第20話:悪役令嬢と婚約破棄3

 つーん。

 私は今、そっぽを向いている。

 そろそろ首が痛くなりそうだ。


 時は午後、場所はグランノーズ公爵家王都別邸応接間。

 現在この場所では、事件当事者二名を蚊帳の外に置いて、両陣営代理人というか保護者による果てのない謝罪合戦の様相をていしていた。


 「——侯爵家ご令嬢に対し、大変乱暴な振る舞いをしてしまい——」

 「——いえいえ、とんでもございません、王家の方と存じながらあまりに失礼な態度を——」

 「——とは申されても、殿下をお止め出来なかった私めにこそ責任が——」

 「——ああ、お顔をお上げくださいベルヘノード様、そのようなことをされてはこちらの立場が——」

 「——すでに引退した身、殿下の側仕えに過ぎなませんので当然の——」


 などなど。

 そっぽ向いてるので様子は見えないが、耳から入ることから察するに、第二王子殿下のじいやと呼ばれる方は元々なんらかの偉い方だったようだ。

 威厳もなにもない柔らかな物腰からは想像もできないが、有無を言わさず殿下を拘束しきったのだから、実力はそれなりなのだろう。

 さて、私のつーんはポーズだが、もう一方の当事者はといえば。

 見事なまでにぶすっとむくれている。

 いたずらを咎められた子供のようだ。

 いや、子供だけどね。

 実際問題として、王立学院初等部ぴっかぴか1年目の王家次男にどれほどの権力があるかは分からないが、仮にも侯爵家に単独乗り込んで、あまつさえそこの長女令嬢に暴力すれすれの行為をとった。

 これがいかなる意味を持ち、どの程度の咎とされるかは、私にはよくわからない。

 逆に王族をいうものが、ものすんごい強権を持っていたとして、私や家族が不敬罪とされる可能性もなきにしも非ず。

 しかし、じいやことベルヘノートさんの言い分から察するに、こちら側の非は問われなさそうに思われたので、まずは安心して良さそうだ。

 というわけで、私としては、正直殿下が怒られようがしばかれようが、おやつ抜きになろうがお好きになさって下さいと思うが、この際だから徹底的に嫌われておけという方向に舵を切った。

 その結果が、許しませんわ!って表情で顔を逸らし続けているわけです。


 「——では、今回はお互い不問ということでよろしいでしょうか——」

 「——そうおっしゃっていただけると、こちらも安心できます——」

 「——では、ダイロ様にはくれぐれもご内密に——」

 「——ほほほ、もちろんですわ。旦那様は子供のことになると少々やり過ぎますものね——」

 「——はは、それはこちらも同様です。親心、というやつでございますなあ——」


 お、なんとなく玉虫色の喧嘩両成敗的な落としどころになりそうね。

 ちなみにベルヘノートさんに謝り倒していたのはお母様。

 さすがのお母様といえど、なんにでも噛みつく狂犬でなかったのだなあと、少し感心した。

 ミレーネ母様も後ろに控えていたのだが、もしお母様が不在だったら、有無を言わさず私の額は絨毯とキスする羽目になっていたのは想像に難くない。

 そんな目つきで私を睨まないでください。

 不可抗力だったんです。


 「さて、レイティア」

 「は、はい」


 いきなり声を掛けないでほしい。


 「いつまでそうしているのですか」

 「まだこの方に謝っていただいておりませんわ」


 つーん。


 「いい加減になさいレイティア」

 「まあまあロザリア様。レイティア様がそう言うのも至極もっともなこと。殿下がこちらへ出向いた経緯はともかく、ご令嬢への暴力は許されることではございません。そして当事者以外で話を纏めて、それで良しとするのもやはり違いましょう」

 「ベルへノート様」

 「王族として常に民の規範であれ。殿下の父君であらせられる陛下のお言葉です。さあ、まずは殿下から」

 「俺は謝らねえぞ!!」


 お、やるねえ。

 それでこそ第二王子殿下、ちょっと見直したね。

 ぷぷぷと笑みが漏れそうなのを、ぐっと我慢。

 それを見ていたお母様も、少し苦笑いを浮かべていた。

 背後のミレーネ母様の視線が怖い。

 貴女が先に謝れば話が早いでしょう!!って目だ。


 「殿下……」


 お、ベルヘノートさんの雰囲気が明らかに変わった。

 これが本来の空気かー、怖いなーおしっこちびっちゃうんじゃないか殿下。

 その空気を、直接向けられていない私ですら怖いわー。


 「お、俺はっ……」

 「……」


 心臓を鷲掴みにされるような、この威圧感。

 負けるな殿下と心の中で応援する。

 負けてくれないと、この場は終わらないのだが、なんとなく。


 「…………ごめんな、さい」

 「よろしい」


 場を完全に支配していた圧力みたいなものが、一瞬にして霧散した。

 そこにいた誰もが息を吐く。

 ベルヘノートさんは、先ほどの迫力など嘘のような笑顔になり、私の方を向いた。


 「よろしいですかな、レイティア様」

 「はい、許しますわ。そして、こちらも大変失礼をしてしまったこと、心より謝罪しますわ」 


 私は笑顔でそう言った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 「なんで俺じゃなくて兄さんを選んだんだ?」


 ディグニクス第二王子殿下が質問をぶつけてきた。

 私たちは、引き続き応接室のテーブルを挟んでいる。

 先触れすらない予定外の突然の来訪ということは不問とし、あらためて客人としてもてなす事となった。

 対応してくれた使用人の皆さんには、本当に頭が下がります。

 

 「なぜ?と言われましても……」


 私はちらりとお母様方を見る。

 お母様はうむと頷き、ミレーネ母様は、余計な事言うんじゃありませんよって視線を放つ。

 私はこほんと咳払い。


 「質問に質問で大変恐縮なのですが、まずは殿下におかれましては、今回の婚約のお断りに関し、どのようなお話を伺っているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「それは……俺の婚約は取りやめになった。かわりに兄さんとレイティア嬢の婚約を進めることとする、とだけだ」

 「へ?」


 思わず声が出た。

 お母様方も呆れている。

 何にも伝わってないじゃないの。

 毎日げっそりしていったお父様の苦労は一体……。

 

 「身体の悪い兄さんより、俺の方が優秀だ。それに将来的には継承順位も上になるだろう。それなのに、なぜっ」

 

 第二王子殿下の語気も自然に強くなる。

 理由もなしに挿げ替えられたのでは、納得も出来なかろうて。

 私がやれやれと口を開こうとしたところを、お母様が手で制した。

 そしてお母様は、


 「発言をお許しいただいても?」

 「あ、ああ」

 「娘はまだ幼くございますので、真意をお伝えしきれないおそれがございますゆえ、私の方からご説明させていただいてもよろしいでしょうか」

 

 第二王子殿下は、私の方をちらりと見た。

 私はそれに首肯を返す。


 「ならば、聞かせてくれ」

 「ご配慮感謝しますわ。まずは、殿下におかれましては、その優秀さは王宮内に留まらず、学院においても広く周知されていることは重々承知しております。そして、兄上であらせられるアレクシス第一王子殿下が生来よりお身体がお強くないということも」

 「うむ」

 「その上でまず、今回陛下直々の、殿下と当家の娘とのご婚約のお話。それはもう喜ばしいことこのうえありません。それはここにいるレイティアとて同じです」

 「ならば、なぜ」

 「殿下が優秀であること、そしてアレクシス第一王子殿下のお身体。その両方が理由なのです」

 「意味が分からないぞ」

 「ええ、私も旦那様も、レイティアの言葉が分かりませんでした。しかし真意はこうです。そのお身体のせいだとしても、弟君より兄君のご婚約が疎かになるのはおかしい、と。そしてそんな兄君だからこそ、側に立ち支えるものが必要ではないかと。無論、兄君である第一王子殿下を慮るばかりに、殿下をないがしろにするつもりはございません。レイティアは続けてこうも言いました。ならば、自分が第一王子の側に立とうと、ディグニクス第二王子殿下の婚約は何の問題もないでしょうと。なぜなら、第二王子殿下はとても優秀であり、自分より相応しい相手がすぐにでも現れるに違いないと言い切りました」

 「……」

 「実に貴族子女らしからぬ、不敬極まりない言葉であろうこと承知の上で、本人にかわりましてあらためて謝罪申し上げます」

 

 第二王子殿下は口をあんぐりと開け、やや呆然としてる。

 控えるベルヘノートさんは、既に知っていたのか、母の言葉にも平然としてた。

 しかしお母様も話が上手いねと、感心してしまうよ。

 私じゃあきっとこうはいかなかった。

 ミレーネ母様は、私ならもっと上手く言えたのに!!みたいな顔をしている。

 張り合わないでください、お母様方。


 「そう、だったのか」


 ややあって、第二王子殿下は天を仰ぎ、言葉を絞り出した。


 「兄上に、負けたわけではないのだな……」


 ん?勝った負けたの話ではないと思うが。

 もしかして、お兄様にコンプレックス持っちゃってる系?

 いやー、若いっていいねえ、青春だねえ。

 とりあえず、なんとなーく納得してくれた第二王子殿下とともにお茶をしばきつつ、和やかに雰囲気世間話など交えつつ、その場は終了した。


 「今日は悪かったな」

 「こちらこそ」

 「兄上を頼む」

 「はい」


 そう言い残して、馬車に揺られて帰っていった。

 私はその姿を、手を振って見送る。

 もう来るなよー。


 馬車が完全に消えたころ、ブラウが眠そうな目でとぽとぽと現れた。

 ……駄狼め。

 

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