第29話:悪役令嬢の学院デビュー1

 王立学院。

 我が国最大にして唯一の高等教育機関。

 初等部、中等部、高等部のみっつの学部を、同じ敷地内のそれぞれの学び舎で過ごす。

 通常10歳で入学資格を得、各学部三年ごと18歳で卒業となるが、特待や飛び級、留年や休学といった制度もあるため、在学生の年齢と学年が必ずしも一致するわけではない。

 貴族や大商人はそれぞれ家庭教師を雇い、家庭教師を雇うほどの裕福でない平民も、比較的安価にて教育を受けられる寺子屋的な施設が各地に設けられているため、王立学院に入学時には最低限の基礎的学力を身に付けていることが前提となる。

 学院への入学には、入学試験での合格に加え、各地領主の推薦状と相応の寄付金が必要となるが、領主が自らの領地より優秀な生徒を多く輩出することが、ある種ステイタスとして扱われるため、優秀な学生の寄付金を肩代わりすることも多い。

 学院は、その名の通り学び舎であるとともに、貴族と平民の垣根を超えコネクションを作る場所であり、将来的に王国を支える人材を作り上げる組織である。

 また、多くの者にとっては、今後控える社交界デビューの予行練習の場でもある。

 以上、ミレーネ母様から聞いた話をぎゅぎゅっと圧縮かいつまみ。

 ただし、この基本設定には追加項目があったりする。

 十分な学力と能力を有する者は、どの段階、どの学年次においての中途入学も可能となる。

 逆を言えば、十分な学力と能力を有し、かつコネクション作りを必要としない者は学院に入学する必要はないということでもある。

 王族や上級貴族などがこれに当たる。

 彼らは、自宅にて十分な教育を受けられ、必要なコネクションは社交の場ににて得られる。

 そのため、王立学院卒業という肩書を得、他の王族貴族との足並みをそろえる意味で、高等部からの入学が長い間の慣習となっていた。

 だが、ほん二年前。

 その慣習を破る出来事があった。


 「レイティアさん、貴女、学院へは初等部から入学なさい」

 「はい?」


 青天の霹靂である。

 優秀な家庭教師の指導の元、十分すぎる教育を受けてきたという自負はあり、数年後に予定されている社交デビューへの準備も抜かりない8歳になったばかりの頃、いきなりそんなことを言われた。


 「……一応お伺いしますが、なぜでしょうか」

 「あの方が初等部へ入られるそうよ」

 「あの方?」


 その名を聞かされて、私はその「あの方」の周りのひと達大変だろうなあと心からお悔やみ申し上げた。

 個人的には、人生の予定が若干崩壊したものの、小中学校に再び通えるという嬉しいサプライズに、密かに心躍らせたりした


 そして。

 レイティア・グランノーズ公爵令嬢10歳の春。

 いよいよ学院デビューの時は来たれり。


 私は家族に見送られ、使用人のメアリとクラリッサを伴って、馬車に揺られて学院正門をくぐった。

 馬車の窓に掛けられたカーテンの隙間から見える、徒歩で向かう初々しい顔ぶれを見るに、王都やその近隣からの学生、学園内宿舎を利用しない遠方出身の生徒も多いようだ。

 貴族以外の馬車は乗り入れできない規則らしく、豊かな大商人あたりのご子息だろうと思われる男子が、正門すぐの停留所で馬車から降りてくる姿もあった。

 皆一様にきらきらと瞳を輝かせ、期待と不安に胸膨らませ、中には大層自信満々ふてぶてしい子もいたりして、その光景は実に微笑ましい。


 「いやあ、皆可愛らしいですねえ」

 「お嬢様が一番お可愛らしいですよ」

 「まあメアリったら、ありがとう」

 

 そういう可愛らしいではないのだが、素直に受け取っておく。

 こちとら異世界での最高学府を卒業して随分と久しい。

 小学生の群れに今更ながら混じるのは、なんとなく気恥ずかしいものがある。

 相応に貴族紋章の知識のある者か、または単に貴族の豪華な馬車と思ったのかは知らないが、我が家の馬車をちらちらと見たり、慌てて脇に飛びのいたりする子もいた。

 そしてしばらくのち、私はクラリッサに手を取られ馬車から降りた。

 目の前には威厳と歴史を感じさせる大きな講堂が見える。


 「さあ、参りましょうかお嬢様」

 「ええ」


 私は一歩、足を踏み出した。

 右手と右足を同時に出すなどというお約束はしなかった、と思いたい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 学院長以下、偉そうな方々の偉そうなお話が長々と続き、そろそろ新入生たちの我慢が限界を迎え、欠伸をする者やすでに居眠りしている者が出始めている中、私も欠伸をかみ殺すのに苦労していた。

 そんな時、壇上に見知った、というかあまり見飽きた姿が現れた。

 そう、私が初等部へ入学できるきっかけとなった張本人のご登壇だ。


 「ようこそ王立学院へ、新入生の諸君!俺はこの初等部主席のディグニクス・ラクセリア。顔は知らぬとも名ぐらいは知っていると思うがこの国の第二王子だ。来年には中等部へと上がるため、諸君らとはこの1年のみとなるが、共に学び高めようでなないか!見れば既に式に飽きて寝ているやつも多いから今日はこのぐらいにしておこう。先生たちの長話にも困ったものだな。ではっ!!」


 講堂中に響き渡る美声で、一気にまくしたてると、あっという間にいなくなってしまった。

 普段のあれを知っているだけに、別人のように良い男よね。

 遠くに見ると特に。

 ……いつもこれくらい離れていてくれないかしら。

 王族に長話と言われたのが流石に堪えたのか、その後の話はとても短かった。

 あの第二王子殿下でも役に立つことあるのねと、心の中で感謝しておく。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 入学式が済んだら、各教室でオリエンテーションを受け、初日は終了とのこと。

 学院内への使用人の帯同は認められているが、教室内への立ち入りはできず、使用人は授業中は割り当てられた控室での待機となる。

 初等部のクラス分けは、家格と入学試験の成績による振り分けで、家格が優先される。

 これが中等部になると成績優先となり、高等部では成績のみでのクラス分けになるという、なかなかのサバイバル具合。

 といっても、物事には例外があり、王族と上級貴族を成績によってふるい分けた日には、国の沽券に関わる可能性もあるので、そこら辺は所詮お手盛りのようだ。

 王族を除いて最上位となる侯爵家令嬢である私も、入学試験の成績に関わらず初等部の間は最上位クラスに在籍となっている。

 学力、魔法共に自信が無いわけではないが、これまで誰かと比べられた事がないのはやはり不安だったりする。

 我が家の家庭教師がいくら太鼓判を押してくれたところで、リップサービスの可能性もあるし。

 そんなわけで、私の所属することになった1年1組は、ほぼ貴族で占められており、そこに若干名の成績優秀生徒たちが、やや肩身を狭そうにしていた。

 本来、貴族と平民のクラス配分はある程度案分されていたのだが、上記の通り異例の上級貴族の入学によって平民の配分が割を食うことになったそうな。

 ほんの三年前には、ここにいるはずもなかった高貴な連中が、そこらにごろごろしているのだから、その心労はいかばかりのものか。

 第二王子殿下の初等部入学の噂を聞きつけて、国中の上級貴族、特に年頃のご令嬢を持つご家庭は色めき立った。

 これは第二王子殿下とお近付きになる、絶好の機会であると。

 そんなわけで、同年のご令嬢だけでなく、同年のご子息、さらには初等部中等部に中途入学可能なご子息ご令嬢が、一斉に学院の門をくぐることになった。

 実に迷惑な話だ。

 もっとも、私が入学させられた理由は第二王子殿下そのひとではなく、それに群がってくる貴族ご令嬢をけん制しつつ、公爵家令嬢としての力量を見せつけてこいという無体なものだったが。

 

 ようやく担任講師が入室し、オリエンテーションに続いての生徒紹介が済むと、私の方をちらちら覗き見て、ひそひそと話す声も聞こえてきた。

 本年度初等部新入生唯一の公爵家令嬢。

 第二王子殿下との婚約を蹴って、病弱第一王子殿下に乗り換えた物好き。

 伝説の神獣を飼っている。

 第二第三王子殿下を囲っている。

 などなど。

 私としては上みっつは事実として仕方ないが、下に関してはは事実無根で大変迷惑していると、声を大にして申し上げたい。 

 そんなこんなで、担任講師が退室したのちも、生徒の動きはぎこちない。

 興味津々ではあるが、誰一人私に話しかける勇者は現れなかった。

 そもそも、貴族社会において下の者から上の者に話しかけることは不敬とされているうえに、この教室内において私以上の上の者はいない。

 学院内では貴族平民の区別なく、貧富の差も問わず皆平等な学徒であれというご立派なお題目は掲げてあっても、そう簡単に飛び越えられるものではない。

 私から話しかけるにしても、知り合いもいなければタイミングも難しいしなぁ。

 ま、明日以降授業が開始されれば、話をする機会もあるでしょうと諦め、席を立とうとしたその時。


 「おい、レイティアっ、いるか!」


 やかましい美声と、その持ち主が遠慮なく教室に乗り込んできた。

 ご存じ第二王子殿下だ。

 皆の視線が一斉に殿下に向いたのち、私に移った。

 私はよっこらせと、立ち上がり姿勢を正す。


 「……ディグニクス殿下、ごきげんよう。殿下もお変わりなく大変お元気そうでなによりですわ」

 「おう、お前も元気そうだなっ」

 「はあ、ありがとうございます。本日はどんな御用向きでしょうか」

 「兄上にお前のことを頼まれてるからな。様子を見に来てやったぞ」

 「それは……過分なご配慮誠に痛み入ります。」

 「おう、気にするな。1年坊主ども、そこのレイティアは兄上の大事な婚約者だからな、くれぐれもよろしく頼むぞ。じゃあなっ!」


 言うなり、颯爽と足早に立ち去ってしまった。

 突然のつむじ風のように。

 その背中を、使用人が慌てて追いかけていった。

 今日はベルヘノートさんではないようだ。

 私を除く教室の皆が、あまりのことに呆気に取られているのが分かる。

 私はこほんと咳払い。


 「……えー、そういうわけで皆様、お手柔らかによろしくお願いしますわね。おほほほ……」

 

 皆、無言のまま首をぶんぶんと縦に振った。

 私の学院生活は、やはり平穏というわけにはいかないらしい。

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