第38話:悪役令嬢は魔法を教える1
花咲き誇る4月。
場所は王立学院魔法教導場。
四方を壁に、そのうちの三方に観客席が設けられ、天井のない開放的な施設。
あちこちに防御結界が張り巡らされ、ある程度の無茶が許される場所。
似たような施設として王立学院武闘技場というものもあるが、そちらはさらに大掛かりなものとなっているらしい。
「本日より、魔法の授業は実技に入ります」
初等部担当魔法講師のクロード・デンネル先生は、油で固めたちょっとファンキーな形の髪を撫でつけながら言った。
永かった。
まじ永かった。
入学してから約ひと月、週に一度行われる魔法学の授業は座学のみ。
与えられた魔法教本は、家庭教師のバルマン先生から頂いたものとほぼ同じもの。
5歳で学んだ内容を、今さらやってどうするのかとも思ったが、こちらも基礎学力同様に、各自が入学前に学んだことのすり合わせと再確認が主目的。
私同様、魔法教本を渡されたときに嫌そうな顔をした生徒が何人もいたのは、記憶に新しい。
ともあれ、あの面倒で難解で読むと恥ずかしくなる愛の詩(うた)を延々朗読させられるという苦行が、学院入学後まで待ち構えているとは思わなかった。
一応、暗唱レベルまで習得していた生徒は授業免除となるのだが、生憎と私はそこをすっ飛ばして魔法を使えるようになってしまったため、授業免除資格を得られなかったのだ。
九九が出来ないのに微分積分が解ける?みたいな。
何はともあれ、今日から実技よ実技。
私の初等部入学にあたって、バルマン先生から、くれぐれやりすぎないようにと注意を受けていた。
バルマン先生曰く、私の魔法能力は初等部どころか中等部でも十分通じるらしく、最初からあまり目立っても良いことはないだろうとのこと。
ちなみにバルマン先生の知る私の魔法能力は、私の限界の半分程度でしかないのは秘密だ。
本気を出さないよう、ほどほどにほどほどに。
魔法実技の授業は、教導場仕様の関係から、ふたクラス合同らしく、私たち1年1組は、隣の1年2組の生徒と共に、それなりに広い教導場に間隔をあけるように散らばった。
「それでは、まずはマナに触れるところから——」
左胸、心臓のやや下のあたりに存在するらしい魔核を意識。
左腕を伸ばし、大気に触れるように掌を広げ。
魔核から左掌へと意識を移す。
掌が、大気中にあるマナに触れていることを確信する。
大事なのは、信じることとイメージ。
一度覚えてしまえば、以降は息をするようにマナを感じることが出来るようになる。
だが、ここに至るまでが実に困難だ。
魔法教本に記された、珍妙な愛だの恋だの神に感謝などという詩や祝詞を一心不乱に唱える生徒たち。
額には大粒の汗が浮かんでいるのが見える。
ひたすら集中することによって、トランスというか無我の境地というか、とにかくそんなどこにあるかわからない場所に至ろうとする。
そこに至れて初めて、マナの存在を確信することが許される。
これを読んだ時、眩暈がしたわ。
わざとじゃないのかという程、難解にしてあるのだから。
自分という存在に、あえて疑念を持たせることによって、容易にマナに触れることが出来ないようにしているとしか思えない。
入門用魔法教本の執筆意図に、悪意すら感じる。
それでも、入学前に十分学ぶ機会のあった上級貴族、そして入学後、真面目に座学に取り組んできた生徒らが次々と、挙手して、成功を伝えていた。
あれを読んで理解できる君ら、まじ凄いわー尊敬するわー。
私は数人の生徒の挙手を確認してから、おずおずと手を挙げた。
先に成功した者が、マナに触れる感覚に慣れるため、ひたすら反復練習を続ける中、初めて成功した者が次々と手を挙げていき、最終的には全ての生徒がマナへの接触に成功しそうだな……と思ったのだが。
ひとりの男子生徒がが膝をついた。
あまり見たことのないその男子生徒は、隣のクラスなのだろう。
「おいトリィ、大丈夫か」
隣の男子生徒が声を掛ける。
トリィと呼ばれた男子生徒は、肩を震わせながら、声を掛けてきた生徒を見上げた。
その顔……どこかで見たような。
「ま、まあ、お前なら次はできるさっ……な」
「……くしょう」
男子生徒の慰めに、小さくつぶやくトリィ。
次の瞬間、トリィは拳を地面に思い切り打ち付け、叫んだ。
「ちくしょうっ、なんで出来ねえんだよ!!」
トリィは地面を殴り続けた。
見かねたクロード先生が近づき、屈んでトリィの方に手を掛けた。
「大丈夫ですよ、貴族でない貴方がマナに触れることが出来ずとも、なんら恥じる必要はないのです」
「他のやつらは出来たじゃねえか、なのにっ、なんでっ!!」
クロード先生を睨みつけるトリィの頬は、涙で濡れていた。
「トラヴィスくん、貴方は王都でも名高いドーズ商会の跡継ぎでしょう。悔しいのは分かりますが、泣くのはおよしなさい」
そう言うと、クロード先生はトリィ——トラヴィスの手を取り引き起こした。
え?トラヴィス?
この子が、あのトラヴィス・ドーズ?
理解が追い付かない。
トラヴィス・ドーズはえたぱ攻略キャラのひとり。
武器から食品、日用雑貨まで手広く扱う大店ドーズ商会の長子。
一見人の好い善人の顔で近づき取り入り、金の力でひとを操るクズ。
数年後、主人公の前に現れるであろうその男は、今は少年の顔で涙する。
まだまだあどけないその顔からは、偽善の笑顔も、悪意に歪んだ顔も想像することはできない。
ついでにだ。
えたぱ登場時のトラヴィスは私、レイティア・グランノーズの一年先輩だったはず。
……なんで隣のクラスにいるのよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「平民の彼が魔法を使えないことを、それほど悔しがるなんて、意外でしたわ」
「そうっすねぇ。ぶっちゃけ爵位持ちとはいえ、ドーズ商会なんかより余程貧乏貴族なあたいですら、魔法が使えたらちょっとお得かなーぐらいっすかね」
「魔法能力を高めて国家に貢献できれば、将来的に昇爵の機会もありますし。彼の実家ほどの大家であれば、叙爵を狙っていてもおかしくはないかと思いますね」
「そうですか。貴族になっても面倒なだけですのに……ああ、私が言うと嫌味にしかなりませんわね」
「貴族の恩恵うっはうはなレイティアさんが言っても説得力ないっすね」
翌日、私とマルチナさんとバーナードさんは、昨日の魔法学の授業を思い出していた。
結局、あのあとマナに触れることが出来なかった生徒はトラヴィスを除いて2名の、いずれも平民出身者だった。
その2名はトラヴィスのように悔しがることもなく、むしろ平然としていたように見えた。
トラヴィスの泣き崩れる姿を見てドン引きしていただけかもしれないが。
「ひとりうちのクラスにもいましたし、聞いてみるっすか。おーい、エイミーさーん」
マルチナさんが声を上げると、窓際にたむろっていた女子生徒グループが振り向く。
そして、その中のひとりが嫌そうな顔をしてこちらに歩いてきた。
「なによ……じゃなくてなんでしょうかマルチナ様」
「いつも通りマルチナさんって呼ぶっすよ。レイティアさんの前だからってかしこまらなくていいっすよ」
「そんなんじゃっ……失礼しましたレイティア様」
「構いませんわエイミーさん、私のことも様付けはなしでお願いしますわ」
「そ、そうですか。では、レイティアさん、マルチナ……さん。なにか御用でしょうか」
私は、昨日の魔法学の授業について尋ねた。
「ああ、トラヴィスがあんなだったので、わりと冷静になったというか。失礼しました、幼年舎でも魔法を覚えることはできませんでしたので、あまり期待していなかったというのが大きいですね」
うん、エイミーさんの様子から、見栄を張っているようにも見えない。
幼年舎というのは王都にある寺子屋的施設の一種で、比較的裕福な家の子供が集められる所だと聞いている。
「呼び捨てにするってことは、知り合いっすか?トラヴィスと」
「アンタ、じゃなくてマルチナさんも呼び捨てじゃないですか。ええ、同じ幼年舎出身ですね、トラヴィスとは」
「彼は、いつもあんな感じで?」
「私同様魔法はからっきしで。王立学院に入学したら必ず魔法使えるようになってやるって大口叩いてたんですがね、あれ。ああ、それ以外の成績は私など彼の足元にも及びませよ。優秀さを鼻にかけないいいやつなんですけどねえ。魔法が絡まなければ」
「そうなんですか?」
「ええ、同年だけでなく、年下にもとても慕われてますね。ああ見えて面倒見の良い兄貴分ですよ、アイツ」
自分の記憶にある、えたぱ内のトラヴィスとはあまりにかけ離れた人物像に、人違いではないかとも思ってしまう。
「まあ、我が家の商売とも競合してるんで、あまり仲良くはしたくありませんが、あのような醜態を見るのは少々忍びないですね」
エイミーさんの家は、服飾関係を専門とした商家で、ドーズ商会には及ばないが、優秀なデザイナーを幾人も抱えた、それなりの有名店らしい。
「魔法能力があれば、将来貴族に嫁ぐことも出来て有利だとは思いますが、実家を継ぐつもりなので。私は魔法学は捨ててますね、最初から」
「なるほど」
「グランノーズ公爵家には専属デザイナーがついていると伺っておりますが、これもなにかのご縁、私めがブランドを立ち上げた暁には是非一度、お手に取っていただければと愚考する次第です」
「ふふ……そのときを楽しみにさせて頂きますわね」
初等部1年、まだまだ子供だとはいえ、流石は商人。
エイミーさんは最後に、ちゃっかり自分自身を売り込んでから戻っていった。
私はトラヴィスが魔法にこだわる理由が、少しだけ気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます