第44話:悪役令嬢と魔獣の森3

 「——で、ライナスさんが昨晩から戻っていないと」

 「ええ、寮長にも言ったのですが、彼はもともと外泊も多かったので、単純な報告漏れだろうと取り合ってくれず」


 同学年の生徒、1年4組のパルナー子爵家三男のフレデリックさんは、申し訳なさそうに言った。

 同級生のライナスさんが、研究棟から依頼を受けていた薬草採取をするために、立ち入り禁止であるノーラスの森へ入ったまま帰ってこない。

 森へ入るところを確認したわけではないので確証はないが、クラスメイトたちに確認したところ、誰もライナスさんの姿を見ていないそうだ。

 

 「今日その話をしたら、森の巡回警備兵に伝えてくれるとは言っていました」

 「うーん、でしたら、私たちの出る幕はない気もしますが。ねえ、殿下」

 「うむ。だとしても人手が多い方が捜索ははかどる。そうだろう、レイティア」

 「初等部が出しゃばっても、足を引っ張るだけだと思いますが」

 「大丈夫だ、俺がいるからな!!」


 根拠のない自信はどこから来るのやら。

 アルバートさんたちはもはや、達観したような生暖かい眼差しだ。


 「はあ……仕方ありませんわね。お付き合いいたしますわ」


 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「森の入り口には守衛がいるはずでしたわね」

 「ええ、今は普段よりチェックは厳重になっています。ですから——」


 森へ通じる学院裏門を出たところで、私たちはこっそり道を逸れた。

 裏門の守衛には、行方不明になった生徒の安否が気になるので、森の巡回警備兵に会いに行きたいと言ったら、何の疑問も持たれずに通り抜けることが出来た。

 さすがは第二王子殿下の肩書は強い。

 森へ向かうのは、私と第二王子殿下、フレデリックさん、そしてアルバートさんはじめ第二王子殿下のクラスメイト4人とブラウ。


 ラスティーネ様には私たちが戻ってこなかった場合の対応をお願いして、渋々留守番に同意してもらった。

 アルバートさんたちの使用人はどうしたのかと尋ねたところ、第二王子殿下に呼び出されるときは、だいたいろくなことがないので、連れてきていないとのこと。

 中等部以降に上がると、使用人の帯同に制限がつく。

 また学院の生徒が生徒を学院内での侍従として雇うことが可能になるため、それの練習も兼ねていると笑って答えてくれたが、第二王子殿下この馬鹿王子の侍従になりたいなど、奇特にもほどがあるだろう。

 

 「王族の侍従を務めると、卒業後の就職先に有利なんだよ」


 怪訝そうな顔をしていた私に、アルバートさんはそっと耳打ちしてくれた。

 なるほど。


 ともあれ、私たちはフレデリックさんの案内で、森をやや迂回するように進んだ。

 やがて、フレデリックさんは足を止め、森を指さした。


 「ここです。ここの結界が弱くなっているそうなので、おそらくはここから」

 「どうしてそれを?」

 「ライナスは中等部の先輩から聞いたと話していました。私も一度、彼と共に入ったので間違いないかと。あ、もちろん立ち入り禁止になる前の話ですが」

 「弱った結界を放置とは、頂けませんわね」

 「うむ、早急に学院に対処させねばな。だがしかし、まずは件の一年生の救出が先だろう」


 そう言うと、第二王子殿下はうすぼんやり光を放つ杭の脇を通り抜け、森へ足を踏み入れた。

 私たちは慌ててその後を追う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 咽るような濃密な空気に満ちるマナを肌で感じながら、私たちは森を進んだ。

 先頭を歩くのは薬草の採取場所へと案内してくれるフレデリックさん。

 続いて第二王子殿下とアルバートさん、私とブラウ、残りの3人は私を囲むように歩く。

 課外授業で一度だけ訪れた時とは違い、下草も踏み分けられてはおらず、かなり歩きづらい。

 素材と研究用に所狭しと植えられ、魔法によって成長を促進させられた木々や草花が、本来の植生を無視しているため、かなり混沌とした場所になっているのが分かる。

 背後を振り向いても既に入ってきた場所は見えず、太陽の光も僅かにしか届かず、慣れぬものはすぐに迷子になりそうだ。


 「よく迷いませんわね、こんな森で」


 私は感心するように呟いた。


 「ははは。公爵令嬢が訪れる必要のある場所ではありませんし、そう思われるのも無理はないかと。私ども田舎貴族は領地の森へ入ることも多いですし、慣れれば、案外迷わないものです。それに——」


 そう言うと、私の隣を歩く3年生のミッチェルさんは、ポケットから取り出したものを私の目の前に広げて見せてくれた。


 「地図……ですか」

 「ええ、学院の生徒に代々受け継がれるノーランの森の地図です。数年ごとに地形も変わるので、その度に書き直されていますが。この地図作成は高等部騎士学科の必須科目ですね。」

 「なるほど。それが初等部まで回ってくるのですね」

 「ええ、私も騎士科を目指しておりますので、騎士科に通う従兄に書き写させてもらいました。小遣いを稼ぐ以外でもいろいろ役に立ちますから、この森は」


 このノーランの森は、魔獣が跋扈ばっこする辺境の大森林を模している。

 騎士学科の生徒は卒業後、騎士団に入団し各地に派遣されるが、最も多い派遣先が大森林となる。

 そのための実地訓練がこの森で行われるという話を、私は授業で聞いていたことを思い出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「この辺りか」

 「はい、おそらくは」


私は嗅ぎなれない匂いに顔をしかめながら、周囲を見渡す。

フレデリックさんが研究棟から依頼された薬草の群生地だそうだ。

よく見れば、ごくごく最近に摘まれたような形跡が残っていた。

ノーラの森が立ち入り禁止になった日数から考えても、それ以前のものではないように思えた。


 「フレデリックかどうかはさておいて、ここ数日のうちにこの場所で薬草を摘んだやつがいるのは間違いなさそうだな」

 「どうするディッグス」

 「用もないのにひとりで奥に行くほど馬鹿ではないと思うが、調べるとするか」


 第二王子殿下がそう言うと、アルバートさん達は周囲に散り始めた。

 私は慌てて声を掛ける。


 「少々お待ちください。なにかに襲われた可能性はないのでしょうか」

 「この辺りは初等部でも侵入が許可されているエリアだ。危険な動物の類は——」

 「魔獣の活性化の影響が出ているかもしれませんし、武器もなしでは」

 「ああ、そうだったな。ローランド!」

 

 第二王子殿下が声を変えると、ローランドさんは肩にかけていた鞄から木製のナイフを取り出して、第二王子殿下に手渡した。


 「そのような玩具おもちゃでなにをなさるのですか」

 「まあ見ていろ、レイティア。ローランド!」

 「へい殿下」


 ローランドさんは右手で殿下の持つナイフに触れると、左手を軽く上げた。

 魔法を使うときの仕草だ。


 「戦神(いくさがみ)の猛き調べ(しらべ)は木片を名剣に、石くれを戦斧に。『武器創造クリエイトウエポン』」

  

 ローランドさんが呪文を唱えると、第二王子殿下の手にある木製のナイフは形を変え、腕の長さほどの剣になった。

 見た目は完全に金属製の剣なのだが、どういう理屈なのだろうか。


 「おいらが出来るのは見た目だけ。まだなまくらしか作れません」

 「そこで私の出番です」


ローランドさんが申し訳なさそうに頭を掻くと、アルバートさんが一歩前に出て位置を替わった。


 「女神トランケルザの口づけと共に主守る輝きをその手に宿せ『武器強化エンチャント

 

 ローランドさんが剣に手をかざし唱えると、剣が淡い光に包まれた。

 第二王子殿下は、それに満足したように頷くと、くるりと背を向け歩き始めた。

 そして、一本の木に向かって。


 「はっ!!」


 気合と共に剣を振るうと、第二王子殿下の胴回りほどの木は鮮やかな切り口と共に切り倒された。


 「まあ、こんなもんだ。あとは俺様の血統魔法が加われば、なかなかの戦力だろう?」


 第二王子はにやりと笑う。

 王家の血統魔法はすばり王威カリスマ

 言葉ひとつで万の民を動かす、ある意味禁断の技。

 戦場において、その言葉を耳にすれば、徴用兵すら死をも恐れぬ精鋭に変わるという。


 「殿下のお力、お使いにならないことを心から願いますわ」

 「はっはっは、俺ごときではまだまだ父上のようにはいかんさ。それはそうと、これはレイティア、お前が持って慣れておけ」


 言うなり、私に向かって剣を放り投げてよこした。

 私は一瞬それを受け取ろうと考えたが、慌てて思い直しその場から飛びのいた。


 「なっ!?何をなさるんですか殿下!!!」

 「おいおい、いつもお前の屋敷でやってる事だろうに、なぜ逃げる」

 「練習用の木剣と一緒にしないでください!!」


 呆れる第二王子殿下に文句を言いながら、私は地面に突き刺さった剣を引き抜いた。

 薄く光を放つそれは、確かにローランドさんがなまくらと言った通り、一見して見た目は立派だが、刃の鋭さもなくバランスの悪い玩具おもちゃだった。

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