第34話:悪役令嬢と悪役令嬢の卵4

 「はー、なんか酷い話っすね。」

 「本当です。ちょっと許せませんね」

 「えっと、一応申しておきますけど、今の話はくれぐれも他言無用、各自墓場まで抱えて行ってくださいね」

 「大丈夫っすよぉ。あたいこれでも口は堅いっすから」

 「体は柔らかそうですのにね」

 「照れるっす」

 「レイティア様……」

 「おほほ。ま、まあ、おふたりとも他所様に漏らした暁には、物理的に命はないものと思いなさい。公爵家の権力武力を総動員しますからね」

 「怖いっすねー。けど、ばらした方がよくないっすか」

 「まあ小学……じゃなくて初等部女子子供がやる事ですから。それに問題の本質はあの第二王子殿下バカにありますしね」

 「第二王子殿下を馬鹿って……レイティアさんぱねえっす」

 「いくらなんでも不敬すぎますよ」

 「聞かれてなきゃよいのですわ、ね」


 私が背後に控えるエルマに微笑みかけると、エルマは引きつった笑顔でぶんぶんと頷いた。

 

 「で、どうするっす?罠にでもはめるっすか」

 「いえ、手間も時間も惜しいですし。明日にでも直接行ってきますわ」

 

 私たちは、普段使用されることのない資料室の片隅での、密談という名の悪だくみを終了した。

 明日にでもという私の言葉に、ほっと胸を撫でおろすクラリッサの姿がちらりと見えた。

 こんな公爵令嬢がいてたまるかって行動ばかりだものな、私。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「殿下ー。ディグニクス殿下ー」

 「おう、レイティア。また来たのか。そんなに俺に会いたかったのか嬉しいぜ」

 「ええ、とてもお会いしたく存じました。まさに一日千秋の思いで」


 私は極上の笑みで答えた。

 すると案の定、私と殿下の間に体を滑り込ませてきたアルビーナ様。

 少々お顔がイラついているご様子。


 「アルビーナ様もごきげんよう」

 「本日は何の御用ですのレイティア様」

 「同じ学院の生徒、先輩後輩の上下はあってもそれ以外の貴賎なし。様付けは必要ありませんわアルビーナ様。本日も殿下にお話があって参りました」

 「でしたら、先日同様私が」

 「いえ、残念ながら殿下をお借りしたく」

 「そうですか。では私どももご一緒に参りましょう」

 「それには及びませんわ」


 私の言葉に、眉をぴくりと吊り上げたアルビーナ様。


 「……どういうことかしら?私どもはラスティーネ様に——」

 「そのラスティーネ様に直々にお願いされまして。殿下をおひとりでお連れするように、と」

 「そ、そんなことはっ」

 「どうかなされました?殿下のご婚約者であるラスティーネ様の言いつけを無下にする訳には参りません」

 「私どもはラステイーネ様に」

 「私もですわ。それともアルビーナ様、私が嘘を申しているとでも?」

 「ぐっ……」

 「おいおい、お前はおっかないんだから、あまりいじめてやるなよ。ラスティーネが呼んでるんだろ?だったら行こうじゃないか」

 「いじめるなんてとんでもない。お願いをしていただけですわ。では、参りましょうか殿下。アルビーナ様方も、ごきげんよう」


 くるりと背を向け歩き出す私の横に並ぶ第二お王子殿下。

 背後から可愛らしい殺気が感じられてむず痒い。

 ラスティーネ様がいないことをいいことに好き勝手やったんだから、同じ手で返されるのも覚悟の上よね。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 庭園の例の場所。

 隠れて話をするには、ある意味うってつけ。

 ラスティーネ様の姿は、まだない。


 「ラスティーネはどこだ?いないじゃあないか」

 「ラスティーネ様は少々遅れて参るそうですので、お話ししましょうか、殿下」

 「どうしたってんだ、あらたまって」

 「殿下は、ラスティーネ様が何をなさっていたかご存じで?」

 「学院の風紀を正してるんだろ?」

 「なんのために?」

 「……俺の婚約者としてふさわしい、淑女?になるためだっけ」

 「そんなことをする必要がありますか、ラスティーネ様に」

 「それはあいつが決めたことだろう。俺にはわからん」

 

 私は溜息を吐いた。

 殿下は本当にわけがわからんという顔だ。


 「そうですか。ラスティーネ様がお決めになったからと。では、アルビーナ様たちのことを。アルビーナ様たちが殿下のお側にいるようになって、何か変わったことはございませんか?例えば、他の級友が近寄らなくなったとか」

 「言われてみれば……そうだな。特に困らんが」

 「ええ、殿下の性格でしたらそうでしょうね。けれど、周りから見たらどうでしょうか。殿下の側に、婚約者であるラスティーネ様であればともかく、別の、少数の女子生徒が常にいて、他の生徒が近寄れないというのは……あまりよろしくないのではないでしょうか」

 「そうなのか?」

 「そうですよ。それにですね、ラスティーネ様が風紀を正しているとして、なんで一番風紀を乱している殿下を放置してるんですか?おかしいと思われませんか?」

 「俺はそんなことは——」

 「婚約者以外の女を侍らして乱れない風紀がありますか!!殿下が奔放なのは殿下の美徳ですが、もう少しラスティーネ様にも目を向けてください!殿下のお側にいるのがアルビーナ様たちだけになってから、ラスティーネ様に学園内でお会いしたことがどれだけありますか!淑女たらんと努力されているラスティーネ様を労いもしないのですか貴方は!!」

 「……すまん」


 私の剣幕に、第二王王子殿下は叱られた子犬の様に小さくなった。

 私より頭二つぐらい背の高い少年は、今とても小さく見えた。

 

 「今すぐ理解してくださいとは申し上げませんが、ご自分の婚約者であるラスティーネ様のことだけは、常に気にかけてあげてください。彼女は私の……大事な友人なのです」

 「わかった。本当に……すまん」

 「私に謝るのは筋違いです。もういいですよ」


 私が茂みの向こうに声を掛けると、庭園の奥からマルチナさんに連れられたラスティーネさんが現れた。

 目は赤く、手にはハンカチが握りしめられていた。

 我ながら、ちょっと興奮しすぎてしまったかもしれない。

 

 「レイティア様……私っ、私っ……」

 「はいはい、ラスティーネ様、こっち来ましょうね」


 私はラスティーネ様の手を引き、第二王子殿下の前に立たせた。


 「殿下、どうぞ」

 「ラスティーネ、よくわからんが……すまん」


 第二王子殿下は頭を掻きながら、こう言った。

 よくわからんは余計だよ、分かってたけど。


 「わ、私はっ……殿下にお褒め頂きたくてやっていたのでは、なくてっ、いつか殿下にお認め頂けるようにと、必死にっ……」

 「気付いてやれなかったことは謝ろう。頑張っていたんだなラスティーネ」

 「はいっ……殿下」

 「これからは、俺の側にいろ。お前がいないと、どうも外聞が悪いらしい」


 そういう意味じゃねえよ。

 しかし、求められる結果はだいたい同じだし、まあいいか。


 「しかしっ……学園の風紀が」

 「どうやら俺自身も、その風紀とやらを乱しているらしいからな。お前に怒られるのは面倒だ。ほどほどでいいだろう」


 第二王子殿下は少し照れくさそうに笑った。

 こういう笑顔も出来るのか。

 ラスティーネ様は目に涙を浮かべながら、微笑んだ。


 「殿下をお叱りするなんて、恐れ多くてできませんわ」


 まあ、これでなんとなく解決するだろう。

 解決するといいなあ。

 私はぱんぱんと手を叩いた。


 「はい、殿下にラスティーネ様お疲れさまでした。じゃあ最後に殿下、ハグしてくださいハグ」

 「お前をか?」

 「何言ってるんですか。ラスティーネ様に決まってるではないですか」

 「わ、私ですかっ!ハグってっ……きゃ!!」


 第二王子殿下がラスティーネ様を抱きしめた。

 ラスティーネ様は耳まで真っ赤になって、頭から湯気が吹き上がりそうだ。

 第二王子殿下は……うん、よくわかってない顔だ。

 いいねえ、青春だねえ。

 それを見ていたマルチナさんは尊いものを見るような笑顔、バーナードさんはやはり顔を赤くしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 後日、今まで殿下のお側ににいてくれて本当にありがとう、これからも仲良くしてくださいねと、何の疑いもないまっさらな笑顔で手を握りしめられてしまったアルビーナ様たちは、やや笑顔を引きつらせつつも、すごすごと撤退するほかなかった。

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