第25話:悪役令嬢と婚約破棄8
「一方的に第二王子殿下との婚約をお断りした身としては若干心苦しいのですが、一応理由を伺ってもよろしいでしょうか」
私はできるだけしおらしく、申し訳なさそうに訊ねた。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ。
そんな言葉が私の頭をよぎる。
婚約破棄した私が、婚約破棄を責めるいわれはない。
そもそも婚約してないのだから、破棄もなにもないのだが。
が、理由を聞いてはいけないわけじゃないわよね!
第一王子は顎に指を当て、僅かに考える仕草をした。
憂いのある薄幸美少年に眼福である。
「そうだね。君が、レイティア嬢が理由を知りたいのは当然だ。ひとことで言えば……そう、レイティア嬢が魅力的すぎる、かな」
「………………はいぃ?」
なんてこったい、まじですか。
よりによって、今この場で私が魅力的すぎるとかそんな台詞が出てくるとは、びっくりだよ。
「えっとぉ、意味が分かりかねますが。ご説明願えますか」
第一王子殿下の頬が緩んだ。
私の間抜け顔がお気に召したのなら何よりだよ!
「はは、すまなかったね。まずは断っておくが、僕はこれでもこの国の第一王子だ。名はアレクシス、来年には学院の高等科に進級可能な年齢になる。そして病気を患っている。ここまでは知っているよね」
「はい、そのくらいしか存じません」
「ほぼ引きこもりとはいえ、これでも王族。弟と同じくらいの時期には、何度か婚約の話もあったさ。陛下も気にかけて下さっていたしね」
そりゃそうか。
病気とはいえ、見た目がこの程度なら婚約も問題なさそうよね。
「残念ながら、皆断らせてもらったよ」
「なぜでしょうか。そんなに好みの女性がいらっしゃらなかったので?」
「いや、皆由緒正しい魅力的な貴族ご令嬢だったよ」
「ならばなぜ。勿体ない……」
「ははは、勿体ないか。正直でいいねレイティア嬢」
「やばっ」
思わず零してしまった言葉を拾われて、私は慌てて口を手で塞いだ。
「そうだね、確かに勿体ない。別に僕は女性が嫌いというわけではないよ。しかし、その王族である僕が、王族でなくなる可能性があるとしたら?それも結構高めな確率で」
「それが……殿下の御病気なのですね」
殿下は大きく頷いた。
「僕は怖かったんだ。僕の病気が、国民に知られてしまうことがね。これは王家の信用問題に繋がりかねない。陛下はそれでも構わないと言ってくださったんだけどね」
「は、はあ」
何だか話がやば目な方向に。
結構な地雷案件だったのかしら、これって。
殿下は相変わらず優しく微笑みかけてくる。
「話が少し脇に逸れてしまったね。そうそう、レイティア嬢が魅力的だという話だ。まずは詫びなければいけないかな」
「それは?」
殿下は掌に収まるくらいの球体を取り出し、テーブルの上に置いた。
「盗聴器?かな。僕がいない間の会話は全て聞かせてもらっていたんだ」
「なっ!!まじ!?」
「ん?まじとは」
「あ、あのですね。本当ですかとか御冗談ではないですかとかそういう……いや、忘れてくださいませ」
「へえ、ご令嬢の間ではそんな言葉が流行ってるんだね」
妙な方向で納得しないでください殿下。
万が一にもミレーネ母様にでも伝わった、らえらいことになる。
「は、話を戻しましょうっ。なぜ盗聴など?」
「それはね……レイティア嬢の本音を聞きたかったんだ」
「本音、ですか」
「そう。正直に言うと、最初に弟との婚約を蹴って、僕を選んだ理由を聞いた時は、なにを馬鹿なことをと思ったよ。その後、弟経由からも聞き、そして今日。弟たちに対する評価を聞いてね。少し信じても良いかもと思ったんだ。レイティア嬢のことをね」
「はあ」
信じてくれるのは大変結構なことだが、盗聴されてたとは納得しがたい。
私は質問を重ねる。
「ならばなおさら、なぜ婚約しない方が良いという話になるのでしょうか」
「レイティア嬢はとても聡明で魅力的だということは、実際に会って確信できた。けれど、それは僕の期待以上で僕にはあまりにも勿体ない。レイティア嬢に相応しい、もっと他の相手を探すべきだ。たとえば……ディグニクスでも、ウェルナッドでも良いね。僕のお薦めはどちらかといえばウェルナッドかな。王位を継ぐのは恐らくディグニクスだろうけど、彼は女性にあまり優しくないし、ね」
私は大きなため息を吐いた。
「まさか、同じようなお断りの理由を突きつけられるとは思いませんでしたわ。しかしながら殿下、私が殿下に相応しくないと言われるならまだしも、殿下が私に相応しくないと申されても、はいそうですかとはお答えできないのですが」
「ははは、レイティア嬢ならそう言うと思ったよ。だからさ、知って欲しいんだ。僕の病気を。王家の秘密を、共有してほしいと思ったんだよ。そのうえで、この話はなかったことにして欲しい」
「いよいよ退くに退けなくなったじゃありませんか。殿下もひとが悪い」
「そうだね、僕は意地悪なんだよ」
お互いに笑いあった。
毒を食らわば皿までだ。
「ならば、聞いて差し上げようじゃありませんか、殿下」
私は覚悟を決めた。
話を聞いたからといって、今すぐ首が物理的に飛ぶわけでもあるまいて。
殿下は、そんな私の態度に微笑んだ。
「僕はね、魔法が使えないんだ」
「へ?」
「正確には、マナに触れることが出来ない。マナの存在を感じることも出来ないんだ」
「そんな……」
「そうだろう、ショックだよね。貴族の力の証明こそが魔法。ならば王族たるもの全ての貴族をしのぐ魔法を使えねばならぬ。そんな王家の血を引く僕が魔法を使えないなんて」
「……」
私は言葉を詰まらせた。
ショックによってではなく、それはあまりにも——
「なんだ、そんなことですか」
拍子抜けよ。
「そんなことじゃないよ、僕らにとっては。王族としての信用を得られない」
慌てる殿下に、私はやれやれと肩をすくめて見せた。
「先ほど殿下がおっしゃった継承権の話は脇に置いておいて、ひとつお伺いしたいのですが、このまま魔法が使えないと、殿下はどうなるので?死刑とかですか」
「さ、流石に陛下も死刑まではなさらないと思う……けど」
「だったらせいぜい廃嫡?もしくは蟄居とか放逐あたりですかね。だったら死なないだけましではありませんか」
「王族ではなくなるんだよ?」
「ええ、そもそもそこにこだわるなら、素直に第二王子殿下を選びますって。殿下は長生きできないかもしれないと伺いましたけど、どこまでが本当ですか」
「僕の身体は癒し手も見放しているよ。だから憶測でしかないけれども」
「だったらまあ、不敬を承知で申し上げますけど、少しでも楽しく生きたらいかがですか、殿下。そのお手伝いくらいさせていただきますわ」
「若くして未亡人、場合によっては貴族でも王族でもなくなるかもしれないのだよ」
「未亡人は悲しいですが、そのときになったら考えますわ。爵位とかは……そんなもの自分で取ればいいじゃありませんか。何とかなりますって。そうそう、無事放逐された暁には、辺境辺りにご一緒しませんか。案外楽しいかもしれませんわよ」
殿下は目をまん丸に見開いておられる。
そりゃそうだろう、どこのご令嬢が王族に対し、廃嫡されて放逐されても気にするなと言うだろうか。
ああ、ひとりだけ思い当たる。
お母様なら、言いかねないわね。
前世のお気楽さと、お母様の教育の賜物といったところ。
あとは、付け加えるとしたら第二第三王子殿下のお陰か。
あのふたりを見てると、王族って大したことないと思えるのよねー。
「そうそう、最近私、お母様に剣を習っておりますの。今なら殿下には勝てるかもしれませんわね」
私がちょっと真剣な顔で剣を振る仕草をしていると、陛下がたまらず吹き出した。
「ぷっ、ははは、あはははははははっ……すごいねレイティア嬢。流石はディグニクスから僕に乗り換えるだけのことはある。変わってるよ、うん変わってる。かれこれ10年悩み続けてたのが馬鹿みたいだ」
私はふんっと鼻を鳴らし、口角をわずかに上げた。
「全くですね。時間の無駄ですわ、殿下」
そう言って私が右手を差し出すと、殿下はそれに右手を添え、優しく握ってきた。
私はそれを強く握り返した。
エスコートではなく、固い握手。
生きるため、足掻くために。
互いに浮かべた笑みは、それを見ていた使用人の目には、さぞ不敵に映ったに違いない。
こうして、 私はアレクシス第一王子殿下と婚約した。
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