第22話:悪役令嬢と婚約破棄5

 ……疲れた。

 私は馬車の座席に腰かけ、ぐったりとしていた。

 いやー、子供の体力まじ舐めてましたわ!!

 私も子供だけどさ、そうじゃないんだよ、そうじゃあ。

 私は目の前の座席にどかりと腰を落とし、大きないびきをかいている少年に、恨みがましい視線をぶつけた。

 先ほどまで、その無尽蔵とも思える元気で、そこら中を走り回り潜り回り、ひとりで勝手にしてくれればいいのに、私の手を引っ張り引きずり回してくれやがったこんちくしょう。

 そう、皆様ご存じディグニクス第二王子殿下そのひとだ。

 第二王子殿下は今、帰路につく馬車の中で、まさに電池の切れた玩具のごとく大口を開けて眠っている。

 ふと、第二王子の隣に視線を移すと、そこには大変綺麗な姿勢でお座りになられている、ウェルナッド第三王子殿下のお姿。

 第三王子殿下と目が合うと、彼はなんとも申し訳なさそうな笑顔を返してきた。


 「兄様が申し訳ありませんでした」

 「いえ、多少は覚悟しておりましたが、まさかあれほどとは」

 「ははは」


 眠りこける暴君が目覚めぬよう、小声を交わす私たち。

 

 「殿下も、お休みになられたらいかがでしょうか」

 「いえ、慣れていますし。それに、レイティア嬢も一緒ですので」

 「お気になさらなくても」


 遠慮なく寝てくれても良いのよ?

 そうすれば、私も気を抜ける。

 決して眠れはしないがな!!

 今回の殿下御案内による王都ツアーに際し、徹底的に叩き込まれた令嬢心得のひとつ。


 『——どんなに疲れようが、決して居眠りなどしてはいけませんよ。欠伸も厳禁です。殿下と共に過ごす時間がつまらないと言っているようなものですからね』


 とは、ミレーネ母様直々のお言葉。

 歯を食いしばっても心証第一。

 ここで、帰りの馬車で寝ちった、てへ♪とかバレた日には大目玉間違いなし。

 もっとも、お母様はむしろ大いにお褒め下さることだろうが。

 自分はともかく、グランノーズ公爵家の面子がかかっているとあっては、だ。


 「王家子息たるもの、不用心に眠っている姿を、その、ご令嬢に見せる訳にはいきませんので……」


 大いびきかいて爆睡してる第二王子殿下を隣に、その台詞はあまりに説得力がないよ第三王子殿下。

 欠伸を押し殺して、目じりに涙が浮かんでたの知ってるし。

 まあ、そんなことを指摘するほどの無作法はいたしませんけど。


 「では、屋敷までもう少しですので、お互い頑張りましょう」

 「はい」


 そう言って、私はがたごと揺れる馬車の窓から見える景色に視線を移した。

 第三王子は、僅かばかり残念そうな表情をしたが、私には見えなかった。

 

 今回の王都ツアーは、一応お忍びという体ではあるが、それはお忍びなのだからみんな見てないふりをしろよ、分かってるな!という意味なのだなあということをつくづく思い知った。

 馬車を多少変えても、服装を地味にしても。

 とにかく第二王子殿下は、目立つ目立つ。

 そもそもの美貌に加え、言動がとにかく、自由奔放天上天下好き勝手。

 要所要所、ぎりぎりのところで、じいやことベルヘノートさんが抑えてくれていて、ようやく大事に至らないという程度。

 これで、周囲に気にするなは無理がある。 

 そこに同行させれれている、私の立場は?

 んまー誰でございましょう、王子殿下ご兄弟にくっついている小娘は、ってな声が聞こえてきそう。

 超高級ケーキにまとわりついている羽虫のような存在、それが私。

 思いっきり場違いも甚だしい。

 一応、両親の名誉のために断っておくと、お父様もお母様も控えめに言って、まごうことなく美男美女。

 それの血を間違いなく引いているであろう私も、世間的には美少女の部類だと思っている。

 しかしだよしかし、本物の高貴な血筋の醸し出す雰囲気込みの超美形の凄まじさよ。

 一目見た瞬間に、こりゃ勝てんわと思ったものよ。

 私の中身がアレで、彼らの将来がアレだと知っていなければ、一瞬でメロメロ間違いなしね。

 エターナル・ガーデン・パーティでの中身が岩清水小枝でなかった私が、心からお慕いしてしまうのも無理からぬもの。

 そんなわけで、美男子のエスコートにうっとりどころか、むしろげっそりとしながら王都ツアーは行われた。

 ちなみにエスコートしてくれたのは、もはや言うまでもなく第三王子殿下。

 第三王子殿下がいてくださらなかったら、私は第二王子殿下のお尻を追いかけるストーカーに見えたことだろう。

 いっそブラウも連れてきて、殿下たちよりも目立ってあげればよかったと、連れてこなかったことを後悔した。


 さて、そんな超絶美男殿下おふたりのご案内による王都ツアーの内容だが、初代国王陛下の立像がそびえる噴水広場から始まり、聖女を祀る聖教会、第二王子殿下が通われている王立学院、そして中央市場という定番コース。

 というのも、学院は言うまでもないが、それ以外の場所もゲーム内各種イベントで訪れる場所なのだ。

 これがあのスチルの場所かーと、ちょっと感動したりもした。

 ゲーム画面で見たまんまの景色がそこにあると、なんだか不思議な気分ね。

 一通りの見学が済んだのちは、上級貴族御用達のカフェで優雅にお茶など。

 なにも言わずともVIPルームに通されるのは、もはやお忍びとは?という気分だが今更だ。

 当たり前のように案内される第二王子殿下に、それを言うだけ野暮だろう。

 私の手を引いてくれる第三王子殿下の苦笑いに、思わずこちらの顔もほころんでしまう。

 

 「ここのケーキは美味いだろう!!」

 「ええ、大変美味しゅうございますね」

 「そうだろうそうだろう。おい、ここの主を呼べ!誉めてやろう」

 

 ……お忍びの意味とは?

 当たり前のように店主を呼び出す第二王子殿下も殿下だが、当たり前のように呼び出され、第二王子殿下にお褒めの言葉を貰ってご満悦な店主も店主である。


 「こいつがお前のケーキを褒めていたぞ、喜べ!」


 こいつ呼ばわりは横に置いておいても、私が褒めていたとか言わないでほしい。


 「これはこれは、グランノーズ公爵家ご令嬢のレイティア様ですね。お目にかかるのは初めてですが、かねがねお噂は伺っております。公爵閣下と奥様方には大変贔屓いただいておりますので、お嬢様におかれましても今後ともよろしくお願いします」

 「は、はあ……っ!」


 知ってるんかい!!いや、あらかじめ予約してあったのか、うん、そう言うことにしておこう。

 お忍び仕様の態度で挑んだのに、いきなりの身バレで全部飛んだわ。

 私は慌てて姿勢を正す。


 「本日は大変お忙しい中、対応いただき感謝いたしますわ。さすがは殿下おすすめの店とあって、どれも素晴らしいお菓子ばかりで感動いたしました」

 「はは、勿体ないお言葉です」

 「うむ、ご苦労であった。下がっても良いぞ」

 「はい。では、皆様ごゆるりとお過ごしください」


 そう言って、深々とお辞儀をした店主は出ていった。

 そして、お腹いっぱいケーキを召し上がった第二王子殿下は、馬車に乗った途端眠りだしてしまったのだ。

 私はといえば、緊張してケーキの味どころではなかったのだが、そんなことは口が裂けても言えない。


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