第32話:悪役令嬢と悪役令嬢の卵2
結局私は、マルチナさんとバーナードさんの二人を伴って、ラスティーネさんを見かけたという庭園に向かってみた。
その場所は、庭園のやや奥まっていて、あまり生徒たちが寄り付かない場所のようだ。
昼寝するにはちょどよい場所なんですよ、とはバーナードさんの言だ。
「いらっしゃいませんねえ」
「バニー……」
「僕だって毎日来てるわけじゃないし、ラスティーネ様を必ずお見かけしてるわけではないよ?」
マルチナさんがじろりと睨むと、バーナードさんは言い訳をしつつ私の背後に逃げ込んだ。
同級生女子を盾にするのはいただけませんなあ。
「今日のところは諦めて戻りましょうか……あ」
「どうしたっすレイティアさん」
「ラスティーネ様の声がします。行ってみましょう」
声のする方へ向かうと、そこには二人の男子生徒と、その正面に腰に手を当てているラスティーネ様がいた。
ラスティーネ様は怒っているようで、男子生徒たちは怯えていた。
「——神聖な学び舎で喧嘩は駄目ではありませんか!家名を汚すような行為は慎んでいただかなくては」
「も、申し訳ございませんラスティーネ様」
「僕ら、いえ私たちは喧嘩していたのではなく——」
「言い訳は無用です。速やかに制服の汚れを落とし、教室に戻ってください」
「「は、はぃっ」」
男子生徒たちは逃げるようにその場から立ち去った。
深い溜息を吐くラスティーネ様。
「あの……」
「あっ……レイティア様!!おおおお恥ずかしいところをっ」
私が声を掛けると、ラスティーネ様は飛び上がるほど驚いたようで、しどろもどろになりながら、制服や髪の毛を直し始めた。
「ああああ、改めまして、ご入学おめでとうございます。挨拶にも伺えなくて申し訳ございませんでした。1年教室エリアへの立ち入りが制限されてしまったものですから……」
「こちらこそ、本来なら真っ先にご挨拶に伺うべき立場でありながら、諸事慌ただしくお伺いできず申しわけございませんでした」
「そんなっ、レイティア様にお詫びされるような——」
「いえいえとんでもござい——」
「そろそろいいっすかね両公爵ご令嬢様」
おっと、連れがいるのをすっかり忘れていたわ。
「そちらは確か……食べ歩きの」
「ええ、あの時はお叱りを頂くのみでご挨拶出来ず申し訳ありませんでした。私、レイティア様のクラスメイト、マルチナ・カンタークと申します。こちらは同じくバーナード・サータイル。両名とも学院入学以来、レイティア様に大変親しくして頂いております。今後ともお見知りおきくださいラスティーネ・エーベンルフト様」
丸い体で見事なカーテシーを披露したマルチナさん。
流れるように淀みない挨拶は、いつもの口調ではなく貴族流。
私は、マルチナさんの変わり身の早さに驚いた。
「そうです……の?レイティア様」
「ええ。こちらもよくしていただいておりますわラスティーネ様」
訝し気な視線に、私は笑顔で肯定を返すと、ラスティーネ様は少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。
「あ、親しくと申しましても、私は男爵家、こちらのバーナードは子爵家の出ですので、本来であればお声を交わすことも憚られる高貴なお方でありながら、私どもにも分け隔てなく接し手下さるご厚情には感謝しきれません」
同級の友誼を謳っておいて、敢えて下げるとは。
どうにも掴めないが、目の前の丸い少女はなかなかに強かなようだ。
そう言うとマルチナさんは、体半分背中に隠れていたバーナードさんを摘まんで前に押しやった。
バーナードさんが慌てて姿勢を正す姿は小動物のそれだ。
「は。はじめまして、ラスティーネ・エーベンルフト様っ。ぼ、僕はレイティア・グランノーズささ様のクラスメイ——」
「いや、もうそこ説明したっすから」
マルチナさんにぱちんと頭を叩かれるバーナードさん。
私は思わすくすくす笑ってしまうが、ラスティーネ様は信じられない光景を見るような表情だ。
「とと殿方に手を上げるなんてっ……」
「まあまあラスティーネ様、落ち着いて」
「おっと、これは大変お見苦しいところをお見せしました。私とバーナードは既に将来を誓いあった仲。これは日常の軽いスキンシップというものでございまして。例えるならそう……ハグのようなものでございます」
「ちょっ……!」
「は、ははははハグっ……!?」
ハグと聞いたラスティーネ様は顔を真っ赤にして、その場に座り込んでしまった。
相変わらず超可愛いなあラスティーネ様。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先ほどのはなんだったのでしょうか」
使用人の皆さんに手伝っていただき、座り込んだラスティーネ様をベンチに運び、落ち着いたころを見計らって聞いてみた。
「先ほどの?男子生徒たちのことですか。お見苦しいとこをと」
「いえいえ。第二王子殿下のこと意外で怒ってらっしゃるラスティーネ様は新鮮でしたよ」
「そ、そんなっ……彼らは喧嘩をしていたようなので仲裁しただけですわ」
「それにしては。ああ喧嘩ではないと言おうとしてませんでした?彼ら」
「そういう嘘はよろしくありませんわ。仮にそうだったとしても、学院内で生徒同士が取っ組み合いをすることは風紀的に許されることではありません」
ラスティーネ様は自分自身に言い聞かせるように、そう答えた。
「そうなのですか……男の子ってだいたいそんなもんじゃありません?」
「そ、そうかもしれませんが、それでも……」
「?」
「いえ、なんでもありませんわ」
そう言い淀むと、ラスティーネ様は膝の上で拳を固く握りしめた。
言いたくないことがあるのかもしれない。
言ってくれれば、力になれるかもしれないのだがねえ。
私はラスティーネ様の手を取った。
「えっと、私ごときが言うのはおこがましいと承知の上で申し上げますね。将来的な立場はともかくとして、私にとってラスティーネ様は初めてできた大切なお友達だと思っておりますの」
「友……達……」
「はい。ですので、悩みがあるなら頼っていただけると、とても嬉しく存じます」
「ありがとう、レイティア様……」
小さな笑顔になったラスティーネ様の目じりには、ほんのちょっと涙が浮かんでいた。
ラスティーネ様は、私の手をそっと握り返し、その手を離した。
「けど、大丈夫ですから」
「ええ、それを聞いて安心しました。なにかありましたら、すぐにでも飛んでまいりますね」
ラスティーネ様の明確な拒絶に、追い詰めるべきではないなと、私は判断した。
今はまだ、目の前の気丈に振る舞う少女が、重荷で潰れないことを願うしかできない。
とはいえ、ラスティーネ様のやや過剰な反応が気にならないでもないで、手は打っておこう。
ラスティーネ様の言っていた学院の風紀という言葉が気に掛かる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩時間も終わりに近づき、私たちはラスティーネ様と別れ、教室へと戻っていく。
「いやー、第一王子殿下の婚約者様も美人っすけど、第二王子殿下の婚約者様もえらい美人っすなあ。眼福眼福。」
「その言い方、褒められてる気がしませんですわ」
「そうっすか?あたい的には超褒めてるっすよべた褒めっすよ」
「言い方。先ほど貴女ちゃんと喋れたじゃないですか」
「まあまあ、ああいうの肩凝るっすよね、ほらもうこりこりのがっちがち」
そう言うとマルチナは自分の肩を差し出した。
私はしぶしぶ揉んでみた。
ぷよん。
「柔らかいじゃありませんか。ぶよんぶよんですわよ」
「ふへへ、そんなお褒め頂かなくとも。照れるじゃないっすか」
「褒めておりませんわ」
マルチナさんは照れる仕草をしたあと、真顔になってこちらを向いた。
「そうそう、あたい重大なこと気が付いたっすけど」
「なんでしょうか、いきなり」
「ラスティーネ様がレイティアさんの初めての友達ってことは、あたいはもしかして2番目っすか」
マルチナさんの疑いようのない極上の笑顔。
「……そうですわよっ、悪うございましたわね!!」
私は赤くなった顔を見せまいと、つんと顔を背けて、足早に教室へと向かう。
友達というのは悪くないもんだ。
別に前世はぼっちだったわけじゃないのよ?
一時期、束縛DV野郎のせいで友人関係壊滅しただけで。
私は、すでにおぼろげにしか思い出せない同僚Aの笑顔を思い出していた。
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