第8話:悪役令嬢は魔法を学ぶ1
「ティナ、君にもそろそろ魔法を学んで貰おうと思うのだが、どうかな?」
雪が降り積もる王都公爵邸別邸。
暖炉によって暖められた部屋の中、私がふかふかのソファーに埋れながら、絵本を楽しんでいるときに入ってきたお父様は、そう言った。
公爵領の本邸から戻り早ふた月。
私は新たに家族の一員となった銀色毛玉ことシルバーウルフのブラウと、毎日毎日追いかけたり追い掛け回されたり舐められたりもふり返したりと忙しい日々を送っていた。
もちろんナニーのアマンダは毎日厳しいが、私がお勉強やお稽古に苦しんでいると、背後からこっそり威嚇してくれるようになったので、お小言もそこそこで終わるようになったのはありがたい。
どうやら彼女は犬が少々苦手らしい。
ブラウは犬ではなく狼、それも巷では神獣扱いされるほどの誇り高き銀狼様ではあるが、尻尾を振っている姿はどう見ても駄犬。
これで腰など振り始めた日には、流石にどうにかしてくれようと思うだろうが、今のところまだその兆候は見えないので安心している。
そんなこんなで、領地への旅行から数えて足かけふた月と半分。
今生4年目にして庭を駆けずり回る健康的な生活となり、気力体力共に十分充実したとお父様は判断したらしい。
「魔法ですか。いよいよですね!」
私はお父様の言葉に目を輝かせた。
だって、魔法だよ魔法、THEファンタジー!
お父様の魔法がどんなに凄くたって、お母様の魔法がどんなに美しくたって、自分が使うのと比べたら、その興奮度は天地ほども違うのは自明の理。
「まあ落ち着きなさい。最終的には魔法指導の先生に適性を見てもらってからになるからね。冬の間は身動きできないから、早くても来春からということになるね」
「そう……ですか。はやく春になってほしいですわ!」
「うむ、その意気だ。外部からの先生だから、公爵令嬢として恥ずかしくない教養と身だしなみを、この冬の間に身に着けてもらわないとね」
「う……もちろんですわ!」
「そういえば、アマンダが少々困っているようだが。何か身に覚えはないかな?」
「……ありませんわ」
私は思い切り目を逸らした。
「ブラウの躾けも君の役目だからね、私の可愛いティア」
「……はい」
4歳児に犬っころのしつけをしろとは、お父様も無理難題をおっしゃる。
私の不安顔に気付いたのか、お父様はこう続けた。
「自ら動くことだけが、貴族の仕事ではないと知っておきなさい。本邸の馬丁ほどではないが、この屋敷にも優秀な者はいる。その者達を上手に使い、教えも乞うとよい。ロザリアも多少なら力になれるかもしれないな」
「お母様が?」
「彼女の故郷は知っての通りシルバーウルフの棲むゼイカだ。そこでは猟犬として狼を操っているとも聞くしね。参考になるかもしれないよ」
「わかりました!お母様に聞いてみますわ」
「うむ。アマンダはどうやらブラウが苦手なようだが、私はアマンダが少々苦手なのだよ。大変かと思うが期待しているよ」
お父様、その意見にはまるっと同意ですわ。
「しかし、あのアマンダの弱み、どうせなら私が子供の頃に知りたかったよ」
遠い目で、しみじみと言うお父様であった。
暖炉の前で丸くなっていた銀色毛玉は、ほふうと大きな欠伸をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
別の日。
私は初めて、お父様の職場兼書斎に呼び出された。
ブラウは残念ながらお留守番。
お父様曰く、貴族淑女の嗜みを本格的に学ぶにあたって、貴族男子の仕事場を知っておくことも必要に違いない、とのこと。
まあ、本音はたまたま仕事が早く片付き暇になったが、お母様が仕事で不在ため、愛娘との親交を深める言い訳のようなものだと理解する。
「まあっ……すてきなお部屋ですね。かべにご本がいっぱい……」
うっとりしたような声を上げて、可能な限りお父様の自尊心をくすぐる。
映画や海外ドラマで見たような貴族の書斎ってやつだ。
オリジナリティの欠片も見られないところが実にエターナル・ガーデン・パーティらしい。
ぱっと見、怪しい魔法具の類は見えない。
あったとしても取扱注意品として、厳重に保管してあるのかもしれない。
素人目にも実に高価そうなデスクには書類やファイルが詰まれており、無駄に散らかっていないところは高得点。
娘に見せるために、急ぎ隠しました的な即席感はない。
お父様はわりと大雑把な性格だと常々思っていたのだが、認識を改める必要があるようだ。
壁一面の、これも重厚かつ高価そうな書架に、所狭しと収められた重そうな書籍の数々は、背表紙が判読可能なものでも、歴史書、人物名鑑、収支報告書、マナー本と実用系が多岐にわたっている。
間違ってもエロ本が見えるところに収まってはいまい。
お父様もひとの子で健康な成人男子、その手のものの一つや二つや三つぐらい所持していても責めるのは酷と思うが、お母様相手にそれを隠し通す胆力もあるまい。
いや、普段はあんなだが、夜には立場がが逆転して……いや、やめよう。
両親の性生活をあれこれ想像するのは、流石にひととしてどうよ。
そんな益体もないことをつらつら考えながら書架を眺めていると、ひと際異様さを放つ数冊の書籍が目に留まる。
「……はぁ?」
思わず声を漏らしてしまった。
慌てて口を押えるが、時遅し。
お父様はそれを聞き逃さなかったようで、静かに私の背後に立った。
「どうしたかね、ティア。なにか気になる本でも見つけたかな」
「い、いえ……あの」
言うべきか言わざるべきか。
数瞬考えた後、意を決して、私はその書籍を指さした。
「こ、このご本はなんでしょうか?」
「ん?これかね。これは魔法に関する教本だよ。本の名はラグペリアの魔法書。それにしても、よく気が付いたね。ああ、背表紙の文字が奇妙だから変に思ったのだろうね」
「え、ええ……」
私は気持ちを抑え込んで声を絞り出した。
変、とか奇妙、とかそんな次元ではない。
何しろ、その数冊の、お父様が魔法の教本と言ったそれらの背表紙には、私の知っている文字が書かれていたのだ。
レイティア・グランノーズである私になる前の——岩清水小枝であった頃、当たり前のように数十年慣れ親しんだ文字。
そう、日本語。
それも漢字で書かれた書籍名はラグペリアの魔法書などという洒落た名前ではなく、魔法大全(上)、(中)、(下)。
いやいやいやいや、流石に雑すぎね?
ゲームだとラグペリアの魔法書の文字は魔法文字とか言って、変な記号の羅列だったよ?
なんでここで日本語!?
「流石にティアにはまだ読めないが、一巻は絵も多いし試しに見てみるかね?」
「……はい!」
読みたいような読みたくないような。
しかし、いずれ読むことになるのなら、早いか遅いか。
私は大きく頷いた。
お父様はおもむろに
上はいちと読んでるのか。
ならば中がに、下がさんだろう。
確かゲームに登場するラグペリアの魔法書も3冊あった気がする。
うん、これで初っ端から(下)を取ってこられたら、どうしようかと思ったよ。
「そこのソファで一緒に見てみようか」
「はい、お父様」
お父様は二人掛けでなく、あえて一人掛けの、恐らく自分用のソファに腰を下ろすし、私に手招きをし、自らの膝を叩いた。
これはアレか、膝に座れと。
今まで一度もそんなことしたことなかったのに。
もしかして、他のひとの目があるときは、貴族の威厳とかそんなものを気にして出来なかったとかですか。
いつもお母様の膝に座る私を見て、羨ましいと思っていたのですかお父様。
それはいわゆる、ツンデレってやつですかお父様!
いや、わりといつもゆるいので、ツンではないですねお父様。
まあ、ここで素直に乗っかっておくのも貴族令嬢としての嗜みと思い、私は少し恥じらいの表情を浮かべつつ、お父様の膝に腰かけた。
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