第16話:悪役令嬢は祖父母に会う5
ここはどこ……。
私は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
どうやらベッドの上らしい。
窓から指す月明りにわずかに浮かぶ室内の様子から、ここが私にあてがわれた別荘の客室であろうことがわかった。
恐らく深夜。
窓の外には月が浮かんでいる。
開け放たれた窓から風が入って来る。
初夏とはいえ、まだまだ夜は寒い。
私は身震いして、柔らかく温かい布団を引き寄せた。
「こんばんはお嬢さん、いい夜だねえ」
背後から声がした。
私が慌てて振り向くと、部屋の片隅、椅子に腰かけた人影。
「あなたは……だれ?」
「はじめまして、私は——」
人影の周囲が、ぼうっと明るくなった。
「白の、まじょ」
私は思わずつぶやいた。
私が白の魔女と呼んだその人影は、顎に手を当て首を傾げた。
「そう、私は白の魔女。そう呼ばれているわね。どうしてそれを知っているのかしらねぇ?」
「そ、それは……」
白の魔女の猫のような瞳に見つめられて、答えられない私。
白の魔女はそれを見て面白そうに笑う。
「あはは、言わなくていいよ、うんうん言わない方が良い。けどボクは知りたい、知りたいなあ君のことを。いやもちろん話してくれなくても良いし話してはいけないよ。知りたいことは自分で知らないと面白くないしねそうだろうそうだそうとも。それにしても君は知れば知るほど面白い実に面白いよ」
「はあ」
「たいそう大きなマナバーンが見えたものだから、戦でも起きたのかと思えば、随分と小さなレディじゃあないか信じられるかいどうみても三歳くらいの——」
「5歳です」
「そうか5歳かそうだろうそうに違いないと思っていたのだよ別に答えてくれる必要など無論なかったのだがね」
「あの、話はかんけつにって言われたことありません?」
「おおっ、なんと利発な少女だびっくりだこの白の魔女にもの申すとは実に興味深い夜通し語り合いたいくらいだねそうだろう君もそう思うだろう」
「いえそんなことおことわりです」
「なななんとこのボクからの誘いを断るなんてっ!!……実に興味深い」
白の魔女はこほんと咳払いひとつ。
「マナバーンはね、身に余るマナを練ってしまうと起きる事故のようなものでね。最悪魔核を傷付け壊してしまうものなんだ。そうなるとどうだろう?」
「魔法が、使えなく……なる?」
「うん半分正解。完全に壊れてしまうと、心が死んでしまうんだ」
「えっ……」
白の魔女はとんとんと自分の胸、心臓のあたりを指で叩いた。
死。
私はもしかして死んでいるのか。
「おっと、その表情はもしかして君は自分が既に死んでるんじゃないかって顔だね。大丈夫、今回はそこまで至ってないから。傷付いているだけだから」
「よかったぁ……」
私は安堵した。
白い魔女はちっちっちと顔の前で指を振った。
「傷付いているだけで大問題さ。ああむしろその方が君の人生にとって良いかもしれないが、貴族としては大問題かな。そうそう、ひとつ魔法を使ってみなよ」
「それは……」
私はあの時の最後の光景と思い出して身震いした。
あの巨大な火球。
あんなものを出すつもりはなかった。
お母様を助けたかっただけなのに。
「あ、あの……お母様は?」
「ん、君の母君?ああ、彼女ならピンピンしてるささすがは北の鬼神だね。なかなか目覚めない君のことを随分と心配していたよ」
よかった、お母様がご無事で。
「一緒にいたわんこ、じゃなくて狼も無事だよこの部屋の隅で眠っている。大丈夫ボクらの会話は彼には気付かれないから安心しておくれよ、それで魔法は使ってくれるのかい?」
話をはぐらかしたつもりもないが、話を戻された。
仕方ない。
私は両手を軽く上げる。
左手からマナを集め、身体の中で……え?
私の驚愕の表情に納得したように頷いた白の魔女
「うん、わかるねわかるよわかるだろうマナが練れなくなっていることをね。それがマナバーンの後遺症さ」
「これは、治るのでしょうか」
「かもしれないしかもしれなくないかもしれない。治るが元には戻らないかもしれない」
「そんな……」
「普通は余程のことでないと起こらないからね。それこそ人生の一大イベントさ」
余程のことでも一大イベントでもあったのは確かだ。
しかし、いつ治るかわからず、元に戻るかもわからないのは貴族令嬢としては致命的過ぎる。
私は目の前が真っ暗になる気がした。
「まあまあ、そんな悲しい顔をしてはいけないよ小さなレディ。なんで今夜ここにボクがいると思っているんだい」
「それじゃあ」
「ああ、すぐさま治してあげよう今回限りの特別サービスだよ一回こっきりだからね。まずはよく聞くんだしっかりとね」
白の魔女はそう言うと、椅子から立ち上がりゆっくりとした足取りで近づき、ベッドに腰かけた。
そして身体を寄せてくる。
間近に近づいた白の魔女の顔は月の光を浴び白く、儚い美しさだ。
幼い少女のようにも、妖艶な美女のようにも見える。
白の魔女はその長く美しい指を、私の左胸に当てた。
「レディ、君は身体の幼さに比べてここ、魔核が随分と大きく成長している。まるで大人のようだ。それもとても強い力を持っているみたいだね」
白い魔女は言葉を区切る。
そして、
「君は……誰だい?」
「っ……!」
「あはは、いいねえその顔その表情悩める乙女だねえもちろんまだ乙女だよね、うんうん。いや言わなくていいよ知りたいが聞きたくはないからね。で、まあそれは一旦脇に置いておこうか」
置いとくのか!!
「幼いにもかかわらず、大量のマナが制御できてしまう。これが大問題なんだ。要するに、身体が心についてきていない」
「ではどうすれば」
「学びなさいマナのなんたるかを。その制御の方法を。貴女が学び育つにつれ、魔核も丈夫になっていく。そうすればきっとうまくいく。それまではそう、あまり強い魔法は使うべきではないわね。賢いグリフォンは無闇に爪を立てない。そう、賢くなりなさい」
能ある鷹は爪を隠すとかそんなんか。
「はい」
私は大きく頷いた。
「よろしい、では」
白の魔女の指先が触れている場所が温かくなっていく。
その温かさは、私の胸の中にゆっくりと染みていった。
「お眠りなさい素敵な、小さき淑女の卵。また会う日まで。ああ、言い忘れたけど——」
白き魔女。
私はその名を知っている。
主人公を影ながら見守り、黒の
魔女の企てた『永遠のお茶会』から救い出す手助けをする。
その白き魔女がなぜ、私のところへ?
そんな疑問になんの答えも出ないまま、私は再び意識を手放した。
薄れゆく意識の中、泡のように消えていく、私の中のなにか。
……白の魔女?
……なんだっけ、それ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回のオチ。
私が翌朝すっきりと目覚め、別荘は大騒ぎになった。
どうやら私は丸三日眠っていたらしい。
事件は隣の領主貴族がお母様を排除し、自らの娘をお父様にあてがうために仕組まれたとのこと。
おじい様たちが向かった急な会合とやらに、件の領主とそのご令嬢が「なぜか」参加していたらしい。
毒で弱らせたところを襲い、子供の産めない体に出来ればよしというなんとも胸くその悪い計画だ。
身籠っているということ知ったため、慌てて実行したらしい。
道理でずいぶんとずさんで、慌ただしいわけだ。
お母様は毒に気付き、証拠を確保し解毒を自ら行ったうえで、弱っているふりをしたのだそうだ。
おじい様の別荘地や鉱山に、隣の領主貴族の息のかかる者達を複数仕込んでいたそうな。
幸いおじい様もおばあ様も一切関わっていなかったのだが、知らぬとはいえ嫁と孫を危ない目に遭わせたことを、床に額を擦り付けて詫びたそうだ。
私が目覚めてから会ったときには、二人はふた回りほど年老いて見えた。
そして、遅れて到着したお父様に、私とお母様はしこたま叱られた。
私はその場を見ていないが、お父様がお母様の頬を平手で張り、その後滂沱の涙を流して抱きしめたらしい。
お熱いことでなによりだ。
まあ、あまり無茶をしてくれるなというわけで。
私も大人しく怒られてあげた。
それにしても、お母様を排除したところで、その領主ご令嬢を娶る保証もあるまいに。
公爵家への嫁入りはそんなに魅力的かと疑問を持たない訳にはいかない。
「魅力的なのでしょうねえ……」
「なにか言いましたか、レイティア」
いまだ頬の赤いお母様は私の独り言に気付いて尋ねた。
私はその頬を見てくすりと笑う。
「ほほの腫れたお母様も、大変魅力的だとお思いした次第で」
「……初めて旦那様にぶたれましたわ」
お母様はなんとも納得いかないような顔で目を逸らし、外を眺めた。
頑張ったのに、解せぬ。
そんな顔だ。
結局、様々な後始末が発生してしまったため、早々に王都別邸に引き返すことになってしまった。
湖畔巡りも湖遊覧も中止とは、なんとも残念でならないが、仕方あるまい。
来年、無事に出産が済んだ暁には、おじい様とおばあ様を王都別邸に招待するという約束を交わした。
二人とお母様はまだなんとなくぎこちないが、初日ほどの距離感はないようなので、多少なりとも関係改善の兆しは見えたのかもしれない。
仲よきことは美しき、哉。
こうして馬車は王都邸宅への道をごろごろと進む。
お父様はいろいろ片付けのため別荘に居残りだ。
私の足元で、ブラウが大きな欠伸をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お正月3日ほどお休みしたのち更新の予定です。
皆様にとって2022年がより良い1年でありますよう。
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