第12話:悪役令嬢は祖父母に会う1

 「おじい様とおばあ様、ですか?」

 「ああ、前グランノーズ公爵とその御夫人、つまりは私の両親だな。ティアは生まれた年に一度会っただけなので、覚えてもいないだろう」

 「そうですね。申し訳ございません」


 おじい様とおばあ様、当然いるのだろうが存在すら気にもしていなかったよ。

 爵位ってのは死んで引き継ぐものだと思ってたから。

 生前に継承し、公爵を引退されたというなら理由はそれなりだろうし、そうそう簡単に行き来するものではないのかもしれないな。

 お父様も現公爵で、当然ながらお忙しいのだろうし。

 前世では父方祖父母は同居だったが、母方祖父母の所へは毎年夏休みに訪れていた。

 魚が美味い土地だったなあ。

 幼いころから、なかなかに居心地の悪い実家より、母方祖父母の家は随分と過ごしやすかった。

 たまにしか会わないからこそ、そう感じていたのかもしれないが、今となっては良い思い出だ。


 「ティアがすっかり健康になったと知ったら、久々に会いたいと申し出てきたんだ」


 ああ、私が大病を患ったせいだったのか。

 それはなんとも悪いことをしたものね。


 「私としては無理は言いたくないのだが……」


 ん?お父様がなにか言い淀んでいる。


 「私は構いませんわ、旦那様」

 「そうは言うが、ロザリア。君が辛い目に遭うのは私は耐えられないのだよ」


 辛い目?

 ああ、お母様の出身身分の低さとか、女だてらに騎士だったことかとか、貴族らしからぬ性格のことか……理由あり過ぎ。

 普通に考えたら、このカップルはないわなあ。

 それゆえに、それら障害をものともせずラブラブな我が両親を羨望と尊敬のまなざしで見てしまうわけだが。


 「おほほほ、旦那様、私を誰かお忘れで?いまさら耄碌した頑固ジジババに気圧されるほど鈍ってはおりませんわ」

 「お母様……」


 流石に自分の旦那の親を頑固なジジババと切り捨てるのはどうかと思うよ。

 お父様だってドン引きなさって……破顔して大きく頷いてるじゃありませんか。

 お父様自身、自分の両親についてはなにがしか思うところがあるのですね。


 「それに、ついでですから、ご報告すべきこともありますしね」


 お母様はそう言うと、私に微笑みかけてきた。


 「?」

 「レイティア、あなたは来年お姉様になるのですよ」


 お母様はそう言うと、自分のお腹をすぱんと良い音で叩いた。

 お父様は真っ青な顔になって、跪いてお母様のお腹をさすり始めた。

 ご懐妊か!!

 それにしても「来年には姉様」とはなんと甘美な響きか。

 生まれてくるのが弟か妹か知らないが、6つ違いってさぞ可愛いだろうなあ。

 あんな性格にならないように、お姉ちゃんがしっかりしないと……んん?6つ?6歳?数あわなくね?????

 えたぱことエターナル・ガーデン・パーティの悪役令嬢には弟と妹がいた。

 弟はたしか2歳下で、私が10の時に公爵家の養子になった。

 妹は8歳下で……だったら来年生まれるであろう弟か妹は、どこにいった?


 「お母様っ!!!くれぐれもおからだは大事にしなくてはいけませんよ!!!」

 「え、ええ……それはもちろん、ですわ」


 私の突然の叫びにお母様と、お母様のお腹に頬ずりしていたお父様は固まった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お母様のお腹の子はゲームには出てこない。

 それがどういう意味か考えてみたが、結局結論が出る訳でもなく。

 そもそも悪役令嬢という脇役の兄弟姉妹など、本来なら物語に登場する必要もないのだが、弟カイルは出来の良い姉を妬む攻略キャラだし、妹は主人公に心酔して、姉である悪役令嬢を陥れるために小さいながら奔走する。

 生まれてくる子が弟であっても妹であっても、そんなろくでもない物語に出番のない平凡でも幸せな人生を送ってもらえるならば、その方が千倍も万倍もお姉ちゃん嬉しいよ。

 ともかく、まずはお母様に無理をさせないことを第一に考えて、今回のジジババ訪問は取りやめるべきと進言したが、一笑に付されてしまった。

 聞けばお母様は、戦場の、それも最前線で私を生んだのだそうだ。

 ……よく生きて生まれてきたな、私。


 そんなわけで、努力も虚しくお母様と私、そしてブラウは、現在馬車に揺られて、頑固ジジババこと元グランノーズ公爵とご婦人の暮らす別荘地へと向かっている。

 お父様は外せない公務があるため、後日合流となった。

 悲しそうな目で見送るお父様を置いての出発は、なかなか心苦しいものがあった。

 当初、馬車の中で大人しく丸まっていたブラウは、飽きたのだろうか、今は馬車の外に飛び出して馬車と並走している。

 お母様が言うには、別荘地は公爵領ではあるものの、飛び地で王都とも公爵領本邸とも離れているうえ、農産業も行っていないために豊穣祭での訪問もなく、普段の往来もないのだそうだ。

 山際の湖を持つ土地で木材と、山での宝石の採掘が主な産業となっているらしい。


 「山……みずうみ……え?」

 「どうかしましたか?レイティア。ああ、湖を見るのは初めてですわね、貴女は。あそこは爺婆には勿体ない、実に美しい場所ですよ」

 「え、ええ……とても楽しみ……ですわ」

 

 お母様ご懐妊の喜びに受かれまくってすっかり忘れていた、大事な情報。

 私はこの不安が杞憂であることを、心から願った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お父様の父母、つまりは私の祖父母の暮らす別荘地。

 山際の湖。

 馬車に揺られるお母様。

 記憶に残るその場面に、私の姿はない。

 岩清水小枝いわしみずこえだが死ぬ前日、たまたま読んだ二次創作小説。

 私が悪役令嬢になるきっかけとなった物語。

 ……そんな馬鹿な。

 なんとか否定しようとした思いも、馬車の窓から見えるその景色に言葉を失う。


 「この景色だ……」

 「素敵な湖でしょう。朝夕にはあの山々が湖に映ってさらに美しいですわよ」

 「ええ……とても素敵ですね」


 お母様のうっとりとした声も上手く耳に入ってこず、私は虚ろな目でそう答えた。

 そこには小説の挿絵にそっくりの景色が、馬車の動きに沿って流れていった。

 この景色の中、馬車に乗ったお母様は賊の襲撃を受け、死ぬ。

 ありえない筈の未来が、ここにあるのか。


 「お、お母様、やっぱり帰りませんか?」

 「何言ってるの、別荘ももう見えてるのに」


 お母様は苦笑いとともにそう言って、湖畔に立つ屋敷を指さした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「いやあ、遠いところ、よく来てくれたね。ロザリア、レイティア」

 「ご無沙汰しております、お義父さま」

 「……お久しぶり、です?」


 私がいまだ覚束ない貴族令嬢的挨拶カーテシーで応える横で、お母様は背筋を伸ばして不動。

 一瞬不穏な空気が流れる。

 私の横にいるブラウがわずかに唸る。


 「ははは、生まれて間もない時に一度会っただけだ。今回が初対面みたいなものだろう。かしこまらんでもよろしい。二人とも疲れておろう、中に入ってくつろぐと良い。ダイロが遅れるという話も聞き及んでおるから安心したまえ」


 お母様の態度を咎めることもせず、ブラウに怯えもせず、好々爺のように相好を崩して私たちを迎え入れてくれたのは、前グランノーズ公爵のガレフルド・グランノーズ伯爵。

 言うまでもない私のおじい様だ。

 お母様が言う通りの頑固爺にはちょっと見えない。

 中肉中背で、なかなかご立派な口ひげと目じりの笑いじわの目立つ、やや頭髪が寂しくなったナイスミドル。

 十分現役で通りそうな容姿だ。

 その後ろに控えるふくよかなマダムは恐らく伯爵の御夫人、つまりは私のおばあ様だろうか。

 こちらもにこやかな笑みを浮かべている、小柄でやや丸みを帯びた女性だ。

 こんな笑みを浮かべることのできる二人が、お母様を悲しませるような言動が出来るというのなら、やはり貴族とはげに恐ろしきといったところ。


 豊かな水を湛え、初夏の風にきらきらと輝く水面。

 その湖畔に建てられた、見るからに歴史を感じさせるお屋敷。本宅や別宅よりも小さいが、なんとも趣を感じさせる建物だ。

 屋敷から直接、湖に向かって桟橋が伸びており、小型の木造船も係留されている。

 あれに乗って湖を楽しむ機会はあるのだろうかと、少し心を躍らせた。

 玄関をくぐると、簡素でありながら素人目にも品の良さがわかる内装が施され、ここの主の矜持のようなものが垣間見れる。

 アンティークに造詣が深いわけでもないので、具体的なことはさっぱりだけどね!!

 おおーなんかすげーとかその程度よ所詮。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あとで出てくる登場人物とかぶってしまうため、養子にくる弟の名前をディック→カイルに変更しました。

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