第13話:悪役令嬢は祖父母に会う2
「話には聞いていたが、それがシルバーウルフか。噂にたがわぬ美しさ。それに、実によく躾けられているようだ」
私の座るソファーの隣で静かに床に伏せているブラウを見て、おじい様が言う。
屋敷に到着し、私と共に馬車から降りるブラウを一目見て、使用人たちは怯え後ずさったりもしたが、それは当然のこと。
保護した頃よりその成長を間近で見てきた、グランノーズ公爵家本邸と別邸の使用人たちとは異なり、目の前に降り立ったのはやや小ぶりながら、既に本来の姿かたちとなった狼なのだ。
それも光り輝く毛並みを持つ。
もう決して、もこもこ銀色毛玉とは誰も思うまい。
ついでに静かなのは、ここに到着する寸前まで馬車に並走して走りまくって疲れているからであって、躾けの成果ではないのだが、そこは敢えて言うまい。
「それにしても、大病を患ったと聞いた時は、妻と共に肝を冷やしたが……元気そうで何よりだレイティア」
「本当に……大きくなりましたね」
笑顔のおじい様の隣には、目に涙を浮かべるおばあ様。
出来ることなら、演技ではないと思いたい。
私は心配をかけたことを、二人に謝罪した。
「貴女もいまだ公務に忙しいでしょうに、この子をここまで立派に育ててくれて本当に有難う、ロザリア」
「いえ、お義母様。我が家にはアマンダをはじめとし優秀な使用人が揃っております。彼女らの献身的な尽力なくては、この子がここまで健やかに育つことはなかったでしょう」
これはアレか?貴族的嫌味の軽い応酬というやつか?
お母様とおばあ様の背後に、なにかが浮かんで見えるような気がするよ。
その後は、互いにほんのり嫌味も加えた、近況報告のような社交辞令的な会話が繰り広げられた。
そろそろ私が飽きてうずうずし始めると、それを察したのかブラウも立ち上がり、周囲をきょろきょろ見渡した。
「ああ、シルバーウルフには慣れない屋敷は居心地は悪かろう。レイティアと共に庭に出ると良い。周辺の民にもそれの事は周知させたおくから、明日以降、屋敷の外、それこそ湖の周辺を走らせても構わぬよ」
「本当ですか!おじい様。ありがとうございます」
私はおじい様とおばあ様に挨拶をし、使用人を伴ってブラウと共に屋敷の庭へと出ていくことにする。
今回の別荘地訪問に際し、私に付いた使用人はエルマ。
ポニーテールの似合う物静かな20代の娘だ。
ちなみにメアリはくじ引きで外れたらしく、大層悔しがっていたらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食。
「あ、私はお酒は遠慮させていただきますわ」
「どうしたのかね?このワインは隣の領の物ではあるが、其方も好んでいたはず。好みでも変わってしまったかね?」
お父様と違って、お母様は相当の酒好き、それも酒豪と呼んでも差し支えない。
そのお母様が酒を断るとは、おじい様も流石に疑問を呈した。
お母様は軽く微笑み、
「いえ、そういうわけでは。昼間申し上げるのを忘れておりましたが、第二子を身籠りまして。当分の間お酒は控えるよう、旦那様からもきつく言われておりますので」
会ってすぐ言ってなかったのか、お母様。
お母様の爆弾発言に、おじい様とおばあ様は目を見開いて驚いた様子。
「ほ、本当なのですか?」
震える声で訊ねたおばあ様。
「ええ、間違いなく。予定は寒い時期になるかと。」
「ならば、手紙の一つでも寄越してその事を告げてくれれば、わざわざこちらに呼び出したりしないものを。無理せずとも……」
おじい様も、まさかお母様が身重でやって来るとは思ってもおらず、動揺しているようだ。
誰だってそう思うだろう。
実際止めたし。
私も、お父様も、ルドルフもアマンダも。
「ご安心くださいまし、お義父様、お義母様。既に安定期に入っており、経過も順調。定期的に医術師と癒し手の手も借りておりますので。とはいえ、流石に長旅は少々疲れましたが」
お母様はくすり、と笑った。
おじい様もおばあ様も素直に喜んでよいのか悪いのか、大変微妙な空気のまま食事は終進んだ。
出された料理は湖で獲れた新鮮な淡水魚をメインとし、地元の山菜をふんだんに使った実に美味しい料理だったことを付け加えておく。
農産業のない地域と言ったが、地元の家庭みで消費する程度は作られており、本邸や別邸でお目にかからない野菜も出てきたりもした。
長時間は母体に差し障るとの配慮から、早々にお開きになったのは、私としては有難かった。
「本当に大丈夫なのですか、お母様」
「ええ、大丈夫よレイティア。さっき言った通り、数日は疲れが抜けないかもしれないけど、貴女は気にしなくて良いですからね」
「……はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湖畔の別荘に暮らす祖父母。
そこを訪れた私と母は、祖父母から手厚い歓待を受ける。
祖父母に代わり、急な仕事をこなすために鉱山へとひとり向かう母。
その道中、馬車に乗った母を襲う悲劇。
母の死、そしてそれによって心を閉ざす父。
悪役令嬢レイティア・グランノーズ公爵令嬢が生まれるきっかけとなった物語。
ただし、これはファンによる二次創作小説。
初登場時より高飛車高慢正義面お嬢様であり、その誕生秘話などゲーム内及び公式情報では一切触れられていない。
きっと、
……のはずなのに。
細部はともかく、状況は似ている。
大きな違いは、ブラウの存在くらいか。
しかし、その二次創作小説にはやや大きな矛盾があった。
小説の中のお母様は鉱山へ向かう道中、野盗に襲われあっけなく死亡している。
あの母が、だ。
北の鬼神だか魔獣殺しだかの異名を持ち、今でも王都騎士団教官として教鞭(物理)を振るうらしいロザリア・グランノーズが、なんの反撃も出来ず野盗如きに殺されてしまうのか。
ちなみに、ゲーム内でのお母様はシルエットだけで台詞すらなかった。
会ってみたらまさかこんな女傑だとは、夢にも思わなかったよ。
もっとも、たった十日ほどしか遊んでいないので、実のところゲームの全容は知らない。
けど、公式やウィキで悪役令嬢レイティア嬢に関してだけは、特にがっつり読んだし!
まあ、いまさら心の中で愚痴っても、前世に戻れるわけでもなし。
前向きに対策を考えましょう。
鉱山に行くお母様を止める!!
……どうやって?正直に話す?
いやあ、ないない。
野盗の存在を報せる?
……もっとないわー。
「これでなんとかなれば、いいけどなぁ……」
私は掌に炎を浮かべ、部屋の中をふわふわと飛ばしてみた。
ブラウはそれを面白そうに追いかけた。
もっともっと隠れて練習しておけばよかったねえ。
正直、たとえお母様が死んでも父が心を閉ざしても、今の私が悪役令嬢になる理由にはなりえないのだが。
だがしかし、こんなに優しいお母様を失いたくはないし、お母様を心から愛するおお父様を悲しませたくもない。
変えられる未来なら、変えてみせたいものだ。
それこそ悪役令嬢の心意気。
運命に抗え、私。
しかし、ホントどうしようかマジで。
深い溜息を吐いた私の頬を、ブラウがぺろりと舐めた。
この子もいるけど……ねえ。
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