第46話:悪役令嬢と魔獣の森5

 私と第二王子殿下を除いた皆が、息も絶え絶えに地面に座り込んだ。


 「倒したね……魔獣」

 「最弱に近いと言われてる兎だけどね……」

 「私は何度か領地で見たことがありましたが、こんなに強かったとは……」

 「これはっ……初等部僕らじゃあ無理だよ、けほっ……」


 一体目は上手くいったものの、二体目の魔獣兎は木の葉の盾リーフシールド蔦の網アイビーネットの連携がうまくいかず、倒すまでに余計に時間がかかってしまった。

 魔獣兎がもう少し大きければ根縛りルーツバインドも有効だった気がする。

 ここが森の中でなければ、得意の火魔法もありか。

 ブラウが魔獣兎の攻撃を引き付けてくれなかったら、危なかったかもしれない。


 植物魔法は我が家、グランノーズ公爵家の血筋が獲得する血統魔法で文字通り植物を操る魔法だ。

 蕾を即座に開花させるというささやかなものから、倉庫一杯の種麦に力を与え豊作にするもの、果ては戦場の巨木を操り兵として従える樹人招来コールトレントなどという非常に物騒なものまである。

 魔法学の授業で測定不能という嬉しくもなんともない二つ名を頂戴した私に対して、お父様は言った。


 「ティア……君はやはり類稀なる魔法の才を持っているようだね。別荘地での事で、君を魔法から遠ざけようとしてしまったことは間違いだったかもしれない」

 「では魔法大全ラグペリアの魔法書を……?」

 「いや、そうではない。あれはやはり、しかるべき時が来てからの方がよいだろう。それよりも、我が家に伝わる——」


 そして、魔法大全ラグペリアの魔法書は未だお預けではあるものの、お父様直々に植物魔法を教えていただくことになった。

 植物魔法とは植物がなくては使えない魔法ではあるが、植物があれば容易に使える魔法ということ。

 そこにある植物に対しての魔法であるため、非常にイメージしやすく、マナの消費も少なくて済む。

 つまりはここ、ノーランの森の中において、これほど使い勝手のよい魔法もないということだ。

 思い出してみれば、えたぱことエターナル・ガーデン・パーティでの私の植物魔法は実に不遇だった。

 その存在は物語の中で語られるものの、主人公や攻略キャラの行動を邪魔していると誤解されるような展開ばかりで、終盤のノーランの森攻略イベントでは第二王子殿下婚約者を助けようとして主人公をピンチに陥れ、皆に糾弾されてしまうのだ。

 それはさておき状況を確認しよう。


 「どいつもこいつも、これしきのことで情けないぞ。新入生のレイティアがピンピンしているというのに、なんというザマなのだ」


 荒い息をしながらも仁王立ちで余裕を見せる第二王子殿下が、座り込んでいた少年たちを見下ろし叱責する。

 

 「ディッグスはともかく、レイティア嬢は凄いね。魔獣兎の攻撃がかすりもしないなんて。そのうえで魔法の支援をしてくれたんだから」

 「た、たまたまですわ。ブラウが守ってくれましたし」


 皆、大怪我はないものの、服はぼろぼろで擦り傷と切り傷が目立つが、私はといえばほぼ無傷。

 植物魔法を使う際に付着した土汚れがある程度だ。

 ブラウは魔獣兎に効果的なダメージを与えられないとわかると、魔獣兎を挑発して攻撃を引きつけつつ、ついでに私を守るという行動をとってくれた。

 おかげで戦闘の終盤、皆の怪我も少なく、私も魔法を使うことが容易になっていたのだ。

 私以外のひとの魔法はどうかというと、長い呪文を唱える時間的余裕は当然なく、運よく発動できても狙いがそれて無駄撃ちになる有様。

 短い魔法言語コマンドワードのみで魔法を使える私が、初等部の生徒としてはまだまだ特殊なのだと思い知った。


 「それよりも皆さん、魔獣のおかわりが出ないとも限りません。急いで森を出ましょう。ライナスさんを回収したことも含めて、警備兵にも伝えないといけませんしね」

 「ようやく慣れてきたのだ。次はあっという間に倒してみせるぞ」

 「はいはい。わかりましたから、今日は帰りましょうね殿下。おっと、そういえば」


 私は魔獣兎が消滅した場所に近づくと、地面に転がる小さな石を拾い上げた。

 それは魔獣兎の瞳と同じ、深紅のにぶい光を放っている。


 「これ……魔晶石でしたかしら?魔獣がいた証拠にもなりますし、忘れずないようにしましょうか」


 ふたつの小さな魔晶石をハンカチに包んで、第二王子殿下に手渡す。


 「殿下、戦利品ですので、お持ちください」

 「おう!」


 面倒なものを押し付けられたことに気付かない第二王子殿下は、ほくほく顔だ。

 皆は立ち上がり、眠ったままのライナスさんはブラウの背に乗せた。

 地図を確認しつつ出口に向かって進むと、幾つかの小径と合流し、やがて数人が並んで歩けるほどの広さになる。

 まもなく森の出口が見えるだろう頃、背後の、私たちが通ったのとは別の方角から。

 ぎゅわわわわわっ!!

 獣の叫び声。

 そして。


 「魔獣兎だっ!!!な、なんだこの大きさはっ!」


 大人の男性のものと思われる叫びが続いた。

 ばりばりと木々の折れる音が……近づいてくる。


 「ディッグス、急いで森を出よう」

 「しかし、王族が逃げるとはっ」

 「大人に任せれば魔獣兎ぐらい大丈夫ですって」

 「魔獣兎なら俺達でもっ……」


 第二王子殿下がごねるのを、腕を引っ張って無理矢理連れて行こうとした。

 そのとき、背後の木々をなぎ倒しながら飛び出してきたひとつの大きな影と、それを追ってきたと思われるふたりの大人。

 ふたりの装備からして、巡回に当たっている警備兵だろう。


 「待てこいつっ……って、なんで子供が!!?うわっ」


 私たちに気付いて声を上げた警備兵のひとりが、大きな影に蹴り飛ばされた。

 もうひとりの警備兵は、慌てて影と私たちの間に立ちふさがる。


 「生徒は進入禁止のはずだ!すぐに逃げろ!!そして、応援を要請してくれ!!!」


 私たちを見ずにこう叫んだ。

 警備兵の向こう側の大きな影が動きを止めたため、私はようやくその影がなにか理解した。

 理解したが、理解したくなかった。


 「魔獣……兎??うそ……」

 「なんて大きさだ……」


 私の漏らした呟きに、誰かの声が続いた。

 目の前にいる大人よりやや大きなものは、確かに兎の形をしている。

 漆黒の体毛、深紅の瞳。

 薄く開いた先に見える口腔もまた深紅。

 黒い牙が、ぬるりと光った。

 巨大な魔獣兎がわずかに身を縮め、ぶるんと震えた次の瞬間、警備兵の頭上を越えて私たちの方に飛び掛かってきた。

 何で???————————しまった!!

 私はすっかり忘れていた。

 魔晶石は魔獣を倒した戦利品であり武勲の証。

 ただし、魔法石は手に入れるより、持ち帰ることの方が困難だということを。

 魔獣は、魔晶石を持つ者を優先的に襲ってくるのだ。

 えたぱの地下迷宮ダンジョン攻略では、それを利用してハメ倒す攻略法があるとwikiに書いてあったっけ。

 私は第二王子殿下を守るため木の葉の盾リーフシールドを唱えようとしたが、間に合いそうにない。

 第二王子殿下はにやりと笑い、まるで魔獣兎が第二王子殿下に向かってくることをしっていたかのように、武器強化エンチャントが既に切れたなまくらな剣で魔獣兎の突進を受けていた。

 わずかに吹き飛ばされた第二王子殿下は膝を地面につくも、すぐさま立ち上がる。


 「はっはー、俺様がこの場で一番強いことを知って攻撃してくるとは、さすがは魔獣、褒めてやろう!」

 「違いますって殿下!!魔獣は魔晶石に引き寄せられてるだけですっ」

 「なんだ違うのか!がっかりだな。まあいい、アルバート!」

 「ああっ、女神トランケルザの口づけと共に主守る輝きをその手に宿せ、『武器強化エンチャント!!』」


 アルバートさんが呪文を唱えると私たちだけでなく、自分たちの武器まで光を帯び始めるのを見て、警備兵は驚きに目を見開いた。


 「君たちは……殿……?まさか?」

 「我こそはガルトラル王国第二王子ディグニクス・ラクセリア。初等部三年とはいえ、ここで退くは王家の恥なり。魔獣討伐助太刀しよう!!」


 いやいやいやいやいやいいや。

 駄目じゃん第二王子殿下あんた、さっきはあんなちっこいの二匹に大苦戦したばっかじゃん私ら。

 逃げて応援呼ぶのがセオリーですって。


 「殿下……」

 「レイティアは念のため、ブラウと共に学院に戻って応援を連れてこい。それまでには倒してるかもしれんがな!」

 

  第二王子殿下はそう言いながら、巨大魔獣兎の攻撃を寸前でかわす。

  巨大魔獣兎の着地を狙って、皆が一斉に剣を突き立てるも、固い漆黒の体毛に阻まれて、肉体を傷つけることは出来ていない。

  第二王子殿下の虚勢に、私は溜息をもらす。


 「馬鹿ですか貴方は。私も残りますよ。公爵令嬢が殿下ほっぽって帰ったら、それこそお父様に怒られますわ」

 「うむ。その意気や見事なり。兄上の婚約者でなかったら惚れていたところだ」

 「全力でお断りいたしますわ」

 「それは残念だな!」


 第二王子殿下の軽口が、周囲の緊張をほんのちょっぴり和らげた。

 彼の空気の読めなさが幸いした。

 私が巨大魔獣兎を睨むブラウの頭を撫でると、ブラウは不安げな表情で私を見上げた。


 「ブラウ、あなたはライナスさんを連れて学院に戻りなさい。ラスティーネ様の所にあなただけが戻れば、彼女なら状況を察してくれるはずよ。わかった?」


 ややあって、逡巡する様子を見せていたブラウが頷き、ライナスさんを背中に乗せたまま森の出口に向かって走りだした。

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