第9話:悪役令嬢は魔法を学ぶ2

 お父様は魔法大全(上)ラグペリアの魔法書(1)のページをいくつかめくっていく。

 素材は紙ではなく、羊皮紙?とかいうやつかしら。

 一枚一枚が随分と厚くて、ごわごわしている。


 「ここをご覧。何にみえる?」

 「火、でしょうか」

 「そう、火だ。そして、こちらが水、風、そして土。これらが何を意味するか分かるかな?」


 定番の四元素……と思わず答えそうになって口をつぐむ。


 「いえ……わかりませんわ」


 迂闊に答えられないな、これは。

 ゲームは、学院高等科スタートだから、魔法の基本的なことは全員習得済み設定。

 基本用語とか学ぶシーンは、多分なかった。

 取説とか公式サイトにも主たる4つの魔法とそれ以外としか書いてなかったな。


 「そうだね、ティアにはまだ早かったね。答えは基本魔法の四要素と言うんだ。まだ覚える必要はないが、心の片隅に留めておいて損はないよ」

 「はい……」


 世界を構成する要素ではないのね。

 これは、もしかすると逆に、自分の前世知識がむしろ邪魔をするのではなかろうか。

 私は一抹の不安を覚えた。


 「基本魔法の、ということはそれ以外もあるのですね。ああ!お父様の得意な綺麗なお花を咲かせる魔法とかですね」

 「ああ、実に察しが良い。よく覚えていたね、偉いよティナ」


 お父様は私の言葉に満足したようだで、私の頭を優しく撫でてきた。


 「あれは実はお花を咲かせるだけでなく、植物を操る魔法なんだよ。植物を育てたり、逆に枯らしたり。それだけでなく、自在に操ることも出来る、グランノーズ公爵家に伝わる魔法だ。こういった基本以外の魔法は、親から子に受け継がれることが多いんだ」

 「では、私もお花を咲かせることが出来るようになるのですか」

 「うん、その可能性はとても高いし、私もそうであって欲しいと願っているよ。しかし、もしそうでなかったとしても悲しむことはない。ティア、君は私の子として、グランノーズ公爵家令嬢として、とても強い魔法能力をもっているはずなんだ。その魔法能力は、将来きっと君を助けることになるだろう」

 「はい、お父様。それで……あ、まだこれはおうかがいしてはいけないのですよね」

 「うん?なんだい、言ってこらん」

 「あの、魔法というのは、どうやって使うものなのでしょうか」


 ここまできて、春までお預けは耐えられる気がしない。

 私は思い切ってお父様に聞いてみた。


 「ふむ。興味があることは悪いことではないかな。少し難しい話になるかもしれないが、聞きたいかね?」

 「はい!」


 よし、釣れた。

 私はお父様の膝の上で跳ねて見せた。

 お父様は、めくったページを何枚か戻し、指をさした。

 そのページには、確かに魔法の使い方がわかりやすく書いてあった。

 それも日本語で。


 「ここに書いてあるね。『マナと自己をひとつに融合し、あるべき姿を求めよ』。意味は分かるかな?ティア」

 「いえ……」


 いやいやいや、そんなこと一言も書いてないし!!

 え、お父様これ読めないの?もしかして全然別の翻訳がされてるとか!?

 なになに……要約すると、大気中のマナ——と呼ぶ魔力素——を体内に取り込み、練り上げ凝縮し、発動後イメージと共に放出……ふむふむ。


 「例えば、こう」


 私が読み進めている間に、お父様がそう呟いた。

 気が付くと、お父様は掌を上にして、右手を前に差し出している。


 「土よソイル


 お父様が、そう続けると差し出された掌から土がもこもこと生まれ始めた。


 「おお……」


 ややささやかではあるが、非常に分かりやすい土魔法というものだ。


 「これが土の魔法の初歩、土生成というものだね。私はこれをこの屋敷の敷地一杯出すことも出来る」

 「それはすごいですわ」


 私は素直に感心した。

 出せる土の量もあるが、本の記述を正確に読むことが出来ずとも、それだけの魔法が使えるということにだ。

 もしかしたら、あんな抽象的な方法でも使えてしまうほど、魔法というものが、アバウトでお手軽なものなのかもしれないが、取り敢えず、お父様の血統による才能と努力の結晶だと思うことにしておこう。

 多分、すごいですお父様。


 「いくつか手順を踏めば、土で城を作ることだって出来るのだよ」


 お父様は自慢気に語り始めた。

 お父様の土の魔法とお母様の火の魔法、公爵家由来の植物の魔法の素晴らしさと公爵家の歴史などなど。

 私は欠伸が出そうになるのを必死で耐え、相槌を打ちつつ、お父様と公爵家の偉業に、いちいち賞賛の声を上げた。

 そして、そろそろお父様も満足しただろうという頃合いを見計らって、大きな欠伸をするふりをした。


 「おや、随分長い話をしてしまったね。眠くなってしまったのなら午後は部屋で休むと良い。アマンダには私から言っておこう」

 「本当ですか、お父様。ありがとうございます!」


 私は膝に乗ったまま身体の向きを変え、お父様の首に抱きついた。

 お父様マジ大好き!!

 しばし熱い抱擁を楽しませたのち、私はお父様から離れ、膝から飛び降りた。

 お父様はやや残念そうな顔だが、このくらいで満足しておいていただきたい。

 幼女の抱擁は安売りはしないのだよ。


 「お父様、おねがいがあるのですが」

 「なにかな、素敵なレディ」


 上目づかいで見上げる私にでれでれのお父様。

 今なら、なんだって買ってもらえるかもしれない。


 「そのご本、ねむる前にまた見たいのですが……お借りしてはいけないでしょうか?」


 流石に貴重な本なのか、それとも子供には早すぎると思ったのか、即答せず、顎に手を当て思案するお父様。

 しばしののち、お父様は大きく頷いた。


 「うむ。読めないまでも、慣れておくのは早いに越したことはないか。良いだろう、持って行きなさい。いや、重いから私が運んであげよう」


 お父様は私に差し出そうとした魔法大全(上)を引っ込めようとした。

 私は慌ててそれを奪い取り、うんしょと抱えてみせた。


 「だ、大丈夫ですわ、お父様!私もお母様の子ですもの、ちからもちになりましたのよ」

 私はにっこり微笑んで、すたこらさっさと書斎から立ち去った。

 悪役令嬢は魔法の本(日本語版)を手に入れた!!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私が自室に戻ると、待ってましたとばかりにブラウが足元にまとわりついてきた。

 私は魔法大全(上)ラグペリアの魔法書(1)をサイドテーブルに置いてから、ブラウの頭をひと撫で。


 「ごめんね、このあとのおけいこのお休みをかちとったかわりに、お昼寝しないといけなくなったの。ブラウもいっしょに寝る?」


 ブラウは少しつまらなそうな顔をしたあと、わうと吼え、ベッドに跳び乗った。

 私も続いてベッドに潜り込む。

 ブラウが寝付くのを待って、読書を始めようとしていたのだが、いつの間にか私も眠ってしまったようで、気が付けばあたりは真っ暗になっていた。

 食事と入浴を済ませ、アマンダから出された課題を片付けているうちに、就寝時間になってしまった。

 今まで語ることもなかったが、この世界では当たり前のようにお風呂がある。

 おそらくゲーム的なサービスシーンの都合だと思うが、私的には大変ありがたい。

 攻略対象とお風呂でどっきりなイベントもあったが、それは主人公様の仕事だ。

 ちなみにそのシーンでの私の役目は、お風呂場で破廉恥な行為に及ぼうとする主人公を説教することだ。

 これで悪役とか言われても、正直どうしろと。

 たっぷり昼寝をしてしまった私は、なかなか眠ることが出来ず、こっそりとランプに火を灯しベッドに転がり魔法大全(上)ラグペリアの魔法書(1)の、分厚い表紙ををめくった。

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