第45話:悪役令嬢と魔獣の森4
捜索を始めてしばし。
ばう。
突然ブラウが茂みに飛び込んだと思ったら、鞄のようなものを咥えて戻ってきた。
「鞄……ですわね。フレデリックさん、これに見覚えはありませんこと」
「ライナスのものですね」
「ああ、中にさっきの薬草が入っている。まだ萎れてもいないし、間違いないね」
私たちは茂みをかき分け奥へと進んでいった。
先ほどから、皆でライナスさんの名前を呼んでいるのだが、反応は返ってこない。
前方の藪に、なにかが通り抜けたように枝が折れて、抜け道が出来ていた。
細い無数の枝のひとつに、布の切れ端を見つける。
「慌ててここを走りぬけたのかな」
荷物を忘れて、服が破れるのも気にせずに。
私は嫌な胸騒ぎを感じて、剣を握る右手に力を込めた。
やがて、私たちは森の小径に出た。
「現在地はたぶんこの辺り。この道を左に進めば森の入口に出られるんだけど」
「戻っていないのだから、奥に行ったのだろう。この先の茂みは荒らされた様子もないし、道沿いに行くぞ」
「巡回の方々とも、そろそろ出会いそうですわね」
「そうなったら、そのときはそのときだ」
「そこらはディッグス殿下に任せようじゃないか」
アルバートさんが諦めたように笑うと、殿下を除いた皆が頷いた。
私も諦めて、皆と共に森の奥へと歩く。
私の隣をぽてぽてと歩くブラウが、鼻をひくつかせ、ばうと小さく吼えた。
「どうしました?ブラウ」
ブラウは私に背を向け、小径を逸れて木立の間へと入って行ってしまったので、私たちは、慌ててそれを追いかけた。
一本の大木の前でブラウは振り返り、私たちの視線を促すように顔を上げた。
「この上に?」
ばう。
「だ、そうですが殿下。どなたか木登りが得意な方は?」
「さすがにエドでも道具がないとこれは無理か」
「ですねぇ。他所から飛び移ることはできそうですが、やりましょうか」
エドと呼ばれたクラスメイト、エドワードさんは登れそうな木を探し、周囲を見回す。
その様子を見て、第二王子殿下が咳ばらいをひとつ。
「まあ待て。レイティア。何のためにお前を連れてきたと思っているのだ」
「えーと……にぎやかし?もしくはマスコット的ななにかでしょうか殿下」
「……お前のような女をマスコットにしたがる物好きがどこにいるのだ」
私が可愛らしく首をかしげてあげたというのに、第二王子殿下はばっさりと切り捨てた。
「……アレク様にそうお伝えしましょうか」
「それは勘弁してくれ」
私はやれやれと肩をすくめる。
「まあ、お役に立てるかどうかは存しませんが、やるだけやってみましょう。私が登っても構いませんが、ライナスさんが動けない場合運ぶことが出来ませんので、先輩方でどなたかお願いしますわ。あ、殿下は抜きで」
「何故だ!!楽しみにしていたのに!」
「当たり前じゃないですか。ちょっと黙ってていただけます?」
「ぬう」
ぬうとか言わない。
あと、皆さん白い目でこちらを見ない。
「では、木登りが得意と言われていたエドワードさんで。エドワードさん、木の根元に立っていただけるかしら。くれぐれも暴れないでくださいませ。他の方々は巻き込まれないよう少々離れてくださいませ」
「は、はい」
いきなり指名されたエドワードさんが不安げな表情で大木の根元に立った。
私も他の皆と同様、エドワードさんとの距離を取り、しゃがみこんで両手を地面にあてた。
汚れることを気にせずに済む訓練着で本当に良かった。
私は大きく深呼吸。
『豊穣の神マイア・ライアに感謝を。大地を命で満たし咲き誇れ
私が、まるで必要のない呪文とともに
それは次第にあり得ない大きさになり、エドワードさんの身体を上へ上へと持ち上げていく。
「すごい……」
誰かが口にした。
私はそれを気に留めず、集中を続ける。
しばらくすると、頭上から声が降ってきた。
「おい、いたぞ!!」
私はその声を聞いて、植物を伸ばすのを止め、額の汗を拭う。
密かに練習を重ねた結果、集中を止めた途端に植物が枯れるなどという、昔の私はもういないのだ。
エドワードさんが樹上の少年を確保したのを確認して、ふたりを地上に下ろした。
少年はライナスさんで間違いなかった。
「眠っているね」
地面に転がされたライナスさんは幸せそうな寝顔で、静かに寝息を立てていた。
実に呑気なものだ。
「ああ、こんなものも一緒に転がってたぜ」
エドワードさんはポケットから食べかけの赤い果物を取り出して見せた。
リンゴのようなそれは、甘い匂いを放っている。
「なるほど、眠り林檎を食べたのか。ならば帰ってこないのも無理はないね」
「眠り林檎……
「さすがはご令嬢、ご名答です。酒に漬けて熟成させると眠り姫すら目覚める味と言われておりますが、生のまま食すとこのように。三日もすれば目覚めると思いますが」
「なかなか口に出来る代物でもないしね。新入生では、この森にそんなものが育っているとは思わなかっただろうし、気付かずに食べてしまったんだろうね」
「ふん、人騒がせなやつだ。目覚めたら、しっかり反省させねばな。では、連れて帰るとするぞ」
殿下は、興味を失ったのか、くるりと背を向け小径に戻るため歩き始めた。
エドワードさんは眠ったままのライナスさんを背負う。
「しばしお待ちください殿下」
「ん?どうしたのだレイティア」
「ライナスさんは……なぜ木の上にいたのでしょうか」
「そんなことはこいつに聞いてみねば——」
がさがさがさ。
背後の茂みが揺れた。
私は慌てて振り向き、剣を構える。
皆も腰に差した
茂みからひょっこり飛び出してきたのは可愛らしい生き物。
「兎」
「兎だな」
「兎……ですね」
「美味しそう」
誰よ美味しそうって言ったのは!
気持ちは分かるけど!
兎美味しいよね!!
可愛らしい栗毛の兎が二羽、鼻をひくつかせながらひょこひょこと近づいてきた。
私たちがその可愛らしい姿に警戒を解くのとは反対に、ブラウはぐるると唸り声を上げ、毛を逆立てている。
「ブラウ?なにをそんなに——」
ブラウを落ち着かせようと手を伸ばした瞬間、兎が私に飛び掛かってきた。
私が飛びのくより早くブラウが体当たりし、兎を弾き飛ばした。
地面に落ちた兎は、ゆっくりと起き上が、怒りに毛を逆立てながら。
「黒くなって……大きく?」
兎は、先ほどの愛らしい姿のまま、一回り大きく、そして体毛は漆黒に変わっていった。
真っ黒な姿。
血液のような深紅の瞳。
大きく開けた深紅の口腔内に見える漆黒の牙。
「魔獣か」
言うが早いか、第二王子殿下は剣を振り下ろした。
狙い違わず、剣先は魔獣兎に叩きつけられるが、がきんという派手な音とともに弾かれてしまった。
しかし、僅かではあるが魔獣兎の体から黒い霧のようなものが染みだしてきた。
もう一羽の兎も、見る間に漆黒の体毛を持つ魔獣兎になってしまった。
魔獣兎は、兎らしくぽてぽてと歩いていると思ったら、突然目で負えないほどの跳躍力で飛び掛かって来る。
牙のみでなく、耳や尻尾、全身の体毛が鋭利な刃のようになっているようで、魔獣兎の攻撃を躱すたびに、周囲の草木が切り刻まれて宙を舞っている。
そして、人間の弱点を知っているのか、首筋だけでなく足元を執拗に狙ってくるあたり、間違いなく動物の範疇を越えている。
比較的優位に戦えているのは第二王子殿下のみで、他の少年たちは攻撃を捌くだけで精一杯のようだ。
「殿下!!私が押さえますのでその隙に!他の皆さんはもう少し頑張ってくださいませ!」
「おう、まかせた」
「は、はぃぃぃぃっ!」
「無茶ですよぅっ……」
私は皆から距離を取り、第二王子殿下と交戦中の魔獣兎を凝視した。
そして、魔獣兎が殿下に飛び掛かった瞬間。
「『
私が
盾に弾かれた魔獣兎は、着地の態勢を取ろうと、空中で体をひねった。
「がら空きね。『
私は兎の足元に生い茂るの蔦を、大きく成長させ魔獣兎に絡みつける。
蔦に囚われた魔獣兎はもがくように体を大きくひねり、次々と蔦を切り刻むが、蔦の成長速度も負けてはいない。
「殿下、今です!!」
「おう!」
第二王子殿下は、絡みついた蔦ごと、魔獣兎の深紅の口腔に、渾身の力で剣を突き立てた。
表面がどれだけ頑丈でも、内部まではそうではないようだ。
口から突き入れられた剣先は背中を抜け、真っ黒な霧が大量に噴き出た。
やがて魔獣兎は動かなくなり、塵になっていった。
「口の中が弱点だ。狙え!!」
「そんな無茶言うなよディッグス!!」
……まったくよ。
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