびり過ごしながら、暇な貴婦人を招いてのお茶会に精を出されていたそうな。

 弟ケヴィンは今年初めて領地同行を許されたため、大はしゃぎ。

 ブラウと共に走り回って遊びまわって、その度電池が切れた人形のように寝落ちする毎日。

 ブラウは成狼ほどの大きさに成長してからは、あまり大きさに変化はないように見える。

 お母様の話では、まだまだ大きくなるそうだが、時間がかかるのだろうか。

 祖父母は、ケヴィンが生まれて以降、たびたび王都別邸を訪れるようになり、豊穣祭の時期には我が家の移動に合わせて、領地本宅に滞在するようにもなっていた。 

 ときどき、お母様とは価値観の違いから言い争いになることはもあるが、それはもはや我が家の風物詩となり、それを見た使用人たちも気にせず通り過ぎている。

 喧嘩するほどなんとやらというやつだ。

 世はなべて事もなし。

 そんな言葉が浮かぶほど、のどかで平凡な日々だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夏季休暇が終わり、生徒たちが学院に戻ってくる頃、王都は感謝祭の準備に慌ただしくなる。

 王立学院も多分に洩れず、この時期は生徒も講師も慌ただしい。

 研究結果の発表やバザーをはじめとしたその他催しもあるそうで、学園祭や文化祭を思い出す。

 準備や実作業、当日の運営ほとんどは、高等部の生徒が主体となって行われるので、初等部の、それも入りたての1年生の出番はなく、基本はお客様扱いとなる。

 とはいえ、人手は常に不足しており、短期アルバイトがこの時期の初等部学生のよいお小遣い稼ぎになるそうだ。

 学院での入学費用や授業料、そして最低限の生活費は一部の奨学生を除けば、生徒の家族、もしくは領主等の地元名主の負担となるが、それ以外のこまごまとした費用をまかなえるほど裕福でない生徒も多い。

 中等部以上の生徒は、学院外部で仕事を持つ者も多いが、初等部の生徒は保安上の理由から、ノーランの森での素材採取を例外として、学院外部での仕事は基本的に禁止されている。

 そのため、学院内では奉仕活動の名目で、単純労働に付き給金を稼ぐことができるようになっていた。

 貴族がほとんどを占める1年1組といえど、一部の者はその例に洩れず。


 「いやー、まさに書き入れ時っす、うはうはっす」

 

 マライアさんがほくほくした顔でパンを頬張っていた。


 「あら、そのパンは」

 「ええ、久しぶりっすね。最近人気が出て中々買えないっすね、これ」

 「美味しいですものねえ」

 「あげないっすよ?」

 「けちですわねえ」

 「冗談っすよ。どうぞ」


 そう言うとマルチナさんは、食べていたパンを半分に千切って差し出してくれた。

 貴族らしくないことこのうえない行為ではあるが、お互いいまさらだ。

 私がそれを受け取りかぶり付くと、芳醇な香りが口いっぱいに広がる。


 「まあ、以前よりさらに美味しくなっていませんこと?」

 「レイティアさんも気付いたっすか。不思議っすよね。店長に聞いても秘密らしいっすし、一人娘のアリスに聞いても教えてもらえなかったっすよ」

 「それは教えてもらえるわけがないでしょうに……え?」


 私は自分の耳を疑った。


 「どうしたっすか、レイティアさん。お代わりはないっすよ」

 「そんな意地汚くはありませんわ。それよりマライアさん、今なんと……?」

 「お代わり?」

 「そうでなくて、パン屋の一人娘の名前ですわ」

 「アリスちゃんっすか?」

 「エリーの間違いではなくて?」

 「それ、彼女の愛称っすよ。」


 アリス。

 それは、出来ることなら聞きたくなかった名前。

 えたぱの主人公で聖女となる女。

 どのような物語を辿ろうと、私を不幸にする女。

 癒しの力に目覚め、子爵家養女となり、王立学院高等部に入学する女。

 アルセリーナ・ブルックワンズ、通称アリス。

 誰にでも分け隔てなく接する彼女は、私の婚約者だけでなく、私の周囲の男どもを次々手玉に取り、私を陥れる。

 それが、本人の悪意なしに行われるのだから、たまったものではない。

 今生、悲劇の悪役令嬢レイティア・グランノーズとなってしまった私としては、くれぐれもお近づきになりたくはない相手だ。

 努力?の甲斐あって、第二王子殿下との婚約は回避できたものの、えたぱ開始まではまだ5年以上あり、油断はできない

 思い返せば、彼女を馬車に乗せた時、フードからちらりと見えた髪色。

 主人公アリスも青く美しい髪だった。

 そういえば、アリスはお菓子作りが得意で、お菓子の差し入れで攻略キャラの好感度を上げていた。

 私はマルチナさんに尋ねた。


 「そのパン屋では、お菓子は扱われておりますの?」

 「それはないっすね。下町じゃあお菓子は売れないっすよ。そもそも材料が高いっすからね」

 「……ですわよねえ」

 

 同名で他人の空似。

 たまたまパンが美味しいパン屋の娘。

 いやしかし、あのパンの味は下町で手に入る粗悪な材料から作られたとは、とても思えない。

 ……むー。

 ま、たとえご本人だったとしても、なにが出来る訳じゃないけどね!!

 私はその件を一旦心の棚に片付けて、話題を変えた。

 そうしているうちに、まもなく次の授業が始まる時間が近づいた。


 「レイティア様」

 「メアリ、どうしましたか急に」


 不意に、使用人のメアリが教室に入り、私の元へとやってきて、耳打ちした。

 

 「大至急、お屋敷に戻るようにとのご連絡が入りました」

 「何事かしら?」

 「ここでは、お話出来かねます」


 メアリはやや苦々しい表情を隠して、平静を装っているように見える。

 私は頷いた。


 「マルチナさん、私、本日はこれで失礼しますわ」


 私はメアリに促され、足早に教室をあとにした。


 帰りの馬車の中。


 「そろそろ、なにがあったか教えて下さる?」

 「ロザリア様が、お倒れになりました」

 「え、お母様が?」


 理由は聞かされていないとのこと。

 あの、像が踏んでも痛くもかゆくもなさそうなお母様が……倒れた?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 サブタイトルがあんまりだったので修正しました。

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