第14話:悪役令嬢は祖父母に会う3

 「そういえば、あの山では宝石がとれるとお聞きしたのですが」


 私は思い切って、おじい様に話を振ってみた。


 「ああ、よく知っているねレイティア。この土地の大きな収入源ではないが、サファイア、そして少量ではあるがルビーが採れる。ルビーと言えば、其方の瞳は母親譲りの美しいルビーアイであったな。こんなことならその瞳に似合う宝石を見繕っておくべきだったか。いや、実際にこの目で其方を見ずには似合う似合わないもわからぬな。では、次の機会に、ということで許していただけるだろうか美しい未来のレディ」

 「はい!」


 うん、この祖父にしてあの父ありだね。

 てゆうか貴族男子って、もしかして皆こんなんなのかしら。


 「あの……さいくつばしょを見せていただくとか、そういうことは……」

 「ん?珍しいことに興味を持つのだね。ふむ、昔は山賊も出る険しい山道であったが、現在は道の整備も警備もしっかりしており問題はないが……やはり道が少々荒れるので、馬車でとはいえレディのお尻が傷付くかもしれんな。もう少し大きくなったら考えてみようではないか」

 「そうですか……その時を楽しみにしておきますね!」

 「うむ、私たちとしては、そのようなことより、より淑女らしいことに興味を持ってくれた方がうれしいのだ、何事にも興味を持つことは良いことだとも言うしな」

 「それは、まだまだいたらずに申し訳ございません」

 「旦那様、レイティアはまだ5歳、見るもの聞くもの全てに興味を持っておかしくない年頃ですのよ」

 「おお、そうであったな。すまぬなレイティア」

 「いえ、そのようなことは」


 おばあ様にやんわりとたしなめられて、しょんぼりとするおじい様。

 お父様とお母様の関係に似ていなくもない。

 ともかく、宝石鉱山行きは却下されてしまった。

 これであの小説の中で、私がお母様と共に鉱山に向かわなかった理由も分かった。

 あれが現実となっても、お母様は私を連れて行ってはくれないだろう。

 別荘到着の翌朝、お母様はやはり疲れが残っているとの事で、朝食の席には現れなかった。

 私はおじい様とおばあ様の三人で朝食を済ませた後、そのまま二人に連れられて、庭で花を眺めつつ現在に至っている。

 玄関でのやり取りを見るに、お母様との間に何らかの確執じみたものがあるのは想像出来るのだが、こうやって左右を挟まれつつ話している限りでは、初孫との会話に興じる祖父母にしか見えない。

 子はかすがいならぬ、孫がかすがいとなってくれればよいのになあと、ぼんやりと花を眺める。

 ああ、そういえばルビーとサファイアって同じものだっけ?

 あれ?エメラルドとサファイアだっけ……おや?おやおやおや。

 宝石にも全くうとい女、それが私。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お母様は昼近くになって姿を現したが、やはり疲れているのか、やや顔色も悪く見えた。おじい様とおばあ様に挨拶と詫びを入れ、庭を少しだけ散歩して部屋へ戻っていった。

 昨日より体調悪そうだけど、大丈夫かしらお母様。

 幸いその日の夕食には、少しだけすっきりしたようなお母様が見れたので、ちょっとだけ安心した。


 「体調がすぐれないロザリア

には、消化の良い滋養のつくものを用意したつもりだが、要望があれば遠慮なく言ってくれ」

 「ご配慮ありがとうございます。ご心配をおかけして申し訳ありません」

 「いえいえ、お腹の子になにかあってはいけませんからね。無理はいけませんよ」


 おじい様もおばあ様も本気で心配してくれているようには見える。

 見れば、私たちは昨晩とは異なって肉をメインにした料理のようで、とても美味しそうだ。

 一方お母様用のものは、歯ごたえのあるものは少なく、肉も野菜も十分煮込まれていて、消化にも良さそうに見えた。

 お母様はそれを一口、口にするとやや辛そうに口元を押さえた。


 「大丈夫ですか、お母様」

 「ええ、今日は食事を抜いてしまいましたので、胃がびっくりしただけですよ」


 お母様は優しく微笑んだ。


 「うむ、辛いのならば無理をしなくてもよいぞ」

 「申し訳ございません。やはり、今日一日は寝ておいた方が良かったかもしれません」


 お母様はそう言って、食事をその後ほとんど摂らずに、早々に退席して部屋へと戻っていった。

 おじい様もおばあ様も大変残念そうな、そして申し訳なさそうな顔で食事を再開したが、なんとなく気まずいまま、味気ない夕食となってしまった。

 食事を済ませた私は、母の部屋を訪れることにした。

 母がいるはずの客間からは、ちょうど王都別邸から連れてきた母の使用人、マルタが出てくるところだった。


 「マルタ、お母様のお具合は?」

 「お疲れのようでベッドに入られております。お入りになられますか?」

 「ええ」


 私がそう言うと、マルタは客間をノックし、中の主に小さな訪問者の来訪を告げ、扉を開けてくれた。

 私とブラウが部屋に入ると、マルタは用事があるらしく部屋から足早に立ち去って行った。

 その際、エルマになにか耳打ちしていた。

 エルマが部屋に入り扉を閉めた。


 「お母様、具合はどうでしょうか。おじい様もおばあ様もたいへん心配しておりました」


 お母様はややけだるそうに身を起こし、微笑んだ。


 「ええ、食事の席でも言った通り、たいしたことはありませんわ」

 「とてもそうは見えません。私になにか出来ることがあればおっしゃってください」

 「ふふ……優しいのねレイティア。それでしたら、そうですね……いつもみたいにお菓子を隠し持っていたりしないかしら?」


 お母様は意地の悪そうな笑顔で、私を見つめてきた。

 ばれてる!!

 私が普段、厨房に忍び込んでお菓子を持ち帰っていることが!!

 こっそり持ち帰ったお菓子を自室でブラウと食べるのが、最近のひそかな楽しみだったのだ。


 「……い、いえ、さすがにおじい様の別荘でそのようなはしたないまねは。いやいやふだんだってそのようなことはしておりませんのよおほほほほほお……」

 「レイティア」

 「うぅ……ごめんなさい」

 「責めてはおりませんのよ。しかし嘘を誤魔化してはだめ。正しい淑女ならば胸を張って押し通しなさい。道理などねじ伏せてこそ真の淑女ですよ」


 お母様、それは違うと思います。


 「まあ、本邸や自宅ならともかく、お義父様のお宅でやらかさないだけの分別があったことを、母は嬉しく思いますわ」

 「申しわけありません……」


 褒められている気はしないが、たぶん間違いではない。


 「では今日はそのドレスには、なにも忍ばせていないということね。ではレイティア、お願いがあります。よいですか」

 「はい、私に出来ることでしたら」


 母の神妙な顔に、私もごくりとつばを飲み込んだ。


 「明日あのお二人をお茶に誘いなさい。そして、その時のお菓子をあとで食べたいからと持って帰ってくるの。お菓子なら食べられるようなきがするのよね」

 「おかしをお母様に持ってくればよろしいのですか?それでしたらお願いすればご用意いただけるかと」

 「それではだめ。あまり心配を掛けさせたくないの。食事のみでなく、私用のお菓子まで別にということになったら、手間をかけさせてしまうわ」


 下の者は上の者のために動いて当然という、貴族らしい思考に私自身がすっかり慣れてしまっていたことに、あらためて気付かされた。

 お母様は言動はともかく、態度だけは大貴族然としていて、逆にこのような配慮が出来る方ではなかったと思うのだが、もしかしたらこちらが素の考え方なのかもしれない。


 「……わかりましたわ。お時間がいただけないようでしたら、おやつになにか食べたいと言ってよういしていただけばよろしいですね」

 「ええ、理解が良くて助かるわ」


 長居しては身体に障ると思い、その後はごく短い会話をして、私は退室した。

 体調不良もあるが、妊娠すると食の好みがかわるとも言うし、そういうものかもしれない。

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