第24話:悪役令嬢と婚約破棄7

 「折角だけれども、この婚約はなしにすべきだと思う。」


 アレクシス第一王子殿下の口から衝撃の言葉が紡がれた。

 

 「そっ、そんな……」


 と、しおらしく返してみたものの、私にとっては予想した回答のひとつ。

 最終的にこの婚約がご破算になっても、私的にはなにも問題ないのだから気は楽だ。

 公爵家的には大問題だけどね、てへ。

 ……さて、ここからどう攻略してあげましょうか。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その日は、まさに仲人さんが、本日はお日柄もよくとか言いそうなくらい爽やかな晴れの日で、お見合い日和。

 場所は、王宮ではなく第一王子殿下がお暮らしになる離宮の談話室。

 王族とその家族しか入れないという場所に、私とお父様、お母様は訪れていた。

 今回は家族総出の顔合わせではないので、残念ながらミレーネ母様や弟たちはお留守番だ。

 当然ながらシルバーウルフのブラウも来ていない。

 今ごろケヴィンあたりと遊んでいるに違いない。

 離宮といえば、えたぱことエターナル・ガーデンパーティにおいて、主人公が王子殿下と逢引するデートスポット。

 談話室の窓から見える建物を見つつ、ここでエロいことしてるのかーとちょっとだけ感動したりして。

 ちなみにえたぱは全年齢対象作品なので、具体的描写は無論ないのだが、夜が明けたとか描写があったし、きっとやってることはやってるに違いない。


 お父様の学院時代の先輩だという国王陛下は、日常モードではわりとちゃらい青年にしか見えないお父様とは対照的に、いかにも王族が服着てますって感じの、威厳に満ちた美中年。

 いわゆるイケオジ。

 発する声も渋いイケボでわりとうはうはだ。

 お父様より好みだと言ったら、お父様はきっと泣くだろうと思うのでやめておこう。

 国王陛下に寄り添う美女は現王妃殿下。

 常に威圧するような何かを発するお母様とは異なるが、やはり芯の強さを感じさせるお姿。

 見た目だけは儚げなミレーネ母様とも、やはり違うタイプに思えた。


 双方形式ばかりの挨拶を交わし席に着いた。

 言い忘れたが、今回の主役のひとりであるアレクシス第一王子殿下は、のちほど入室されるとのこと。

 だったら私も、後からでよいじゃないかと思わないでもないが、そこは我慢の子。

 和やかな世間話が一段落ついたとき、国王陛下が私に話しかけてきた。


 「レイティア嬢、其方がディグニクスよりアレクシスを選んだことは大層な驚きであった。理由についてはダイロから既に聞いている。しかし、息子がいないうちに、今一度其方から真意を聞いておきたいのだが、よいかね」


 蕩けそうな笑顔とうっとりするような渋い声に、思わず私は顔を赤らめた。

 イケメンのイケボまじやべえ、破壊力高いわー。

 隣に座るお父様が、顔を顰めて咳払いをした。


 「陛下、それは常々慎んでいただきたいと」

 「おお、すまんすまん。美女を見るとつい、な」

 「それでどれだけのご令嬢を泣かせたと」

 「泣いたところまでは責任は取れんが、手は出していないのだからよかろう」

 「大事な娘の前で滅多なことは言わないでいただきたい。それに、後始末を押し付けられた、私たちの苦労も思い出してほしいものです。なあティア、間違ってもこういう男には引っかかってはいけないよ」

 「一国の王に対しあんまりな言い方だな、お前も」

 「ここ数年、ようやく王らしくなったのですから、是非そのままお続け下さいますよう」


 仲いいじゃねえかお父様と陛下。

 まあ、あの第二王子殿下に惚れるよりは、はるかに確率高そうだから、お父様の心配もあながち間違ってはいない。

 この世界、年の差婚はわりと当たり前ぽいし、中身の年齢があれなのは存外悪くないのかもしれない。

 親交を温め終わったのか、陛下が私の方へ向き直る。

 先ほどとは打って変わった、父親の顔だ。


 「で、レイティア嬢。どうだね」

 「はい、先ほどは陛下のお顔に見とれてしまい申し訳ありませんでした。そして、ディグニクス殿下とのご婚約をお断りしてしまったこと、あらためておわび申し上げます」

 「ああ、それは構わないよ」


 どっちを構わないんだという、やや渋い顔のお父様。

 私はこほんと咳払いひとつ。

 そして、私は以前言ったことにお母様の言葉をアレンジに加えて、まだ顔も知らない第一王子殿下への気持ちを伝えた。


 「ふむ、なるほどなあ。君はどう思うかね、ルーシェル」

 「少なくとも、偽りではないように思えますが」

 「そうだね」


 国王陛下に訊ねられた王妃殿下は、そう答えた。

 国王陛下はそれに頷く。


 「いやあ、よくできたご令嬢とはダイロから聞いていたが、それ以上のようだな。うちのディグニクスも見習ってほしいぐらいだ」

 「まったくですわ」


 あれとはさすがに比べないで頂きたい。

 しかし、陛下も王妃殿下もあれにはお困りのようね。


 「ああ、しかし、あれもレイティア嬢に婚約を断られてから少し変わったな。ディグニクスと……ウェルナッドもか。たしかレイティア嬢のところへ入り浸っているとか。すまないね、我が家の愚息たちが迷惑をかけて」

 「いえ、迷惑などとんでもありません。両殿下には大変よくしていただいて——」

 「ああ、そういう社交辞令はいらいん。同年代の令嬢として忌憚ない意見を聞きたい」

 「ですが……」


 いやいや、一国のトップのご子息について忌憚ない意見を求められましても。

 私が恐る恐るお父様とお母様に視線を送ると、お父様は鷹揚に頷き、お母様はすきにやっちゃいなさいぐらいの笑顔だ。

 いいのか?本当にいいのか?


 「では、不敬とは存じますが——」


 この際だからと、私は第二第三王子殿下に対し思っていることを、ほぼ遠慮なく話した。

 あまりの遠慮なさぶりに、国王陛下と王妃殿下は途中から苦笑い。

 お父様は青い顔をして、お母様は吹き出しそうになっている。

 第二王子殿下は、相手のことを考えず無茶振りしすぎ。

 折角知見も広いのだから視野をもう少し広くしてほしい。

 第三王子殿下は、ちょっと大人しすぎ。

 第二王子があれでは仕方ないが、別行動を増やし自立を促すべき。

 あと、第二王子殿下のフォロー役がいつも第三王子殿下なのは可哀そう。

 だいたいそんな感じのことをオブラートにぐるぐる包み込んでお伝えした。


 「——と、両殿下ともとても魅力的なので、直すすべきは直し、伸ばすべきは伸ばせば、将来よき主君にになると信じております」

 「お、おう。ありがとうレイティア嬢。其方ほどの幼子からそのような言葉が出るとは思わなかったが、肝に銘じておこう。ところで、先ほどのの言葉は二人には?」

 「ディグニクス殿下には再三に渡り。ウェルナッド殿下にはまだ早いと思いましたのでお伝えしておりません」

 「そうか。それでか」


 陛下が頷いて王妃殿下を見ると、王妃殿下も目礼で返した。

 なにか納得できることがあったのだろう。

 実際のところ、第二王子殿下の無茶振りも、お屋敷初襲来のころよりはいくぶんましになっているし、第二王子殿下のうしろに隠れているばかりだった第三王子殿下も、自分から話しかけてくる頻度は多くなった。

 だが、まだまだだと思う。

 第三王子殿下の人見知り癖はともかく、第二王子殿下の無茶振りに、私が付いていけているのは、ひとえにお母様の日々の鍛錬の賜物だと思っている。

 無茶振り体力馬鹿なのだ、第二王子殿下は。


 「惜しいことをしたな、あいつも。どうだいレイティア嬢、今からでもディグニクスの」

 「とてもありがたいお言葉ではありますが、アレクシス殿下どころか、ディグニクス殿下のお顔すら知らぬときに決めたこととはいえ、今からそれをひるがえすのは両殿下にあまりにも失礼と存じますので」

 「うむ。そう言うと思ったよ。ダイロ、其方の娘も大病を乗り越え素敵な女性に育ったではないか」

 「もったいないお言葉」


 お父様が返した。

 お父様の返事に満足した陛下は、父親の顔から国王の顔になった。


 「では、そろそろ話を戻そうか」


 

 イケオジの魅力5割増しね!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 遅れて入室してきたアレクシス第一王子殿下は、第一印象は影の薄い方。

 しかし、その後、陛下に促されて自己紹介をするのを見たあとだと、とても思慮深い方であると思えた。

 少なくともこの場では、半分ほどの年齢でしかない私に対しでも最大限配慮した話し方をしてくれている。

 銀髪に漆黒の瞳、そして色素の薄そうな肌。

 第二王子殿下の溢れんばかりのカリスマも感じられず、出会った場所がここでなければ、陛下のご子息をは思えないだろう。

 ついでに言えば、病弱と言えるほど不健康そうには見えない。


 そして、第一王子殿下が挨拶して早々に、双方の両親ズは、あとは若い人たちだけでおほほとばかりに出て行ってしまった。

 持病についてはご本人に問えとな。


 「レイティア嬢、君と直接話がしたくてね。陛下にお願いしたんだ。僕たちだけになるけど、安心してほしい」


 第一王子殿下は微笑んだ。

 使用人は残ってるけどな!

 もう慣れたわ、流石に。

 そして、冒頭の台詞に戻る。

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