第31話:悪役令嬢と悪役令嬢の卵1
第二王子殿下が毎日やって来るせいで、この学院に私の知り合いがもう一人いたことをすっかり忘れいていた。
それを思い出させてくれたのは、マルチナの何気ない一言。
「昨日、第二王子殿下のご婚約者様——ラスティーネ様でしたっけ?その方にに怒られたっすよ、あはは」
「なにをやらかしましたのマルチナさん……」
「いや、いつも通りお菓子食べながら歩いてただけだったっすけどね。 いやーおっかないっすね、あの方」
「食べ歩きは駄目でしょう……せめて座ってお食べなさいよ。けど、ラスティーネ様が」
マルチナがいつでもどこでもなにか食べてるのは、いつものことなので、それを咎められるのは彼女の自業自得。
ラスティーネ様もわりとと生真面目な方なのはわかる。
ご婚約後しばらくの間、第二王子殿下と共に我が家を訪れていたが、いつしか忙しいという理由で来なくなったのも、学業が大変なのかしら思って、さほど気にしていなかった。
けれど……。
「気になりますわね」
「でしょ?レイティアさんも気になるっすよね、新作お菓子」
「いや、そうじゃなくて……あら美味しいわね」
マチルナが差し出してきたクッキーを、遠慮なく受け取り一口。
ふんわり香るバターと、香ばしいナッツが口の中に広がる。
それにしても、少し気になるかな。
そういえばラスティーネ様、第二王子殿下と一緒にこの教室に来たこともなかったわね。
第二王子殿下は単独か、もしくは彼の取り巻きらしき女子数名と共にこの教室を訪れていた。
思い出してみれば、取り巻きの女子が、私を値踏みするような目で見ていたような気もする。
第二王子殿下が目を掛ける第一王子殿下の婚約者。
この国の全女子が気にならない方がおかしい存在だものな、私。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ラスティーネ・エーベンルフト様はいらっしゃいますでしょうか」
私は、2年生の教室を訪れてみた。
ラスティネーネ様の所属クラスは聞いてなかったが、彼女も公爵令嬢であるなら当然無条件で1組だろうと決め打ちだ。
「えっと……君は誰だい?小さなご令嬢」
入り口付近にたむろしていた男子生徒の一人に声を掛けると、そう返された。
小さいとは失礼なと思いながら、1年の差は確かに大きいと、教室内の女子生徒と自分の身長を比べて納得した。
同い年と比べてもやや低めな身長ではあるが、特に気にはしていない。
なにしろ、えたぱ——つまり高等部での私は高身長ないすばでぃ確定だということを覚えているからだ。
され、尋ねられたら名乗りましょうかと口を開きかけたところで、聞いてきた男子生徒が隣の男子生徒に肘で小突かれた。
「おいおい、誰だいなんて失礼なことを言うんじゃないよダニー。この子は、いやこのご令嬢は例の第一王子殿下のご婚約者様じゃないか」
「なっ、も、申し訳ございません!知らぬこととはいえ失礼な発言をお許しくださいっ」
「いえいえ、頭をお上げください先輩。学院内は貴賤の区別なし、ここではただの先輩と後輩でお願いしますわ」
隣の男子生徒に頭を押さえつけられている、ダニーと呼ばれた男子生徒に詫びる。
第一王子殿下の婚約者が入学したというのは周知のことであっても、その顔を知っている者は実はまだ多くはない。
というのも、入学翌日、私たちの教室に私を一目見ようと大量の生徒が押しかけてきたため、2年生以上の生徒は1年生の教室のある区域を訪れてはいけないというお達しが出たのだ。
「はじめまして先輩方。私はレイティア・グランノーズ、グランノーズ公爵家長女にて噂の第一王子殿下婚約者です。今後ともお見知りおきを願いますわ」
とびきりの笑顔とカーテシーを返すと、男子生徒ふたりも、慌てて名乗り返してきた。
ダニーさんとオスカーさん。
それぞれ貴族と商人のご子息とのこと。
「あらためまして、先輩方。ラスティーネ・エーベンルフト様はこちらにいらっしゃいますでしょうか」
「ラスティーネ嬢ですか……」
ラスティーネ様の名を聞いた途端、互いに顔を見合わせて、渋い顔になったダニーさんとオスカーさん。
「ここにはいな……いらっしゃらないかな、彼女は」
「ではどちらへ」
「存じあげません」
「そうですか」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「いえ、とんでもありませんわ。突然来てしまったこちらに非がありますもの。あらためて参りますわ」
では失礼しますと頭を下げ、ふたりに背を向け立ち去る。
「あれが第一王子殿下の婚約者様か。第二王子の婚約者様とは大違いだな」
背後に小さな声が聞こえた。
大違い?なにが?
先ほどの、名前を聞いた途端渋い顔になったのも気になる。
振り返って問い質したい衝動を我慢して、その場を立ち去った。
「ねえエルマ、なにかあったのかしらね」
「あとで2年生の使用人の方々にそれとなく聞いておきますね」
「ええ、お願いできるかしら」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ラスティーネ様は第二王子殿下とご婚約後、少々お変わりになられたご様子とのことですね」
授業が終わると、教室入口に待ち構えていたエルマに話を聞いた。
相手が公爵令嬢なうえに第二王子殿下の婚約者とあっては、下手なことは言えなようで、それぞれが言葉を濁して曖昧な情報しか得られなかったそうだ。
ただ、変わったという言葉のニュアンスから、悪い方でろうというエルマは予想してきた。
ラスティーネ様が第二王子殿下と婚約されて、およそ半年。
我が家に訪れるラスティーネ様は、特に変化はなかった気がする。
第二王子殿下のことで、いつもぷりぷりして、ときどき涙していた恋する少女。
「やはりご本人に会ってみるべきですわねえ」
「どうしたっすかレイティアさん」
「い、いえ、なんでもありませんわ。さあ先ほどの復習にもどりましょうか」
マルチナさんが跳ねるようにやってきたので、私は話を切り替えて、教室に戻ろうとすると、それをマルチナさんがのまん丸ぼでぃで遮った。
「ん?どうしましたマルチナさん」
「探すっすよね、ラスティーネ様」
「それは、のちほど……」
「善は急げっすよ、お付き合いするっす」
「いえそれは結構——」
「まあまあ、あたいにお任せあれ。ヘイカマン、バニー!」
その呼び声に応え、ひとりの小柄な、私と同じくらいの身長の少年が駆けてきた。
クラスメイトの男子生徒。
「ちょっと、マルチナさん、バニーじゃないですバーナードですってば」
「いいじゃないっすバニー、可愛いっすよ」
「酷いよぉ」
「マルチナさん、男性に可愛いは……確かにお可愛らしいですけどバーナードさんは」
「レイティア様まで!」
「さてご紹介をば。こちらあたいのダーリン、バニーちゃんっす」
「知ってますわ」
「違いますって!!」
「なんと、あたいのパンを美味しそうに頬張り主従の契りをかわしたというのに!早速あたいを捨ててレイティアさんに乗り換えるっすね」
「主従の契りなんか結んでないしっ。だいたいパンだって、僕が昼寝してるとこに無理矢理口に詰め込んだんじゃないかっ」
「まあまあバニー、細かいことは言うもんじゃないっすよ。で、レイティアさん。このバニーには特殊能力があるっすよ」
「特殊能力?」
血統魔法のことかしら。
「なんとこのバニー、探し人の天才なんっすよ」
「え?」
「え?」
私だけでなくバーナードさんも目を丸くしているんだけど。
「さあさバニー、ラスティーネ様は今いずこ?」
「え、ああ……ラスティーネ様だったら、この時間多分庭園にいると思うけど」
「本当ですか、バーナードさん!」
本当ならすごい能力だ。
なぜかマルチナさんが、鼻をふふんと鳴らして自慢気なのは納得いかないが。
「そうっしょ、そうっしょ。ふふん♪」
「ちょ、ちょっとマルチナさん。僕が庭園で休んでいるときラスティーネ様を何度かお見かけしただけだから、特殊能力なんかないですからっ」
「あっはっは、あたい達の運命的な出会いも庭園だったっすねえ」
「運命じゃないってばっ」
泣きそうな顔になるバニーことバーナード・サータイル子爵令息。
腹ぺこマルチナさんに捕獲されたらしい、哀れな子兎。
彼の未来に幸あれ。
合掌。
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