第19話:悪役令嬢と婚約破棄2
勝った!!私は勝ったのだよ、このク〇みたいなえたぱの世界に!!
物語の強制力などなにするものぞ。
まずは一勝。
これからも勝利を積み上げていけば、きっと悪役令嬢の汚名を被ることもなく生きていけるはずよ。
遠い空、異次元の彼方で見ているかね同僚A。
私は今、ここに生きている。
両手を広げ、くるくると踊りだしたくなる衝動をぐっと堪え、奥歯でぎゅぎゅっと幸せをかみしめる。
「婚約破棄。なんて甘美な言葉なのでしょう……」
うっとりと、誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。
そう、婚約破棄される前に婚約破棄すればいいじゃないの。
実際には婚約前のお断りなので、破棄もなにもないが、気分はまさに婚約破棄!
してやったりの上機嫌。
世が世ならお祈りメールのひとつでもお送りしてあげたくなるわね。
憎きアイツとの婚約を拒否るための、当て馬になった第一王子アレクシス殿下には申し訳ないが、そちらとの縁談に話が繋がらずとも、国王陛下直々の打診を小娘が断ったとあっては心象最悪間違いなし。
お父様やお母様方には誠に申し訳ないが、今後少しばかり世間の風が冷たくなると予想できるので、頑張っていただきたいと切に願う。
万がいち、アレクシス第一王子殿下とのご婚約が成立したとしても、いつまでお元気か分からないし。
お元気になった暁には私などぽいの可能性もあり、私的にはそれを是非期待したいところ。
第一王子殿下との婚約が解消された傷心の私は、そうねえ……。
いっそ辺境でも行って、のんびり暮らすでもよろしいかもしれませんわねぇ!!
などと、夢の辺境スローライフに思いを馳せる日々であった。
そして半月ほど経ったとき。
私のディグニクス第二王子殿下との婚約取りやめ、およびアレクシス第一王子殿下との婚約が内定した。
お父様のげっそりした顔。
お母様の晴れやかな顔。
ミレーネ母様のなんとなく釈然としない顔。
三者三様のお顔に、私は心の中で合掌した。
「ありがとうございます、お父様」
その時の私は、最高の笑顔だったと思う。
私にとっては最高最善ではないが、第一王子殿下とのご婚約は、グランノーズ公爵家にとってそれほど悪い結果ではないと思いたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある日の午後。
暖かな、心地よい日差しの下、私は王都別宅敷地内庭園のベンチに腰かけ、メアリの淹れてくれた美味しい紅茶を嗜んでいた。
もちろんミルクと砂糖たっぷりで。
私の足元にはブラウがうつらうつらと居眠りし、ケヴィンは私のももを枕にしてくうくうと可愛らしい寝息を立てている。
天使か!!
ちょっとももが痺れてきたけれど、おねえちゃん頑張るよ。
素晴らしきかな、我が人生。
このまま時間が止まればいいのになどと、ちょっと気取ったことを思ってみたりしていると、何やら遠くが騒がしい。
がらがらという車輪の音。
大勢が走り回るだばだばという足音と喧騒。
「なにがあったのかしらね、メアリ」
「さあ、本日はどなたも来訪のご予定はなかったと、記憶してますけど」
「あら、そう言って先日は、先生が来るのを忘れてたじゃありませんか」
「まさかお嬢様までお忘れになっているとは、私も思いませんでした」
「……おほほほほ」
私はこほんと咳払いひとつ。
「気になりますし、行ってみましょうか」
「ですね」
そう言うと、メアリはケヴィンをゆっくりと抱き上げた。
私がベンチから立ち上がると、ブラウはわずかに目を開けたが、興味がないとばかりに再び目を閉じた。
玄関には小ぶりだがえらく豪華な馬車が停まっていた。
ひとの姿はないので、すでに屋敷に入っているのだろうか。
「見たことのない馬車ですね。どなたなのでしょうか」
「そうですねえ……え?あれは……お嬢様、あれですよあれ」
「なんですか、はっきりしなさいメアリ」
「だから、あれですってばっ……王室ですよ王室!あの紋章ご存じありませんか」
「王室って……ああ、そういえば」
初等教育と淑女マナーの授業で、それぞれ穴が開くほど見せられ覚えさせられた紋章だ。
紋章やら顔やら名前やら、とにかく覚えることばかりの貴族の常識。
学習の仕方はそれなりに習得していると自負があった私でさえ、いまだ悪戦苦闘している課題の筆頭だ。
思い出せば先生のおっかない顔ばかり頭に浮かぶわ。
それは置いておいて、なにゆえ王家の馬車?
アレクシス第一王子殿下とのお顔合わせや、婚約披露もまだまだ先の予定。
打合せにしても、そもそもこちらから、お父様とお母様が王宮へ出向いているはず。
となると……何の用だろうか。
私とメアリは顔を見合わせて、揃って首を傾げた。
玄関の重厚な扉がわずかに開いた。
そこから出来てきたのは、小さな人影。
「子供?」
すごい豪華な服着てるなあ。
なんかきょろきょろしてる。
あ、目が合った。
足早にこっち来た。
「どどどどどどうしましょうお嬢様っ、こっち来ますよ!!」
「おおおおおお落ち着きなさいメアリ。どんな時でも堂々と、よ」
「は、はいぃ」
私とメアリは、聞こえないような小声で言葉を交わした。
豪華な、お高そうな服に身を包んだ少年は、脇目も振らずにこちらへ一直線。
うーん、美少年ね。
将来は間違いなくイケメンね。
ん?んん?んんん??
「あれって……」
美少年の未来図を想像して、私は固まった。
あの子を私は知っている。
たぶん、間違いない。
けど……なんで。
少年が我が家を訪れてくる理由も、こちらへ歩いてくる理由も思い当たらない。
確かに、間違いなく、ご縁はなくなったはずなのに。
それなのに、
「おい、お前はレイティア・グランノーズだな」
「は、はいぃ」
思わず声が上ずった。
目の前の少年は腰に手を当て仁王立ち。
ふんっと鼻を鳴らす。
「俺との婚約を断るなど、どういうつもりだ!!」
なぜ来るのだディグニクス第二王子殿下……。
「ごきげんよう……ございま……す?……きゃっ」
その直後、名乗りもしない第二王子殿下は、私の胸倉を掴み首をぶんぶんやられたあと、お供の護衛?使用人?執事?とかそんな雰囲気の方に羽交い絞めされ、ようやく私から引き剥がされてくれた。
「離せじいやっ、俺はこいつに言いたいことがあるのだ!!」
「ご令嬢に乱暴はやめてくだされ、殿下!」
「ええい、離さねば不敬罪で処罰するぞ!」
「なんとおっしゃられても、駄目でございます」
駄々っ子かよ。
私よりもふたつ上のはずだろうに。
それこそ中身を比べればうん十年は違うがな!
エターナル・ガーデン・パーティの中で見た、傲慢で公爵令嬢を困らせてばかりの男は、小さいただのわがまま小僧にしか見えなかった。
実際小さいけど。
私は乱れた襟元を優雅に正し、深呼吸。
そして咳払いをこほんとひとつして、顔を上げる。
「あの」
「なんだよっ、文句あるのか!」
がるるという感じの、第二王子殿下。
相変わらずイキってますねえ。
私は、やれやれとばかりにわざとらしく深い溜息を吐いた。
そして姿勢を正し、真っすぐ目を見てひとこと。
「失礼ながら、高貴な方とは存じますが……どなたでしょうか」
言って、小首をかしげてあげた。
目の前の、小さいとはいえ、私よりは随分背の高い第二王子殿下。
第二王子殿下は、いまだじいやと呼ばれた男に羽交い絞めにされたまま、顔を耳まで真っ赤にした。
ついでに付け加えると、周りの方々の顔が一斉に青くなった。
ちょっと面白い。
「俺を知らないとは何事だ!!」
……いや、知らないって、聞いてないんだからさ。
知ってるけど、言うわけがなかろう。
ご立派な王族様なら、まずは名乗りなさい。
こちとら箱入り公爵令嬢ただいま8歳、なめんなよ。
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