第39話:悪役令嬢は魔法を教える2
翌週の魔法学の授業は、各生徒の基本魔法適性の確認と、基本魔法の実践。
場所は変わらず魔導教導場。
前回の授業でマナに触れることが出来なかった生徒は、補助講師の指導の元、引き続き同じ試みをすることも出来るし、実技を放棄することも選択できる。
ちなみに、実技放棄した場合、魔法学の資料分類という仕事が与えられ、それが単位の対象となる。
資料分類など貴族にとっては屈辱だが、そうでない者にとっては、むしろ、貴族と比較される機会が減るという、ある意味ありがたい制度でもあるのだ。
我がクラスのエイミーさんは、早々に資料整理を選択し、軽やかにスキップしながら退場していった。
実にたくましい。
他の2名、1年2組のトラヴィスともうひとりの女生徒マリアベルさんは、マナとの接触に再挑戦らしい。
魔法適性の診断には診断用魔法感知紙と呼ばれる紙に特殊な細工を施した付箋状のものを使う。
「この魔法感知紙をこのように右手に持って——」
左手で触れたマナを右手から放出。
実際には、マナに触れた時点でマナが取り込まれ、体内のマナが勝手に押し出されるだけなのだが。それによって右手に持った魔法感知紙の色が変わるそうだ。
リトマス試験紙かよ。
火は赤、水は青、土は黄、風は緑。
そして極めて稀ではあるが、全要素均等な場合は白に染まるそうだ。
それにしても、てっきりここでも顔相診断するのかと思ったら、専用の道具があたのね。
生徒たちは皆一様に期待に満ちた目をしながら、クロード先生の話を聞いていた。
学院に入学する生徒たちのほとんどは、家庭教師や、それぞれの故郷の寺子屋的施設で魔法適性の診断を受けているはずではあるが、適性は年齢や魔法能力の習熟によっても変化するらしく、学院に入学して一斉に診断をするこのタイミングというのは、ある意味でのスタートラインとなるらしい。
というのも、魔法適性のみでなくその適性魔法の強さも、診断用魔法感知紙で分かるのだそうだ。
色の濃さが、そのまま適性魔法の強さ。
これほど一目で誰にでも分かりやすい指標もない。
全員に診断用魔法感知紙が手渡され、クロード先生の合図とともに、生徒は皆一斉に長ったらしい
あちこちで驚きや歓喜や、落胆の声が上がる。
私はそれを微笑ましく見守りながら、診断用魔法感知紙を摘まんだ右手と、空の左手を軽く上げ、マナに触れた。
診断は思った通り赤——つまりは火の魔法適性。
強さは、どれどれ、ああ赤い色がどんどんと……おおぅっ!?
ばしゅっ!!!!!!
「きゃっ!!」
右手に持った診断用魔法感知紙は、鮮やかな深紅に染まったと思ったら、赤い閃光と共に破裂してしまった。
周囲の女生徒たちからも悲鳴が上がる。
「怪我はありませんかレイティア嬢!!」
「だ、大丈夫です……けど」
蒼白な顔になって駆け寄るクロード先生。
生徒に対しては基本さん付けなのに、それすら忘れている。
さもありなん、今ここにいる中で最も高貴な上位貴族である公爵家令嬢に怪我でもさせた日には、学院の責任問題に問われかねない。
クロード先生は、触れることをお許しくださいと断ったのち、私の右手を調べた。
右手には、破裂した診断用魔法感知紙の欠片が残っており、それは根元まで一部の隙間もなく深紅。
一見すると怪我は見当たらないが、念のためということで、私はそのまま医術室へ連行され、医術師により診療と、学院所属の癒し手による奇跡のおまけつき。
至れり尽くせりとは、まさにこのこと。
その後、診断用魔法感知紙の不良も考えられたので、前回より多くの講師に見守られる中で再度、私も含め全員の再診断を行ったが、同じ結果になってしまい、私は王立学院史上初の測定不能という、なんともありがたくない二つ名を頂いてしまった。
「流石レイティアさんっすね。やっぱ、ぱねえっす」
「まっっっっったく嬉しくありませんわ!」
まさかこんな入口で目立ってしまうなんて、これでは対処のしようがないじゃないですか、バルマン先生。
帰宅して、お父様とお母様たちに報告すると、ミレーネ母様には大変喜ばれたが、過去の事件(別荘での馬車襲撃事件)を思い出したのか、お父様とお母様は微妙な顔をしていた。
ちなみに、マルチナさんの適性魔法は土だったが、能力的にはたいしたことはないらしく、がっかりしていると思いきや。
「あたいは血統魔法が売りっすから。全然気にしないっすよ」
と、けらけらと笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その翌日。
算術の授業を終えた私は、マルチナさんの復習の手伝いをしていた。
「レイティアさんの説明の方が、先生より分かりやすいっすね」
「ありがとう。けれど、マルチナさん。ここは先月教えたところですわよ」
「あっはっは。参ったすなー」
マルチナさんは、なんというか三歩進んで二歩下がるひとだ。
覚えたことは忘れないが、覚えるまでが手がかかる。
「この調子ですと、学期末の考査試験は厳しそうですねぇ」
「レイティアさんの頑張り次第っすね」
「ご自分で頑張りなさいよ……」
私が溜息を吐いていると、様子を見に来ていたバーナードさんも苦笑いだ。
「さて、軽くお茶でもしてきましょうか」
「お供するっす」
「いつも、言わなくてもついてくるでしょう。あ、バーナードさんもどうぞ」
「は、はい」
私たちは席を立ち、教室の外で待機していたメアリと共に控室へと向かおうとした。
がたがたと大きな音が隣の教室から響いたのに続き、叫び声が。
「うるせえっお前に何が分かるってんだっ!!」
聞いたことのある声。
トラヴィス・ドーズの声だ。
「なんでしょうか」
「気になるっすね」
「別に気にはなりませんが、この騒々しさは学院に相応しくありませんわね」
隣の2年2組の教室の、開け放たれた扉の前には、既に10人程の野次馬の姿があり、そこにはクラスメイトの見知った顔もあった。
私は野次馬クラスメイトのひとりに声を掛けた。
「なにがありましたの」
「あ、レイティア様……じゃなくてレイティアさん、喧嘩ですよ喧嘩。ご覧になられますか」
クラスメイトはやや脇に退いて、私が入るスペースを作ってくれた。
見ると、拳を振り上げ激高しているトラヴィス、そして机と共に倒れている生徒。
確かこちらは魔法学科実技初日、跪き涙したトラヴィスに声を掛けていた男子生徒だ。
男子生徒は切れた唇の血を腕で拭いながら身体を起こし、トラヴィスを睨みつけた。
「いってぇなあ……なにしやがんだよトリィ。たかが魔法ごときでなにぴりぴりしてんだよ」
「たかがって言うなっ!魔法が使えるお前に俺の気持ちが分かるかっ!!」
「いや、俺の方こそ分かんねえよ。魔法なしでこのクラスに入れた程優秀なお前が、大したことねえ魔法に、そこまでこだわってるのか。貴族嫌ってるだろうに、お前」
「貴族は大っ嫌いだがっ!それと魔法は別問題だっ」
言い分としては、名もなき男子生徒が圧倒的に正しい。
叙爵や玉の輿を狙うならまだしも、貴族嫌いを公言する平民が魔法にこだわる理由は、私にも思いつかない。
「上級貴族ででもなきゃ魔法なんて子供の遊びみたいなもんだろ?意味ねえよ」
「うるさいっ、魔法が使えればなあ……かっこいいじゃねえかっ!!!!」
ぶふっ。
思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
頑張った、私。
か……かっこいい、だと??
なにこの可愛い生き物っ、中二病か!!!!!
いやあ、まさかかっこいって理由だけで魔法使いたいとかいう面白い子が、この世界に存在してるとは……ぶふふ。
見なさい、周りの皆もあまりの理由に開いた口が塞がらないじゃないの、シリアス返しなさいよ。
面白すぎるわー、これがあのトラヴィス?別人にも程があるわ。
ひとに歴史ありってホントねー。
「……そ、そんな馬鹿な理由で俺は殴られなきゃいけないのかっ!」
一分の隙もない正論を放った、名もなき男子生徒。
彼は立ち上がり、トラヴィスに掴みかかると、トラヴィスはそれを引きはがそうとする。
なんとも青春らしい不毛な争いだなあ。
そのまま夕日に照らされるまで放っておいてあげたいものだが、このまま講師が来てしまっても困るだろう。
そろそろ誰か止めてやっても良いだろうにと周囲を見渡すも、2組在籍の上級貴族の姿はない。
その他の生徒たちは、互いに顔を見合わせるだけで、誰一人彼らを止めようと動く者はいない。
そのうち、生徒のひとりが私を見たのをきっかけに、ひとり増えふたり増え、私への視線が集まってきた。
何とかしてください公爵家ご令嬢、と、皆の目がそう語っていた。
やれやれと肩をすくめ、意を決し、私は彼らに歩み寄る。
扇子を取り出し、口元を隠す。
「まあまあ……ぶふっ、おもし、じゃなくてつまらない理由で喧嘩はおやめなさっ……ぷぷ」
「うるせえっ、外野が邪魔するなっ!」
トラヴィスが、私に向かって腕を振りぬいた。
いくら学院内とはいえ、王家に次ぐ上級貴族である公爵家の御令嬢を殴る馬鹿がいようとは、誰も思うまい。
その場に居合わせた皆が、私を殴り飛ばしたトラヴィスとその一家の末路を想像したに違いない。
死んだなこいつ、と。
しかし、幸運なことに、その致命的な結末が訪れることはなかった。
私に拳が当たる直前、私とトラヴィスの間に丸いものが滑り込んできた。
その丸いものはトラヴィスの手首を掴むと、腕をねじり上げ、床に組み伏せた。
その間、わずか瞬きほどの時間。
床に転がされたトラヴィスが、自分の置かれた状況に気が付くのに数秒を要し、さらに数秒後、目の前に私がいることにようやく気が付いた。
トラビスの顔が、みるみる青ざめる。
「はずみとはいえ、公爵家ご令嬢に手を上げるのはいただけないっすねぇ、トラヴィスくん」
マルチナさんは、トラヴィスの腕をねじり上げたまま、笑顔でそう言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイティアさん、こいつらどうなさるっすか」
トラヴィスと名もなき男子生徒は処刑を待つ罪人のような色を失った顔で床に跪いていた。
その場の観客も皆、不安に顔を曇らせつつ、当事者のひとりの一挙手一投足に注目していた。
公爵家令嬢レイティア・グランノーズの言葉ひとつで、目の前のふたりの男子生徒の未来が決まりかねない。
私は、軽く溜息を吐くと、周囲をぐるりと見渡す。
「えーと……幸い、マルチナさんのお陰で大事には至らなかったわけで、トラヴィスさんもたぶん反省してるでしょうから、ここはひとつ、何事もなかったということにいたしません?皆さん」
私はとびきりの笑顔を見せた。
周囲の緊張していた空気が、わずかに緩むのが分かった。
それを見て、私は続ける。
「……さて皆さん。今見たことは、くれぐれも他言無用で。よろしいですわね。あと、トラヴィスさんが魔法にこだわる理由も……ぷぷ……彼の名誉のために口外しないように願いますわ」
自らの失言をようやく思い出し、俯くトラヴィス。
名もなき男子生徒は、それを見てわずかに苦笑い。
観衆は青い顔でぶんぶんと頷いている。
「そろそろ次の授業も始まりますし、教室に戻りましょうか。マルチナさん」
「そうっすね」
私とマルチナさんは2組の教室をあとにした。
私たちが去った2組の教室が再び騒がしくなったが、あとは彼ら自身で解決してもらおう。
私はマルチナさんに小声で話しかけた。
「すごいですね、マルチナさん。あの一瞬で」
「あれ?見えてたっすか。ふへへ……秘密っすよ」
「おかげで助かりましたわ」
「お礼はお菓子でいいっすよ」
「ちゃっかりしてますわね」
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