第27話:悪役令嬢と平穏でない日々2

 私がガルトラル王国第一王子アレクシス・ラクセリア殿下と婚約して早二年。

 望んでいた平穏は脆く崩れ去り、あまり平穏でない毎日を当たり前の日常と認識するようになるには、そう時間はかからなかった。

 第一王子殿下との婚約前、というか第二王子殿下との婚約を断ったあたりから、なんとなく悪い予感はあったのだが、見ないふりをしていたというか。

 最善を選択したと思ってたら、最悪を回避しただけだったというか。

 まあ、いろいろあった訳です、はい。


 9歳の初春、雪解けを待って、私と第一王子との婚約が正式に成立した。

これで第二第三王子の襲来も減るだろうと期待したのだが……。


 「よう、レイティア。遊べ!」

 「なんで殿下たちは、毎度毎度飽きもせず我が家に来るのですか。私はもうアレクシス第一王子殿下と婚約したのですから、もうお少しお控えになってください。というか、出来たら来ないでください」

 「兄上の婚約者なら身内も同然。身内の家に来るのになんの遠慮があろうか」

 「だからといって、婚約者より遊びに来る回数が多いのは問題です」

 「俺は気にしないぞ」

 「気にしてください」

 「あの……ご迷惑でしたか」

 「いえいえ、ウェルナッド殿下はいつお越しくださっても歓迎いたしますわ」

 「弟がよくて俺が駄目なのは納得できん」

 「ご自身の胸と、なにが詰まってるか分からない頭にお尋ねになってください」

 「……差別だ!」

 「差別じゃなくて区別ですぅ」


 地道に説得すればなんとかなる。

 そう思っていた時期が、私にもありました。

 ポンコツ第二王子殿下は仕方ないにしても、第二王子殿下の金魚のう〇こよろしくくっついてくる第三王子殿下。

 こちらの苦労を分かっていて、申し訳なさそうにしつつも、やっぱり我が家にやって来る。

 そんな、小動物っぽい庇護欲を掻き立ててくれる顔で見つめられると、なかなか強く出れないのが正直なところ。

 これが年下甘えん坊属性というやつか。

 しかし、いままで言及はしていないが、第三王子殿下の下にも、双子の王女殿下姉妹と末っ子の第四王子殿下がいらっしゃるのだから、もう少しお兄ちゃんらしくなってもらいたいと、切にに願う。


 さて、私の婚約者様であるアレクシス第一王子殿下の話をしよう。

 銀髪に漆黒の瞳、色白で儚げな6歳年上の美少年。

 魔法が使えないという致命的な欠陥。

 マナを感じることが出来ず、マナに触れようとすると、耐えられないほどの胸の痛みが生じる。

 聞けばそれ以外にも、ときどき数日間眠ったまま目を覚まさないらしいが、それについては今のところ健康的な影響はないらしい。

 高位な医術師によっても原因は分からず、同じく高位な癒し手によっても治療が出来なかったそうな。

 あとは聖女クラスの癒し手ぐらいしか可能性はないのだが、聖女様の力を個人に使用することは、たとえ王族であっても固く禁じられているとのこと。

 聖女様は国の礎を癒し続けることによって、この国を守っている。

 過去に聖女様の力を私的に利用したことがあり、その結果、国中に魔獣が発生したという大事件が起きたらしい。

 礎を癒し続けるというのは若干意味が分からないが、なにかしらの装置?にマナを流し続ける行為とでも考えれば納得も出来る。

 癒し手の奇跡がどういう理屈のものなのか、誰も知らない。

 そもそも、そこに理屈などというものは存在しないのかもしれない。

 魔法大全ラグペリアの魔法書を紐解けば、何かしらわかるかもしれないが、今のところ我が家での閲覧許可はもらえていない。

 話を戻すが、国の掟とはいえ聖女様の力を頼れないことに、国王陛下もひどく心を痛めておいでだそうだ。

 当の本人である第一王子殿下はといえば、私と出会うまではひどく達観というか諦めというか、そんな感じだった。

 なるようにしかならないのだから、気にしたってしょうがないでしょ的な私の励ましによって、多少ではあるが吹っ切れて下さったようでなによりだ。


 さて、聖女様の力というと、私には他の誰も持ちえない唯一無二のアドバンテージを持っている。

 この国にいずれ現れるであろう次代の聖女候補、つまりはえたぱ主人公様のことを知っているのだ。

 彼女の名はアリセリーナ・ブルックワンド。

 愛称はアリス。

 癒しの力に目覚め、貴族の養子となり王立学園高等部に入学。

 私の婚約者を奪い取って、私の人生を狂わせた憎き女。

 ……別に憎くはないけどね。

 できれば、今生では出会いたくないなあと思う程度には因縁の相手。

 私はある日、第一王子殿下との何気ない会話の中で聞いてみた。


 「殿下は、そのお身体を治したいですか」

 「それはそうだろうね。陛下のお心を煩わせなくて済むし」

 「殿下ご自身はどうお考えですか」

 「僕かい。そうだねえ、治りたい、というか魔法というものが使えるなら使いたいね。マナというものに触れてみたい。けど……」

 「けど……」

 「今はまだいかな。せめて、あと7年ぐらい」

 「7年?」

 「うん7年。僕の継承権が消滅し、ディッグスが王太子となったそのあとなら、治ってあげてもいいかな。今僕が治ると……揉めるでしょ、いろいろ」

  

 不治の病を患い表に出てこない第一王子殿下。

 継承権のはく奪こそされていないものの、第二王子殿下が継承権一位となるのは時間の問題、というのは公然の秘密。

 それが覆されると、困るひと達も当然出てくるだろう。

 正統なる第一王子殿下を担ぐ勢力が生まれ、未定とはいえ予定されていた第二王子派勢力との諍いが発生することは、殿下にとっても心苦しいらしい。

 ただでさえ、隣国との関係も怪しくなっている現在、余計な問題で国力を落とすべきではないと考えるのは当然だ。


 隣国ジームとの領土問題。

 これはのちのち、えたぱに絡んでくる話だ。

 我が国との国境の緩衝地域に大規模な金鉱が発見され、それの領有権について、両奥でもめている最中。

 これが今から6年後、私が14歳の時に互いの軍が衝突し、小規模な戦争となる。

 結果は、我が国が若干の有利な条件での、和平という名の痛み分け。

 そして、その戦後処理のひとつとして、一人の少年が我が国へやって来る。

 少年の名はアルバレス・ケシャ・ジーム。

 えたぱ攻略対象キャラのひとりであり、隣国ジームの皇子様だ。

 いわゆる人質外交というやつね。

 ちなみに我が国からは、ウェルナッド殿下の妹君のひとりがジームに留学されたと記憶している。

 というわけで、戦争が起きなければ、おそらくアルバレス皇子様はやって来ないのだが、私がどう頑張ったら国同士の戦争を止められるかなど、考えても無駄なので考えないことにした。

 攻略対象キャラについては、隠しキャラ含めあと3名いるばずだが、やはり今の時点でどうにかなるものではないので、私がやれることはといえば、日々の自己研鑽に努めるのみ。

 血反吐吐きながら(吐かないけど)、拳を握り締める毎日なのよ。

 頑張れ私、負けるな私。


 閑話休題。

 7年後かー。

 だいたいえたぱが始まる時期、つまり主人公アルセリーナ嬢が颯爽と学園デビューを飾る時期じゃあありませんか。


 ……もしかして、第一王子殿下も超特大の地雷だったかも。

 私は、背中を冷たいものが流れるのを感じた。

 といってももはや逃げられるわけもなく、そこはなるようになーれと腹を括るしかない訳で。

 その後も定期的に殿下の暮らす離宮を訪れ、殿下のお世話という名の逢瀬を繰り返すのであった。

 それはそれで悪くないかも。

 そんなことを思っていたのだが。


 「兄上、レイティア、遊びに来たぞ!」

 「……こ、こんにちは、アレクシス兄様、レイティア姉様……」


 何故来るのだこの子たちは。

 ついでに、私はまだ殿下の姉ではありません。

 彼ら曰く、今まで近寄りがたかった第一王子殿下に私がくっついたことによって、なんとなく来やすくなったそうな。

 まあ、病弱設定の深窓の長兄だったものなあ。

 気持ちは分からんでもないが、少しは自重しろとは言いたい。

 

 そんなこんなで、離宮で4人が顔を合わせることが多くなり、第一王子殿下も明るさを取り戻していった。

 当初思慮深い思いやりのある方だと思っていたが、実は割と計算高く、ちょっと意地の悪いところもある腹黒系王子だということに気付くまで、そう時間はかからなかった。


 「ティアって呼んでもいいかな」

 「お父様ぐらいしかそう呼びませんが、構いませんわ」

 「じゃあ僕のことはアレクとでも」

 「勘弁してください殿下」

 「いいじゃない、婚約者なんだし」

 「6つも年が離れているじゃありませんか。あまりに不敬ですわ」

 「えー、6つくらい誤差だよ誤差。呼んでくれないとディッグスとナッドにもティア呼びさせるよ」

 「それだけは止めてくださいアレク様」

 「様は付けなくていいのに」

 「まだ首は刎ねられたくはありませんので」

 「面白いこと言うね、ティアは。刎ねられるときは、是非ご一緒しようか」

 「縁起でもないことおっしゃらないでください……」


 その後しばらくして、我が家の庭園で呼び合っているところをお父様に見つかって、とても悲しそうな目をされ、ミレーネ母様にお小言を頂いたのは、別のお話。


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