第30話:悪役令嬢の学院デビュー2

 王立学院初等部での授業は月曜日から木曜日までの4日間のみ。

 金曜日から日曜日までは休みである。

 ファンタジーで異世界で洋風なのに七曜??

 そう、この国の暦は私が前世にて生きていた現代日本に酷似どころかだいたいそのままという大雑把さ。

 1年は365日12か月うるう年あり。

 1週間は7日。

 なんでこんなことになっているのかというと、えたぱはゲーム開始時に通信機能によって現実の暦とリンクさせている。

 それによってゲーム的メリットがあったかというと、暦に連動したイベントがアップデートで追加される予定だったようだが、実装されないままという残念具合。

 こういう雑な設定と機能も、ク〇ゲーと呼ばれる理由の一端を担っているらしい。

 七日で一週間ではあるものの、いわゆる七曜ではなく七曜賢といって七人のかがやく賢者から付けたという設定。

 姉弟である日と月の賢者。

 その弟子である火、水、木、金、土の賢者。

 木の賢者は、この地に現れた時、大木が大きく揺れ木の葉が宙に舞ったため名付けられた。

 それって風だったんではないかと後世の誰もが思ったが、今更変更するのも憚られるとそのままに。

 つまり火、水、風、土の基本魔法の四要素が元になっているというのが定説だ。

 残る金だが、この賢者は山のような金貨を背負って皆に配って回ったという誠にありがたい賢者で、商売をつかさどる賢者と言われている。

 金曜日に授業がないのもこれが理由で、金曜日は商売の日と呼ばれ、国内でもっとも金が動く日。

 そんな忙しい日に商人の子供を学院に通わことはできないというわけだ。

 ちなみに月~日の順番だが、七賢者が、誰が一番優れているか競った結果だそうで、日の賢者は面倒がって何もせず最下位。

 そのため、日曜日は休息日とされている。

 勝負を放棄し最下位に甘んじた日の賢者は、弟である月の賢者にこう言った。


 「一回りすればあんたの前にくるんだから、あたしが実質トップね♪」


 この発言によって、現在も週の始まりが月曜日か日曜日かで揉めているとかいないとか。


 さて、入学して二週間。

 私、レイティア・グランノーズ公爵令嬢は、今日も元気にぼっちです。

 クラスメイトに声を掛ける切欠もなく、毎日一度は現れる第二王子殿下のお陰で、遠巻きに観察され、なかば珍獣扱い。

 私の背後に第二王子殿下あんなんがいたら、お近づきになるのを躊躇するのも仕方なし。

 これで私から声を掛けて逃げられた日には、数日は立ち直れないかもしれない。

 こんなはずじゃなかったのにというか、こうなるよなあというか。

 木曜日の授業が終わり、明日からの休みに浮足立つ教室内。

 溜息をこぼしつつ、ひとり寂しく帰り支度をしている私に、突然声が掛けられた。


 「あのー、レイティア様ってお呼びしていいっすかね」

 「はい。いえ……同級生なのですから様は要りませんわ。えっと……」

 「あーあたしマルチナって言うっす。呼び捨てでいいっすよ」

 「そんなわけには。じゃあマルチナさん、私のこともさん付けでお願いしますわ」


 目の前に立つ、随分とふくよかな少女は片手を頬に当て、もう片手には大きな食べかけのパンを持ったまましばし考えて。


 「恐れ多いっすけど、そう言われるなら仕方ないっすねえ、レイティアさん」

 「それで、マルチナさん。どんな御用でしょう」

 「あー、そうそう。そんな大したことじゃないっすけどね。レイティアさん、勉強は得意っすかね」

 

 意味が分からず首をかしげる私。


 「いえいえ、そんな変な意味じゃあないっすけど、授業中随分と暇そうにしてるなあと思ったっすから」


 む、巧妙に偽装してるつもりだったが、バレたか!!


 「ま、まあ、既に習ったところばかりでしたし」

 「はあ、流石は大貴族様。聞いてはいましたが進んでるっすねえ」

 「家庭教師の先生と母が、なにぶん厳しいもので。ほほほ」

 「よかったら、教えてほしいっす勉強」

 「へ?」

 「あ、もちろんタダじゃないっすよ、お礼は……このパンでどうっすかね」

 「……食べかけじゃあありませんこと」

 「おっと、これじゃないっすよ、これはあたいのおやつっす。こっちこっち」


 私が差し出された食べかけの、おおきなパンを見て呆れていると、マルチナは自分の席にぴゅっと戻り、鞄をもってぴゅっと帰ってきた。

 見た目のわりに、随分と機敏のようだ。


 「これっすよこれ。美味しいっすよ。一番のお気に入りっす。」

 「これは……」


 鞄から取り出された包みを開けると、芳醇なパンの香りがふんわりと鼻孔をくすぐる。

 その香りに、私だけでなく周囲の生徒も反応したようだが、皆私とマルチナのやり取りも見守るだけで、声を掛けてくる者はいない。

 どこか懐かしいパンの香り。

 私は唾をごくりと飲み込んで、それから慌てて首を振った。


 「いえいえいえいえ、クラスメイトとはいえ、不用意に食べ物を貰ってはいけないときつく言いつけられてますので。折角ですが……」


 くぅぅぅぅ。

 可愛らしい音が腹から漏れる。


 「そろそろお昼っすから腹も減るっすね、大貴族様でも」

 「そ、そんなはしたないことは私はっ……」

 「まあまあ、毒は入ってないっすから、おひとつ」

 「そんなっ……あ」


 私が救いを求めて周囲を見渡すと、教室の入口に待機するメアリと目が合った。

 メアリが、意地の悪い笑みになる。


 「メ、メアリ、ちょっと来なさい」

 「はいはーい」


 スキップするような軽やかな足取りで、教室内に入ってきたメアリは、マルチナの手からパンの包みをさっと受け取ると、ひと千切り。

 躊躇なく口に含んでもっちゃもっちゃと咀嚼して、飲み込んだ。

 首をかしげてしばし待ち、私の方を向いた。


 「大丈夫ですね、これ。すげえ美味いですよ」

 「ほら、そう言ったっすよ。レイティアさんもどうぞ」

 「……絶対に秘密ですよ、メアリ」

 「ははは、言ったら私の首が飛びますって。ご安心をー」

 

 メアリがパンの包みを差し出してくれた。

 私はそれをひとつまみ千切り、覚悟を決めて口に含んだ。


 「……美味しい」

 「でしょぉ」


 それは久しく忘れていた、前世で食べたパンの味にとても近かった。

 

 「では交渉成立っすね」

 「あっ……」


 こうして、私は空腹とパンの香りに負けて、マルチナさんに勉強を教えることになってしまった。

 後日、私はマルチナに聞いてみた。


 「ところで、なんで私に声を掛けたんですの」

 「そりゃあ、一番偉そうな方に教わった方がいいじゃないっすか」


 まん丸な笑顔でマルチナは即答した。

 ちなみにマルチナは男爵家の四女。

 ……よく公爵令嬢に声かけられたな。

 偉そうなはないだろう、いくらなんでも言い方が悪い。

 私の王立学院初めての友人は、クラスの中で勇者と呼ばれるようになった。

 ついでに、公爵令嬢は食べ物で釣れるという不名誉な噂まで加わってしまった。

 

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