第21話:悪役令嬢と婚約破棄4
「おいレイティア。来てやったぞ!」
「来んなよ……」
「なんだその言葉遣いは。お前は客人に対する礼儀というものを知らんのか」
「婚約者でもなんでもない公爵令嬢に対し、呼び捨てにするような、失礼な殿方に対する礼儀などあいにくと持ち合わせておりませんわ」
「兄上の婚約者なら家族も同然だろう。何を恥ずかしがっているのだ」
「貴方の兄君の婚約者なら、いずれ貴方の姉になるはずですが、私。少しは敬ったらどうですか?」
「この世に年下の姉などいるものか」
義理の姉というのを知らんのか、このぽんこつ王子は。
私はディグニクス第二王子殿下の背後に隠れ、顔だけ出している可愛らしい少年をの方を向いた。
私の記憶が確かなら、この少年は私よりひとつ年下のはずだ。
「優秀さが聞いてあきれますわね。ウェルナッド殿下、どちらが正しいとお考えでしょうか?」
「あの……兄様。大変申し上げにくいのですが、レイティア嬢が正しいと、僕は思います」
実弟である第三王子殿下の言葉に、そんな馬鹿なという表情の第二王子殿下。
「ほらごらんなさい。だいたい第一王子殿下と私とのご婚約披露どころか、お顔合わせも済んでいないというのに、その弟君であるディグニクス殿下とウェルナッド殿下がなぜ我が家に来るのですか」
「……暇だったからだ!悪いか」
開き直るなよ。
「よいわけないでしょう、まったく……」
前回の襲来からわずか三日。
心から願った私の平穏な日常は、脆くも崩れ去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「兄様がおもし……素敵な女性とお会いしたと自慢気にお話してくださって、それで僕も会ってみたいと口を滑らせたものですから……申し訳ありません」
今、面白い女って言いかけませんでしたこと?
素敵と言い直した第三王子殿下の心遣いが痛いわー。
私はおほほと笑顔で返す。
「いえいえ、ウェルナッド殿下に謝罪いただくようなことではございませんわ。お気になさらないでください。私も殿下にお会いできてとても光栄ですわ」
そう、全ての元凶は、あの——。
「うひょー、なんだこいつすげえピカピカじゃねえかっ!噂は聞いてたけど、こいつがシルバーウルフか。超かっこいいじゃねえか!!ちっと触らせろやおらぁっ」
ブラウを追い掛け回す馬鹿ひとり。
ご存じディグニクス第二王子殿下その人である。
ブラウは見た目に反して人懐っこい狼なのだが、さすがに野生の本能か、要注意人物は分かるらしい。
抜けてるようで、なかなか賢いじゃないか。
ほぼ全力で追いかけている第二王子殿下に対し、涼し気な顔で逃げているブラウ。
案外、ブラウ的には遊んでやっているのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、なんだかんだの交渉と説得の末、先触れは出してもらえるようになったものの、週に一度は我が家を訪れるようになった第二王子殿下と第三王子殿下ご兄弟。 なにがそんなに楽しいのか、はなはだ疑問ではあるが、今日も今日とてブラウを追いかけていた。
「気に入った!こいつくれ」
「駄目ですー」
「王家の命令に従えないのか、不敬だぞ」
「陛下のご許可は頂いておりますので。それを無視しようとなさる殿下こそ、陛下に対する不敬ですわ」
「父上がっ?……ぐぬぬ」
ぐぬぬじゃねえよ、ぐぬぬじゃあ。
ほいほい他所様の家の飼い犬ならぬ飼い狼を、王族の権力使って横取りしようとしないでください。
とまあ、そんな感じの和やかな会話を楽しみつつお茶を飲みつつ菓子をつまみつつ。
そんなある日。
「え……?殿下たちとお出かけですか」
「ええ、王都中心部の観光案内?らしいわよ。レイティア、貴方、殿下になにかお話したの?」
「いえ……ああ、そういえば前回お越しになった際に、あまりに王都のご自慢をするのものですから、すごいですねー私はまだほとんど出かけたことはありませけど、いつか見てみたいものです……って」
「それだわね」
お母様とミレーネ母様が、渋い顔で頷きあった。
えぇ……そんな社交辞令真に受けるの王子殿下?
そんなことでは、王族の礼儀作法に不安覚えちゃうわよ。
「あの……お断りするのは」
「諦めなさい」
「期間はあまりありませんが、覚悟なさって下さいね、レイティアさん」
諦めろはまだしも、期間とか覚悟しろとは、ミレーネ母様どういう意味ですか。
「殿方との外出時のマナーは、まだしばし先の予定でしたが、他の授業を控えていただき、この際ですからみっちり覚えていただきましょうか」
ミレーネ母様はとても素晴らしい笑顔で、そう言った。
お母様に、助けて!って目で救いを求めたが、顔を逸らされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
迎えた第二王子殿下との王都観光当日。
我が家には、いつもより若干地味な馬車が、がらがらとやってきた。
元気よく飛び降りたのは第二王子殿下。
そしてそれに続いて、静かに馬車から出てきたのは第三王子殿下だ。
第二王子殿下が毎度飽きもせずやって来るのは、もはや諦めの境地ではあるが、それにくっついてくる第三王子が不憫でならない。
私より年下ではあるものの、遥かに高貴な王家ご子息。
こちらから無遠慮に話しかける訳にもいかず、第二王子殿下離席時は、気まずい空気を共有する間柄なのだ。
たちの悪いことに、第二王子殿下はかなり落ち着きがない。
すぐ飽きてどこかへ、だいたいはブラウを探して、あっちへふらふらこっちへうろうろ。
時折、遭遇したと思われる使用人の、悲鳴にも似た声が遠くに聞こえてくるのも、もはや日常。
そんなわけで。
今日は天気がよろしいですねー、とか。
今日のお菓子は大変上品なお味ですね、とか。
当たり障りのなさそうな言葉を、投げかけることしかできなかった。
第三王子殿下は、少し顔を赤らめて頷き返してくれるだけ。
たしかこの子は人見知り設定だったわねと、あらためて思い返したりしたものだ。
人見知りで内弁慶の暴力男。
目の前の、大人しそうな見目麗しい紅顔の美少年が、およそ十年後なにをどうしたら、私の元彼のようなクソ男になってしまうのか、不思議でならない。
ちなみに第二王子殿下は、以前触れたように傲慢俺様系女好き。
婚約者である悪役令嬢を振り回し続けた上に、主人公に騙されるTHEクズ。
傲慢俺様系も、まあ見ての通りだろうとは思うが、現状女好きとはまあ……私の家に毎週毎週押しかけてくるくらいだから、他所の女にも日替わりでちょっかい掛けていても不思議はないかも。
ともあれ、第二王子殿下との婚約はなくなったのだから、あまりご迷惑を掛けない程度に好きにしてほしいところ。
できれば我が家にも来ないでいただきたいと、切に。
「本日は、私めをお誘いいただき大変うれしく存じます」
叩き込まれた、渾身の
ミレーネ母様をちらりと見ると、満足そうな顔。
よし。
「おうっ、では行くぞ。馬車に乗れ!!」
と、第二王子殿下はすぐさま背を向けて、おひとりで馬車に乗り込んでしまった。
……私のこの一週間の努力を返せ。
ミレーネ母様は能面。
お母様は吹き出しそうなのを我慢している顔。
さもありなん。
「あ、あの……」
そこに、小さな手が差し出された。
「本来なら兄様の役目なのでしょうが、もしお嫌でなかったら僕と」
私とほぼ同じ身長の第三王子殿下が、恥ずかしそうに言った。
「ええ、喜んで。本日は、よろしくお願いしますね、殿下」
「はい!」
私はその手に、自分の手を添えた。
ウェルナッド殿下は、笑顔もやはり花のように美しかった。
「ふたりとも何をやっているのだ。早く出発するぞ!」
馬車の中からの大声で、いろいろ台無しである。
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