第15話:悪役令嬢は祖父母に会う4
「ああ、レイティア。すまぬが今日は急な会合が入ってしまってな。ワシと妻は出かねねばならなくなった。寂しくさせてしまうが、午後には戻るので待っていてほしい。今日は天気も良く、湖に舟を出そうと思っていたのだが、すまぬな」
おじい様は朝食の席でそう言った。
祖父母の不在。
物語は確実に動いている。
私は朝食後、別荘の厨房に駆け込んだ。
「みずうみへさんぽに行きたいのでお弁当を用意していただけないかしら、だいしきゅう!!」
突然、厨房に押し入って来た幼女に、目を丸くする料理人たち。
私の後ろから、この別荘の執事とエルマが追いかけてきて事情を説明すると、料理人たちも納得した表情になり、それぞれがが仕事人の顔になった。
「可愛いお孫さんのために最高の料理をっ、おー!」
掛け声と共に厨房は喧騒に包まれた。
最高でなくてもよいから、なる早でお願いします。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お母様!おさんぽに出かけませんかなるべく遠くに!」
「……いきなりなに言ってるのかしらレイティア」
「お日様にあたった方が元気になりますよ、きっと」
「それはそうですが。それなら敷地内で十分ではありませんか。お義父様たちが出かけたからといって羽目を外すわけにはいきませんわ。残念ながら母は体調が芳しくないのですから、ね」
ここにいない方が良いとはさすがに言えない。
やや呆れ顔のお母様に、私は頭をひねるが良い案は出てこない。
「でしたら、せめてこれを召し上がってください!」
私はエルマからバスケットを受け取り、お母様に差し出した。
「レイティア、これは?」
「はいお母様。さんぽに行きたいからといっていそぎぎ食事を用意していただきました。あ、もちろんお母様のことは言っておりません。ごきぼうのおかしではなくて申し訳ないのですが」
私が申し訳なさそうにそう言うと、お母様はなるほどと頷いて、満面の笑みになった。
「偉いわレイティア、よく機転が利きましたね。ありがとう、さっそくいただくわ」
言うが早いか、お母様はバスケットの中身を床に広げ、着替えもせずに床に座り込み、食事を始めた。
余程空腹だったのか、用意してもらった食事はあっという間にはなくなった。
幼女+エルマの一人前半ほどは軽くあったはずなのだが。
「お母様、そんなにめし上がってだいじょうぶなのですか」
「ええ、さすがに半病人のふりをするのもなかなか辛いものね」
「え……ふり、ですか」
「そうよ、心配かけてすみませんねレイティア。このことは皆には黙っておいてくださいね」
お母様が仮病?なんで?
私はわけが分からなくなった。
私がエルマとマルタの顔を見ると、二人は既に知っているようで、私に苦笑いを返してきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は昼下がりの初夏の日差しの中、お母様とともに馬車に揺られ、鉱山へと向かう山道をどなどなと進んでいた。
言うまでもなく、ブラウは私の隣で丸くなっている。
なにがどうしてこなったとは言うまい。
結局お母様を止めることが出来ず、物語は誰かの脚本通りになっているのだ。
「お母様、私も連れて行ってください!!」
昼前、鉱山でトラブルがあったとの連絡があり、おじい様へ早馬を出すよう指示し、お母様が自身が先だって鉱山へ赴くと言い出した。
私はそこまでお母様がする必要はないと言ったが、貴族長子の嫁の務め、仮にも男爵位を持つ者がいるのならば、動くべきだろうと譲らなかった。
ならば私もと、同行を申し出たものの、おじい様と同じく、山道は子供には厳しいと別荘で待つよう言われた。
が、それで諦めることなどできようはずもなく。
涙ながら必死に懇願する私に根負けしたのか、お母様はしぶしぶ私を抱き上げ、馬車に載せてくれた。
「しかたないですねえ。そんなに鉱山が見たいのですか。女の子なのに物好きですね」
お母様は溜息ひとつ。
鉱山がすごく見たい幼女だと思われたらしい。
そんなわけで、お尻が痛い。
車輪が石に乗り上げる度に身体が跳ねる。
馬車の辛さというものは、わりと痛感してきたつもりであったが、これは辛い。
お母様が肩を抱いてくれているが、正直気休めでしかない。
それなりに高級な板バネを用いた馬車ですらこれ。
私のお尻を守るために、魔法での技術革新を切に望むところだ。
後日聞いた話では魔導馬車は王都中央で現在試作中とのことだ。
それはさておき。
お空は青くて広いなーと現実逃避中、突然どん!っと大きな衝撃と共に馬車が止まった。
続いてぎゃっという男性の叫び。
あー……始まっちゃったかな。
起きるのが分かってれば、わりと冷静になれるものね。
対処法が思いつかない、私の残念なおつむについては置いておいて。
「お母様……」
「こんな時に、野盗かしら物騒ねえ」
隣に座るお母様を見上げると、焦る様子はないもなく堂々としている。
「レイティア、危ないから中で大人しくしてなさいね」
そう言うと、お母様はスカートをたくし上げ、ブーツから短刀を抜き出した。
「淑女の嗜みよ、覚えておきなさい」
そしてがたりと扉に手が掛けられた音がするやいなや、扉を大きく蹴り飛ばし、馬車の外へ飛び出していった。
馬車の外では男たちの怒声と、痛みによるものと思われる叫びが響き始めた。
人数は十人は下らない。
対するお母様はひとり、圧倒的数的不利。
しかし、
「な、なんだぁっこの女っ!!」
「強ぇっ」
「痛ぇっ!!駄目だぁ」
「弱ってるはずだっ、囲め囲め!!!」
「やべえ、抜けられたっ」
「しまっ……うわぁ!!」
「女ひとりになに手こずってんだ!」
「ひっ、ひぃいいいいいいいいいい」
うん、お母様はやはりお母様ね。
それにしても、弱ってるはずとは……なぜそれを知っている。
もしかしてこの襲撃はそもそも仕組まれてたの?
そんなことを考えていると、開け放たれた扉の前に、吹き飛ばされたらしい男が転がってきた。
薄汚れた、いかにも野盗といった男と目が合った。
「!!」
「む、娘だっ!!娘がいるぞっ」
野盗の男が馬車に乗り込んできた、私は必死に後ずさるが、狭い馬車の中に逃げ場はなく、男に腕を掴まれ馬車の外に出されてしまった。
「レイティア!!」
「お母様!」
お母様は私に気付き、叫び声を上げた。
その一瞬の隙に、お母様のドレスが切り裂かれる。
白い腕に朱の線が走り、血が飛び散った。
お母様は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐさま斬りつけてきた男を蹴り飛ばした。
「娘に無事でいてほしかったら大人しくしやがれっ」
悪人テンプレ台詞が、頭上から発せられた。
唾がかかるからも、う少し大人しく喋って欲しい。
「娘に手を出すな、下種が!」
「へっへっへ……これも仕事なんでなぁ」
そう言うと男は腕を引いて私を高く持ち上げた。
お母様が身動きできなくなる。
「そうそう、やっちまえ!」
ひとりの男が立ちすくんだお母様に、剣を大きく振りかぶった。
「お母様!!」
私がそう叫んだとき、私を持ち上げていた腕にブラウが噛みついた。
その瞬間、私は自由になる。
振りかぶられた剣が、お母様に襲い掛かる。
お母様を助けなくては。
ただそれだけを思い、私は腕を前に突き出した。
体が熱い。
視界が赤く染まっていく。
限界を超えて練り上げられたマナが、突き出した腕から溢れだす。
「『
時間がゆっくり流れていく感覚。
マナは巨大な火球となり、お母様に剣を振り下ろそうとしている男に向かっている。
男だけでなく、お母様も、そして周囲の男たちも巻き込むくらいの火球。
それが剣を振り下ろす男に届く直前、お母様は男の襟をつかんで地面に引きずり倒した。
そして巨大な火球に向かって、短刀を一閃。
ごうと激しい音と風が生まれ、そして火球は跡形もなく消えた。
その向こう側で、お母様がにこりと微笑んだのが見えた気がした。
私が覚えているのは、そこまでだ。
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