第43話:悪役令嬢と魔獣の森2

 そして土曜日。

 お父様は王宮でお勤め。

 お母様は騎士団訓練場で訓練。

 どちらも魔獣関連でい忙しい日々。

 対するミレーネ母様は貴族のご婦人同士のお茶会。

 なにもこんな時にとも思わなくもないが、些事には動じないのも貴族の務めとばかりに、いつも通りめかしこんで悠々と出かけていったミレーネ母様。

 これもまた貴婦人の嗜みかと感動すら覚える。

 もっとも、魔獣の活性化というのも、過去の例から考えると二週間ほどで鎮静化するだろうとの見込み。

 派兵支援は念のため。

 何事もなく辺境伯に恩が売れれば儲けもの、という判断もあるらしい。

 というわけで、小うるさい方々はお留守で、私は羽をのびのびと伸ばしていた。

 もはや日課となった鍛錬は早々に終わらせ、汗に濡れた鍛錬用軽装のまま着替えもせず、庭園のガゼボでメアリの淹れてくれたお茶をのんびりと頂く。

 なんと優雅な休日でしょうか。

 貴族令嬢としてはどうかという疑問はさておき。

 そろそろ汗も冷えてきたことだし、屋敷に戻ろうかしらと立ち上がったとき。

 がらがらというやかましい音と共に、見慣れた豪華な馬車が玄関に横付けされた。

 そこから飛び降りてきたのは、もはや見飽きた凛々しいお姿。

 

 「おいレイティア!レイティアはいるか!!」

 「呼んでますよお嬢様」

 「聞かなかったことにしましょう」


 私は回れ右をして、その場からそろりと去ろうとした。

 

 「おいレイティア!そこにいるではないか。聞こえなかったのか!?」

 

 ……ばれた。

 私は諦めて振り返り、作り笑顔を返した。


 「あら、ディグニクス殿下、ご機嫌よう。大変よいお天気の休日ですが、どんな御用でしょうか?ご婚約者のラスティーネ様のお姿がお見えにならないようですが」

 「おう、あいつは学院に置いてきた。急いでいたのでな!」

 「駄目ではないですか置いてこられては。私が何度も……ん?急ぎの御用とは?」

 「うむ、時間がない。馬車で話す」


 そう言うが早いか、第二王子殿下は私の腕を取り、有無を言わさず馬車に放り込んだ。

 

 「ちょ、殿下、なにごとですか!」

 「よいから早くするのだ」

 「誰か、助け——」


 ばう。

 なぜかブラウも馬車に乗り込んできた。

 私を助けてくれるのかしら頼りになるわねさすがブラウ。


 「おう、ブラウも来るか。お前が来てくれると力強いな!」

 

 ばう。

 ブラウが嬉しそうに吼えた。

 助けに来てくれたんじゃないのか!!

 やはり駄狼のようだ、こいつ。

 ブラウのせいで逃げるタイミングを完全に逸してしまった私は、そのままどなどなされてしまった。

 第二王子殿下による公爵令嬢拉致事件。

 ……どういう罪になるのだろうか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「どういうことなのかご説明くださいまし、殿下」


 私は乱れた服を直しながら、不機嫌を隠しもせず尋ねた。

 第二王子殿下は、いつも通りなにも気にしていない顔だ。


 「ノーランの森で行方不明者が出た」

 「はあ。学院の生徒が、でしょうか」

 「そうだ。それも初等部らしい」

 「それは大変ですが、それと私が連れ去られるのに、何の関係があるのでしょうか」


 生徒の行方不明ならば、学院の警備兵が捜索にあたるはずだ。

 行方不明事件の容疑者として連行されてるのだろうか。

 第二王子殿下は鼻をふんと鳴らした。


 「初等部の生徒が行方不明になっているのに、俺が動かない訳にはいくまい」

 「むしろ動いてはだめでしょう。王族ですよ?第二王子殿下ですよ?」

 「うむ。王族であり初等部の長。生徒の身を案じんでどうする」

 「大人しく案じていてくださいよ」

 「有事の際に、大人任せで指をくわえて見ていたなどと誹りを受ける訳にはいかんのだ」

 「……誰もそのようなこと思いもしませんて」

 「というわけでだ!有志生徒を集めて捜索隊を組んだ」

 「話聞いてくださってます?殿下」

 「安心しろ、レイティアの身は俺が守ってやる」

 「だったら連れて行かないでください」

 

 ……駄目だこの第二王子殿下馬鹿、相変わらず話が通じねえ。

 今日の殿下の使用人はベルヘノートさんではなかったようで、そちらをちらりと見ると、諦めてくださいと目が言っている。


 「えっと……大事になる前に、我が家には連絡お願いしますね」


 使用人の男性は申し訳なさそうに頷いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私たちの乗った馬車は、王立学院の門をくぐり、裏門近くの広場に止まった。

 殿下と私が降りると、そこには4人の初等部三年生と思われる生徒とひとりの一年生の生徒が待っていた。

 制服に縫い付けられた校章の色によって判別できるのはこういうときありがたい。


 「すまぬな。待たせたぞ皆、揃っているな」

 「ああ、待ちかねたよディッグス。後ろのご令嬢は……グランノーズ公爵令嬢だったね。お声を掛けることをお許しください。私はアルバート・ベルナドール。イザライア伯爵の四男で、殿下……いや、ディッグスとはクラスメイトです。どうぞお見知りおきを」


 アルバートと名乗った少年は、綺麗なボウアンドスクレープを見せた。

 片脚を引き、やや身体を折りながら逆の腕を上げるアレだ。

 それに倣って、わたしもカーテシーを返した。


 「グランノーズ公爵家長女、レイティアです。ディグニクス殿下には日頃大変お世話になっておりますわ」


 大変の部分を強調したのに気付いたのか、アルバートと他の3人も苦笑いを浮かべつつも、順に名乗り始めた。

 ミッチェル、ローランド、エドワード、そして1年のフレデリック

 時々襲撃されたり拉致られたりする私でさえうんざりしているのだから、毎日顔を合わせる彼らの苦労を思うと、思わず涙をこぼしかねない。

 第二王子殿下被害者の会とでも名付けたい、奇妙な連帯感が生まれた気がした。

 唯一無関係なフレデリックさんは訳が分からすぽかんとしている。


 上級生4人は皆ディグニクス殿下と同じ3年1組。

 初等部の生徒が行方不明になったと聞いた第二王子殿下に、休日だというのにいきなり呼び出されたそうだ。

 お互い苦労が絶えませんわねほほほと笑いあっていると、ぱたぱたと走って来る足音が。


 「レイティア様ー」

 「ラスティーネ様」


 ラスティーネ様が、日傘を揺らしながら、とててと走り寄ってきた。

 

 「申し訳ありませんレイティア様、私が殿下をお止め出来なかったばかりにこんなことになってしまい」

 「お気になさらないでくださいラスティーネ様。第二王子殿下あの方を止められる者など学院にはいないでしょうし」

 

 今にも泣きだしそうなラスティーネ様に、私は笑いかけた。


 「よし。ではのんびりもしていられん。速やかに出発だ。ラスティーネはここで待つように」

 「私も連れて行ってくださいませ!」

 「俺とて婚約者を危険にさらすほど愚かではない。許せ」

 「「「え?」」」


 皆の視線が一斉に第二王子殿下に向いた。

 婚約者を・危険にさらすほど・愚かでは・ない?

 婚約者でない女、それも年下ならば問題ないのかと、誰もが疑問に思っただろう。

 私がその疑問を口にする前にアルバートさんが第二王子殿下に尋ねた。


 「殿でん……ディッグス。一応確認したいのだが、君は強力な助っ人を連れてくると言って、公爵ご令嬢を連れて来られたのだが……それは君的にはよいのか?」

 「なにを言っているんだバート。森の中であればグランノーズの血統魔術が役に立つであろうことはお前もわかるだろう」

 「それはそうだが、年下のご令嬢を、普段であれば兎も角、立ち入り禁止となっている森に連れて行くというのはいかがなものかと思うぞ」


 至極もっともな意見に皆が頷く。

 それに対し、第二王子殿下はさも当然だと言わんばかりに胸を反らす。


 「問題ない。レイティアはこう見えて俺より強い。つまりは初等部最強といっても過言ではないのだ。ならば、これ以上の助っ人がどこにいようか」

 「ななななにをおっしゃっているのやら。ご冗談が過ぎますわ殿下、おほほ……」

 「なにしろレイティアは、かつて辺境魔獣戦線で名を馳せた北の鬼神——ロザリア・グランノーズの娘、俺ひとりどころか、お前たちが束になっても敵わぬぞ」


 私が笑って誤魔化そうとしているのに、第二王子殿下の容赦ない追撃。

 話を盛るのも大概にしてもらいたい。


 「確かに殿下との手合わせでは勝ちを譲っていただいておりますが、それは女性相手の優しさだと思っておりますわ」

 「相手が女子供であっても全力を尽くさねば、俺が王族とはいえ無礼ではないか。つまりは今のところ俺の完敗というわけだな、はっはっは」


 やめて、まじやめて第二王子殿下馬鹿王子

 皆の視線が痛すぎるわ!!

 ついでにラスティーネ様の尊敬するような眼差しもやめていただきたい。


 その後、全てが終わったのを見計らったかのように、のんびりと馬車から降りてきたブラウの姿を初めて見た少年たちが、腰を抜かすほど驚いたことだけは追記しておく。


 「シルバーウルフくらいで驚くとは、お前たちもまだまだだな!!」


 第二王子殿下、それはあんまりにも無体にございます。

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