第33話:悪役令嬢と悪役令嬢の卵3

 「ラスティーネ様があのようになられたのは、やはり第二王子殿下とのご婚約のあと、しばらくたってからのことのようですね」

 「あたいも草に洗わせたところ、だいたいそんな感じっすね」

 「ありがとうメアリ。マルチナさん、ご自分のご兄弟といとこの皆さんを草とか呼ぶのはお止めください」

 「ノリが悪いっすねレイティアさんは。いいっすよあいつらは。頑張ればレイティアさんにご褒美もらえるかもしれないっすよって言ったら大張り切りでしたっすよ」

 「勝手なことを……まあ、解決した暁にはなにか考えましょうか」


 マルチナさんの兄姉や従兄従姉は、合わせて10人以上学院に在籍している。

 驚くことに、マルチナさんの下、つまり弟妹や従弟従妹もまだ10人以上いるというから、一族なかなか大所帯。

 これが前世日本ならお年玉だけで破産しそうだなと、どうでもよいことを考えた。

 その中でも初等部所属の方々にお願いして、少々調べてもらった。

 こちらは使用人のメアリやエルマ、そしてクラリッサにも動いてもらって、休憩時間のラスティーネ様と第二王子殿下の動きを調べてもらっていた。

 私たちが直接見守るわけには、さすがにいかないしね。


 「第二王子殿下の取り巻きが、あの女子たちになったのも、同じくらいの時期ですか」

 「らしいっすね。それまでは、男子生徒とつるんでる方が多かったらしいっす」

 「つるむって……まあよいでしょう。となると、ラスティーネ様とその取り巻き女子にはなんらかの——」

 「あ、それも確定っすね。その取り巻き女子、もともとラスティーネ様の取り巻きだったらしいっすから」

 「え?」

 「あとラスティーネ様と取り巻き女子の皆さん、ご婚約当初は揃って第二王子殿下とご一緒だったそうっす」

 「つまりは、第二王子とその取り巻き女子から、ラスティーネ様だけが抜けた、と」

 「そんな感じっす。ラスティーネ様が妙に口うるさくなったのもその頃らしいっすよ」

 「はあ」

 

 学院内の風紀について、上級生下級生の区別なく、あれこれ口を挟むようになった。

 ごみのぽい捨て、廊下を走る、スカートの丈、喧嘩、不順異性交遊、などなどなどなど。

 ついでに当の本人の婚約者は、いつも数人の女子生徒に囲まれ、相変わらずの傍若無人。

 取り巻き女子は他の女子の接近を妨害してるとか。

 いろいろ積もり積もった結果、ラスティーネ様は第二王子殿下の婚約者という肩書を笠に着た高慢な女と思われ、皆から敬遠されるようになった……と。

 よろしくないなあ。

 というか、ラスティーネ様なんでそんなことを?


 「エルマ。ラスティーネ様の使用人の方はなにか?」

 「いえ、ラスティーネ様ご本人に固く口止めされているようで、なにも。ただ……」

 「ただ?」

 「何卒、お嬢様をお願いしますと」

 「困ったっすねえ」


 ラスティーネ様方面から情報が得られないなら。

 あまり気乗りしないけど、行ってみますか。

 口うるさい公爵令嬢と女連れ傍若無人婚約者。

 ……思い当たるふしがありまくりだよ!!!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「ディグニクス殿下ー」

 「おう、レイティアじゃねえか。どうした、俺に会えなくて寂しかったか?」


 私が廊下を歩く、女生徒たちを連れた第二王子殿下に声を掛けると、第二王子殿下はいつも通りの大音量で返してきてくれた。

 今日は流石にマルチナさんとバーナードさんは連れてきていない。


 「毎日お顔を拝見しておりますし。むしろ見飽きましたわ」

 「そうかそうか、ひでえこと言うじゃねえか。相変わらずだなあお前は」


 がははと笑う第二王子殿下。

 こいつこそ相変わらずである。

 私が半ば呆れていると、私と第二王子の間に、取り巻きの女生徒の一人が割り込んできた。


 「ディグニクス殿下に何の御用ですか?レイティア・グランノーズ様。ああ、先にお声を掛ける失礼をお許しください。私、ワグナルド侯爵家長女、アルビーナ・ワグナルドと申します」

 「アルビーナ様ですね。はじめまして、私レイティア・グランノーズと申します。本日はディグニクス第二王子殿下とお話がしたく、やって参りました。」


 お互いにカーテシーを返し、姿勢を正す。


 「殿下への御用でしたら、私が承りますわ」

 「はあ、なぜでしょうか」


 私は意味が分からないとばかりに首を傾げた。

 貴女は殿下の何だというのだろうか。

 アルビーナ様は当然のこととばかりに鼻を鳴らした。

 

 「私は、いえ私たちはディグニクス殿下の婚約者様であるラスティーネ様より申しつかり、殿下のお側にお仕えしておりますので」

 「はあ、そうなのですか?殿下」

 「お、おう。そうらしいぞ」

 「ラスティーネ様より「直接」お伺いになったのでしょうか」

 「…………おう」


 一瞬目が泳いだな!

 聞いてないか、覚えてないか。

 本当に興味ないことにはポンコツね、王子殿下は。

 もしかして、いつの間にか取り巻きが固定になってることも気付いてない?

 まあよい。

 今日のところは確認すべきを確認しておくだけだ。


 「そうでしたか。それは失礼しました。ではアルビーナ様に伺います。ラスティーネ様はなぜ、ご一緒でないのでしょうか」

 「ほほほ、ラスティーネ様は、ディグニクス殿下の婚約者として、相応しい淑女になるべく行動をなさっております。故にご多忙あそばされ、殿下にご不便がないようにと、私たちを殿下のお側に置かれておりますのよ」


 ほうほう。

 殿下をちらりと見ると、そうだったのか!とばかりに目を見開いて、すぐに私から視線を逸らした。 

 今初めて聞いたみたいな顔なさってますね、殿下。


 「そうでしたか。殿は毎日私の元へお越し下さるのに、ご婚約者様を伴っていないことに少々違和感を覚えたもので。ですが、これで合点がいきましたわ。それではこれで失礼します。殿下もアルビーナ様もごきげんよう」

 「……お、おう。レイティアもなっ」


 私が踵を返すその一瞬、アルビーナ様とその他の取り巻き連中が、勝ち誇ったような表情になったのを見逃さなかった。

 元凶はこいつらか。

 どうしてくれよう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 次の日。

 私は庭園の、例の場所で待ち構えた。

 あらかじめエルマを通じて、ラスティーネ様を授業終了と共にこちらへお招きするするよう彼女の使用人にお願いしてもらった。

 ラスティーネ様が私の隣に座ったのを確認して、私と彼女の使用人にも、しばし離れてもらう。

 これから、辛い話をしなければいけないかもしれないからだ。


 「レイティア様、急用とのことですが、どうなされました」

 「ラステイーネ様、お忙しいところ誠にもし訳ありません。実は、昨日ディグニクス殿下とお連れの皆様に、お会いしました」

 「そう……ですか」


 ラスティーネ様の表情が曇る。

 こんな顔をさせたあいつら(殿下含む)を許さんという気持ちがふつふつと湧いて来た。


 「単刀直入に申し上げます。アルビーナ様とお連れの皆様を殿下のお側に仕えるよう言ったのは、ラスティーネ様でしょうか」

 「……はい」

 

 一瞬の躊躇い。


 「ではもう一つ、ラスティーネ様が学院の風紀を正すよう動かれているのは、アルビーナ様たちのお知恵、ですね」

 「はい。けど、無理矢理やらされているわけではっ」

 「大丈夫、理解しておりますよ。殿下に相応しい淑女たらんと、常に努力なさっていたラスティーネ様を、私は今までもずっと見て参りましたから」

 「それなのにっ……私上手に出来なくて、ずっと悩んでっ……」


 俯いたラスティーネ様の声が震える。

 大粒の涙が、膝の上でスカートを握りしめた拳に落ちた。

 私はハンカチを差し出した。


 第二王王子殿下の王立学院初等部入学によって、上級貴族の子女が一斉に入学するようになった。

 ラスティーネ様もその例に洩れず、両親の意向によって、急遽入学となった。

 とはいえ、ラスティーネ様は少し前に、婚約予定の貴族ご子息の不幸によって婚約予定が取り消されたという、失礼ながらやや事故物件。

 第二王子殿下にお近づきになれという話ではなく、婚約予定取り消しにまつわるごたごたで少々ふさぎ込んでしまった娘が、同年代の少年少女と過ごすことによって、少しでも元気になってくれればという、親心だったようだ。

 ラスティーネ様は私同様、国内で数少ない公爵家ご令嬢。

 当然ながら、学院内でも好奇の目にさらされるわけで。

 そんなラスティーネ様に声を掛けてきたのが、アルビーナ様たち。

 アルビーナ様たちは、ラスティーネ様と仲良くしていたようだが、結果的にラスティーネ様を周囲から孤立させていた。

 とてもよくしてくださいましたという、ラスティーネ様の言葉が痛々しい。

 そして、昨年、思いがけず降って湧いた第二王子殿下とのご婚約という超玉の輿。

 アルビーナ様たちは、ラスティーネ様と共に第二王子殿下の側にいるうちに、ほんのちょっぴり欲を出した。

 ラスティーネ様に学園の風紀を正すなどという無理難題を吹っ掛け、その間に第二王子殿下に取り入ろうとしたのではないか。

 まったくもって子供の浅知恵だとは思うが、相手はタイプは違うが純真無垢な、第二王子殿下馬鹿ラスティーネ様生真面目

 見事なまで上手に、ピースがはまってしまったというわけだ。

 これで私さえ現れなければ。

 

 取り巻きにほだされた婚約者に悩みつつ、正義感を空回りさせる公爵令嬢。

 悪役令嬢の一丁上がりだ。


 私の目の前で悲し気な目をしながら、とつとつと語ってくれた少女は、私だ。

 グランノーズ公爵令嬢レイティアの、ありえた未来が、別の少女の姿でここにいた。


 「きゃっ、レイティア様なにをっ」


 私は思わず、ラスティーネ様を抱きしめていた。

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