第10話:悪役令嬢は魔法を学ぶ3
ようこそ!めくるめく魔法の世界へ
と、胡散臭いあおり文句で始まっている本は、上巻だけあって、まずは魔法の概念的な説明がつらつらと記述されていた。
魔法とは、この世界至るところに存在するマナに干渉し、それを自在に操る技術であると。
世界は物質、生命、マナの三つが、互いに干渉しあって構成している。
……う、なんだか難解な話になってきた。
序章はちょっと飛ばそう、うん。
マナは大変希薄な物質であり、そのままではそれを使うことはできない。
マナを凝縮するために必要なのは魔力炉であり、生物の身体にはほぼ全て魔力炉が存在する。
便宜上、体外魔力炉を魔力炉、体内魔力炉を魔核と呼ぶ。
「えっと魔法を使うためには、マナを練る必要が……身体にあるマナは使い切ってしまうと生命の危険が、ってヤバいじゃんそれ。故に体外からマナを取り入れる必要がある。ああ、一応呼吸しているだけで生きていけるだけのマナは取り込んでるのね、私ら」
すーはーすーはーと何度か深呼吸してみたものの、マナの味やら臭いやらが分かるわけでもなく、首をかしげるしかない。
「どうすれば……お、なんかそれっぽいのが。ふむ、体内魔力炉……ああ、魔核だったわね。魔核とやらは心臓の付近に存在するから、そこに集中することによってマナを感じることが出来るように……本当かしら」
私は自分の左胸に手を当ててみた。
あたりまえであるが、見事なまでにぺったんこである。
将来それなりにおっきくなるといいなぁ。
前世の岩清水小枝は、有体に言ってなかなかの控えめな胸囲だった。
うん、きっと大丈夫!なんたってお母様はないすばでぃだしね。
さて、どうでもよいことは置いておいて再度集中集中。
とくんとくんと規則正しい鼓動を感じるだけだが……んんん?
自分の体温とは違う、なにか温かさというか熱さというか……砂がさらさらと流れているような感触。
「まさか、これが……マナ?」
一度感じてしまえば、手を離しても集中するだけで分かる、熱いなにか。
「それと同質なものが世界のすべて、空気中にも存在する。……なるほ、ど?」
分かったような、分からないような。
私は何もない空間に向けて掌を差し出した。
そして掌に集中。
「ん……………………んんんんんんんんんんんん?????」
分かる。
なにかこう、ざらっとしたような、それでいてぬめっとしたような、濃密でいてとても希薄な、すぐに消えてしまいそうななにか。
額を大粒の汗が流れる。
世界の真理とかそういうなにかの一端に触れてしまった興奮。
私は叫びだしそうになった。
おおっと危ない、深呼吸ひーひーふーふーひーふーふー。
部屋の隅で丸くなっているブラウが目覚めていないことを見て、ほっと胸を撫でおろす。
「さてと、それでマナを吸収……もっとも吸収しやすいのは口だが、それでは後々支障がでるので手を使う、と。多くの実験の結果、魔核により近い左手を使うことで吸収の効率が高くなる。ふむふむ。熟練すると全身どこからでも吸収可能になる……ああ、お父様は掌で吸収してなかったわね、確か」
いきなり上級レベルに挑戦してもしょうがないので、まずは基本。
私は左手を伸ばして掌を広げた。
向きはは、上とか下とか関係あるのかしら?まあいいか。
「お」
先ほど使ったのが、たまたま右手だったお陰か、微妙だが左右での感触の違いがわかる。確かに左手の方がより強く伝わってくる。
左手で魔力を感じながら、右手で魔導大全(上)のページをめくる。
この状態で体内のマナを魔核を用いて凝縮すると、左手から外部のマナが吸収される。マナの凝縮は……石臼を回すように?
「石臼、あああのごーりごりってやるやつね」
私は左胸の心臓付近にあるらしい魔核とやらを、石臼の形にして、ごりごりと何かをすりつぶす様を思い浮かべた。
すると、お腹のあたりになにか温かなものが溜まっていくのを感じた。
「おお……」
使用する魔法によって必要となるマナの量は異なるが、多くなれば扱いは難しく……うんうん、当然よね。
四元素の魔法の初歩を使用するには、およそティーカップ一杯分ほどのマナを必要とする。
本ではやっぱり四元素なのね。
……うん、溜まった、ような気がする。
「溜まったマナに発現イメージと、その名前を与えて放出することによって魔法が……放出には吸収とは逆の手を使うのが好ましいと。その名前は音にして発した方がより良い、と。ああ、口からマナを吸収しない理由ってこれか」
マナに名を与えることによって魔法となることから、一説にはマナは
発現イメージは、極めて正確さが求められるため、慣れないうちは見本となるものを用意、それを見ながら行うのが良い。
なんじゃこりゃ?
「つまり……火を出したいなら火を。水を出したいなら水を用意しろってことかしら」
矛盾も甚だしいが、慣れたらその必要もないということだろう。
用意できるものは……。
私はサイドテーブルに載ったランプを見た。
そこにはほんわりとした炎が灯っている。
「お母様の火、かな。まずは」
おなかの中に、ティーカップに入ったマナがまだ残っていることを確認する。
右手を突き出し。
ランプを見ながら、火を思い浮かべ。
「『
その瞬間、私の手が火に包まれた。
「あつ!!!!!!!」
だが、痛みに叫んだ途端、手を包んでいた火は跡形もなく消えたが、私の掌は赤く、じんじんとした痛みが残った。
「いたたた。けど、大火傷……ってほどじゃないわね」
私は慌てて水差しの水で手を冷やす。
痛みはだんだんと引いていくが、赤みと少しだけしびれが残った。
「……朝には消えてるといいなあ」
これでは大失敗じゃないか。
私が
「なお、魔法の使用にあたっては、発現距離を考慮することが重要……ってふざけんな最初に書いときなさいよ!!」
こんな重要な注意事項あとから書いて怪我人どころか死人が出たらどうするのよ。
それにしても、火と言ったら火が出たはいいが、すぐに消えたのは何故かしら。
少し戻って読み直してみると、どうやら魔法は完成するまで発現イメージを保ち続けていなければいけないらしい。
「つまり、痛みのおかげで集中力が途切れた、とか?」
怪我の功名とでも言った方が良いのかこれは。
いやいやいやいや。
気を取り直して、心を落ち着けて、レッツリトライ。
石臼ごーりごり、ティーカップにマナが溜まったのを確認。
発動距離にもマナを消費するってことは、火傷しないていどの距離で……と。
「『
かざした掌の先、20センチほどのところの空間に小さな火が生まれ。
「集中ー。よし」
考えるのを止めた瞬間、生まれたばかりの火が……消えずに絨毯に落ちた。
「……っきゃー!!!!!!!」
うん、考えてみれば、火が空中に留まるはずがないよね!!!
私はすぐさま水差しの水を絨毯にぶちまけ、ついでにランプの火を消してから、燃え跡に転がした。
「お嬢様、どうなさいましたか!!」
私の叫びに飛び込んできた夜番の使用人。
「寝ぼけて、ランプを倒してしまって……」
「お怪我はありませんか!?ああ、手を火傷なさって!!すぐに手当をなさいましょう。医療道具とお着替えをお持ちしますので少しだけお待ちください」
使用人が飛び出していったのを確認して、絨毯の上に広げられた
なんだか偶然が重なって致命的な失態がバレずに済みそうだ。
と、その時は安心したのだが。
「そもそも、昼寝などしなければ夜中に起きることもなかったのでは?」
と、翌朝早速、お母様からのお小言が少々。
そして、私の昼寝の原因となったお父様は、お母様とルドルフさんとアマンダに囲まれて小さくなっていた。
お父様、どんまい!
しょぼーん。
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