第28話:悪役令嬢と平穏でない日々3
9歳の秋。
私は、この絢爛豪華に飾り立てられた会場で、それに負けないほど華やかに着飾った主役ふたりの前に立ち、極上の笑顔を贈った。
「ディグニクス殿下、ラスティーネ様、この度はご婚約おめでとうございます」
「おうっ」
「ありがとうございます、レイティアさん」
私の眼前には第二王子殿下と、彼の横に立つ、私よりやや背の高い少女がいた。
少女の名はラスティーネ・エーベンルフト。
我が家に並ぶ公爵家、エーベンルフト家の第二子にして長女、そして私よりひとつ年上。
当初、彼女は他の貴族ご令息との婚約予定だったそうだが、婚約成立直前に婚約予定のご令息が急死。
そこに、私の第二王子殿下とのご婚約お断り&第一王子殿下とのご婚約というイレギュラーが発生したため、急遽玉の輿というか玉突きというかそんな感じ。
彼女的には経歴に傷がつくどころか、二階級特進どころではない大出世。
世間的にも、見事なまでのシンデレラストーリー。
というわけで、本日はおふたりの婚約披露会。
そんな中、今日の父の微妙な表情に、私はほんのちょっと申し訳なく思う。
なにしろ、私の婚約者様は病弱深窓の第一王子殿下。
派手な婚約披露会を開くことも出来ず、ごくごく一部の者たちによって、ひっそりと行われた。
つまりは、娘の晴れ姿を大々的に自慢する機会をひとつ失ってしまったのだ。
なにはともあれ、あの
この私以外の女と。
これがめでたくなくて、なにがめでたいというのだろう。
これで。
今度こそ。
この第二王子殿下から解放される!
と、思わずくるくると踊って、ミレーネ母様に怪訝そうな目で見つめられたので、まあまあ、ミレーネ母様も一緒に踊りませんかとお誘いしたところ、そそくさと逃げられてしまいましたが。
ともあれ、これで一方的に婚約をお断りした負い目もなくなり、うっとうしい来客も減って万々歳。
しかし、案の定といえば案の定。
「よう、レイティア!来てやったぞ。寂しかっただろう」
「なんで来るのですか。婚約者のいる女の家に、婚約者のいる殿下が……」
「気にするな」
「いやそもすごい大事ですよ気になさってくださいよ。ラスティーネ様を放っておいちゃ駄目じゃないですか」
「……あいつといても、つまらん」
「つまるつまらないではありません。つまらないなら面白くして差し上げるのが殿下のお役目ではありませんか」
「面倒じゃないか。お前ならそんな必要もないし」
「仮にも国の頂点たる王族のご子息が、なにをおっしゃられているのか。その程度できなくてどうしましすか」
「婚約というのは難儀なものだな。お前と兄上を見ていて、もう少し面白いものだと思っていたぞ」
ええ、第一王子殿下に弄ばれる私を見て、さぞ面白かったことでしょう。
今生だけならともかく、中身も足せば、半分くらいしか人生経験のない男子におちょくられるのは、なかなか辛いものがあるが、相手は王族。
第二王子殿下ほどぞんざいに扱えたりはしないのだ。
今の会話には加わってなかったが、第三王子殿下も当然のように、いる。
こちらもそろそろご婚約の話が出ている筈なのだが。
「ところで、ご婚約といえば、ウェルナッド殿下にもそういったお話は出ているのではありませんか」
私が尋ねると、第三王子殿下は頬を赤らめた。
相変わらず、お可愛らしいことですわね。
「はい。何度かお話頂いておりますが、兄上たちもおりますし急ぐ必要もないかと。それに僕自身まだまだだと自覚してますので、もう少し時間をとお願いしてあります」
「あらまあ。けれど、女性をあまり待たせるのは良くありませんわ。もしかして、殿下の好みの女性はいらっしゃらなかったのかしら」
「い、いえっ、皆さんとても魅力的な方たちでしたが、やはりレイティア姉様のような方はおりませんでしたね」
「おう、やっぱお前が一番面白いしな、レイティア」
「それは恐縮ですわねっ!」
「そ、そんな……姉様のような優しい方という意味で……」
雨に打たれた子犬のような瞳でそう言われると、悪い気もしないでもないが、長兄の婚約者に対してそれはいただけない。
「お慕い下さるのは大変ありがたいお話ですが、殿下も王族のおひとり。ご婚約も立派な責務ですので、前向きにご検討くださいね」
「はい……」
「そうだぞ、俺だって仕方なく婚約してやったんだ」
仕方ないとか、言うな。
婚約者が聞いたら泣くぞ。
なにが気に入ったのか知らないが、こんな目の前の面白公爵令嬢などすぱっと諦めてほしいものである。
……面白いとは失礼な。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイティアさん!!」
「は、はいっ、なんでしょうかラスティーネ様」
やはりといえば、やはり。
彼女もやって来た。
「わ、私の殿下を奪わないでくださいまし!!」
だよねー、そう思うよねー、私だって同じ立場ならそう思うわ。
私は、まあまあとなだめながらお茶を勧める。
途端、目の前の少女は姿勢を正し、何事もなかったかのような美しい所作でカップを手に取った。
私から見ても、完璧なうっとりするような仕草。
貴族令嬢あくあるべし、みたいな。
そして音もたてずにカップをソーサーに戻したラスティーネ嬢。
一拍おいて、こほんと咳払い。
「私が殿下の婚約者として、未熟であることは重々承知ではありますが、レイティアさんもアレクシス殿下というご婚約者がおられる身、他の令嬢と婚約済みの男性とが親しくされるのはいかがなものかと存じますの」
まったくもって、ぐうの音も出ないほどの正論オブ正論。
それを一字一句違えず、あの殿下にお伝えすべきだと思うし、私が誠心誠意お伝えしてきた結果が現状だ。
私も問い返す。
「その件に関しては心からお詫びすべきとは考えております。ところで、ラスティーネ様は殿下に、そのお気持ちはお伝えしておりますか」
「そ、そのようなはしたないことを殿下になどっ……とても申し上げられませんわっ……」
耳まで真っ赤に染まったラスティーネ嬢の、なんと可愛らしいことか。
気丈に振る舞っていてもまだまだ10歳、思春期始まったばかりのお子様だ。
とはいえ、本人の口から伝えないことには始まらない話でもある。
「一応お断りさせていただくとすれば、私が第二王子殿下をお誘いしてるわけではありませんのよ」
「ではっ……どうして!」
やや食い気味に、身を乗り出してきたラスティーネ嬢。
完璧な貴族令嬢の姿はどこへやら。
ほんと、可愛いなあこの子。
しかしまあ、本当のことを言ったところで信じてもらえるかどうか。
と、私が頭を傾げたところに、どたどたという足音が聞こえた。
ああ、ちょうど来たわ。
扉がばばぁんと開かれた。
「レイティア、俺様が来たぞっ、遊べ!」
「ようこそ殿下。お待ちしてましたわ」
「ん、なんだ?いつもなら帰れとか言うのに」
来んなぐらいは言うけど帰れと言わないぞ、帰れとは。
「まあまあ殿下、そこにお座りください」
そう言って私はラスティーネ嬢の隣を指した。
「お、おう。おや?ラスティーネじゃねえか、どうしたこんなところに」
「ででで殿下っ、ほほ本日はお日柄もよくっ……」
第二王子殿下を見てがっちがちに固まってるラスティーネ嬢。
これが普通だよなあと、しみじみと自分の今までを顧みる。
生暖かい視線を送っていると、メアリが殿下のお茶と私たちのお代わりを用意してくれた。
「ささ、お茶でも頂きながらお話ししましょうか。あ、ウェルナッド殿下もこちらにおかけになってください」
ちょうど、部屋の入口に現れた第三王子殿下を手招きした。
不敬にも程がある私の態度に、ラスティーネ嬢は目を見開いている。
揃った四人でお茶を飲み、茶菓子をつまんでひとごこち。
第二王子殿下がお茶のお代わりを要求したあたりで、私が口を開いた。
「さて、ディグニクス殿下。ひとつお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「おう、何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。それでは、思い出してくださいませ。私は今まで一度でも、殿下を我が家にご招待したことがありましたでしょうか」
突然の珍妙な質問に、顎に手を当て首をひねる第二王子殿下。
「うーん……ないな!!」
「では、なぜいつも我が家においでになられるのでしょうか」
「そりゃ遊びたいからに決まってるだろうが。ここにはブラウもケヴィンいるしな!なによりレイティアは面白い」
「だそうですラスティーネ様。まがりなりにも貴族令嬢、それもご自分の兄君の婚約者に向かって面白いは失礼すぎると思いませんこと」
私は、大きなため息を吐いて、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「そ、それは……いえ、そんなことはっ……」
「ん、どうしたラスティーネ。熱でもあるのか顔が赤いぞ」
「ひ、ひぁっ!!!」
いきなり第二王子殿下の手が額に当てられびっくりするラスティーネ嬢。
初々しいねえ、青春だねえ。
「ほらほら、ラスティーネ様は殿下のお側で緊張されてるだけですよ。慣れてないのにいきなり触れてはだめではないですか」
「お前に触ったときには、はたき落とされたけどな」
「こほん。それはそれ、これはこれです殿下。まあ話を戻しましょうか。して殿下、本日我が家にラスティーネ様がおいでになった理由は分かりますか」
「遊びにきてるんだろ」
「……殿下ならそうおっしゃられると思いました。ラスティーネ様、どうなさいます?私が代わりに殿下にお伝えして差し上げましょうか」
「い、いえ……そんな恐れ多いことは……」
「なんだ、もしかしてラスティーネも遊んでほしいのか。だったらお前もここに来ればいいだろうが、遠慮するな」
「殿下のお家ではないのですから、少しは遠慮してください。はあ……もうよいです。立場的に来るなとは申し上げられませんので、ラスティーネ様も我が家においでくださればよろしいかと」
「よいのですか……」
「もちろんですとも」
「おう、好きに来るといいぞ」
「そこは殿下がお連れしないと駄目じゃないですか」
「面倒じゃないか」
あ、ラスティーネ様泣きだした。
婚約者連れてくるのが面倒とかないわー、そりゃ泣くわ。
やれやれと思いつつ、私がハンカチを取り出す前に、ウェルナッド殿下が素早く差し出していた。
流石第三王子殿下、抜かりない。
第二王子殿下も見習ってほしいものだ。
「なぜ泣くのだ」
「貴方のせいでしょう殿下……」
「わけがわからん」
「今はまだ分からなくてもよいので、ラスティーネ様に謝ってください」
「王族に謝罪させようというのか!不敬だぞ」
「不敬とか言う前に、女の子泣かしたら謝るのはこの世の真理です」
「そ、そうなのかナッド」
「レイティア姉様がきっと正しいです」
私の側についてくれるのは嬉しいが、脳死全肯定はやめよう第三王子殿下。
この真理が分からなくては大人にはなれないぞ、諸君。
第二王子殿下はしばらく悩んだのち、ラスティーネ様に向き直った。
「なんだかわからんが、すまん。許せ」
「は、はいぃっ」
王族の、それも将来的には王太子になるだろう相手から謝罪という超レアケースに、どう反応していいか理解が追い付かないラスティーヌ様。
おろおろする姿も可愛いなあ。
その後、二回に一度か三回に一度くらいの割合でラスティーネ様を伴って我が家を訪れるようになった第二第三王子ペア。
ラスティーネ様もなにかと忙しいのだろうと思っていたのだが。
「私を置いて行かれるなんて酷いですぅっ!!」
と、あとから乗り込んできたのには、私だけでなくミレーネ母様も流石に呆れていた。
婚約者忘れてくるなよ、殿下。
それにしても、我が家は子供のたまり場じゃあないのだがなあと、空を見上げた。
いつのまにかラスティーネ様が、私のことをレイティア様と呼ぶようになったのはご愛敬。
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