第6話:悪役令嬢は領地へ行く4
「お父様、今日はたのしみですわね!」
私はわりとうっきうきでスキップしつつ、木立の間を進んだ。
豊穣祭を終えた私たちはハーケルの森での狩猟ツアーへとやってきた。
王都別邸から持ち込んでいた仕事が山積みだと嘆くお父様に、ねだりにねだってようやく実現にこじつけた私を褒めてもらいたい。
当日の朝までぐずぐずと嫌がっていたお父様ではあったが、いざ馬車から降りて猟銃を携えると、テンションが上がってきたのか、胸を張り歩幅も大きく歩きだした。
お父様の雄姿をご覧あれ!って感じで。
「すてきですわお父様」
「うむ、そうだろうそうだろうとも」
すかさず持ち上げることも忘れない女、それが私。
その後ろで飄々と、まさに自然体で闊歩するお母様のなんと美しい事か。
私はと言えば、髪を枝に絡まないようボンネットにしっかり隠し、手を怪我しないように長袖ドレス着用の上、手袋まで装着し、足を怪我しないようにひざ下ブーツと完全装備。
秋とはいえ暑いことこの上ない。
だったらせめてスカートの中のパニエは勘弁してもらいたかったのだが、そこは淑女の嗜みとどうしても譲ってくれなかった。
お母様はパンツ姿なのに。
解せぬ。
いまさらではあるが、この世界には銃がある。
ということは当然ながら火薬もある。
とはいっても、技術レベルはまだまだで、なかなか面倒な道具であることは間違いない。
時があと十年とちょっとほど進むと、秘密裏に試作された魔法銃という素敵アイテムも登場する予定ではある。
なにしろ、その素敵アイテムで撃たれた張本人が言うのだから間違いない。
そんなことにならぬよう、なんとかせねばらぬまい。
「魔法でどーんとやった方がかんたんに狩れるのではないですか?」
なんかいろいろ台無しになりそうな質問を、お父様にぶつけてみた。
「ふふ……狩りとは獲物と自分との一対一の孤独な、己が全知全能を賭けた戦いなのだよ」
「いったいいちの、こどくな、ですか」
私は棒読みで、お父様の言葉を繰り返した。
猟犬や補助の狩人、使用人まで団体で引き連れて何言ってんだこのおっさんはと思わないでもないが、そこら辺はお父様的には数に入らないらしい。
貴族の嗜みとは、なかなかに奥が深い。
「魔法で反撃してくる魔獣相手ならともかく、マナとの同調もできない獣風情に魔法を使ったとあっては戦士の名折れですわ」
お母様はお母様で、なにやら物騒なことを言い始めた。
「君なら銃など使わずとも熊が狩れるそうだしな」
「まぁ!残念ながら熊の方が近づいてきてくれませんので、流石に銃を使うしかありませんでしたわ」
熊すら逃げるのか。
マジですかお母様。
「それはすごいな」
「ふふ、向こうから近づいてきてくれたのは魔獣と旦那様ぐらいでしたから」
おいおい、とんでもないのろけが始まったよ。
目と目で通じ合い始めたよ。
あ、蝶々きれーい。
見ないふりと、聞こえないふりくらいはしておいてあげましょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
流石に百発百中とはいかないまでも、十分名手といって差支えないであろう命中率で、次々と獲物が狩られていった。
小物は兎からキジのような野鳥、狐や大きいところでは猪まで。
今は沢でくつろいでいる鹿に狙いを付けているところだ。
お父様が引き金を引くと、ぱーんという軽快な破裂音と共に倒れる鹿。
首元に一発、文句なしの即死に見えた。
補助の狩人たちが、念のために銃を構えながら倒れた鹿に近づき生死を確認し、手を上げた。
「お父様、さすがですわ!」
既に何度目かの感嘆の声を掛ける私に、さも当然と笑顔のお父様。
撃ち殺された鹿は、すぐさま内臓を取り除かれ血抜きがなされた。
内臓は穴に埋められ、流れた血だまりには土が掛けられる。
余計な獣を寄せ付けないための配慮だ。
お父様とお母様が仲良く狩猟に興じている間、私はただ褒めていただけではない。
使用人たちと共に、野生の木の実や果物、そして薬草や食用になる野草を教わりながらせっせと採取に励んでいた。
特に大粒で色鮮やかなベリーが籠一杯取れて、実に満足である。
次なる獲物を求めてと、迷子にならぬよう注意されつつも奥へ進むと、ふと視界の端に光るものが映った気がした。
「おや?」
なにか動物かしらとそちらを見たが、動くものの気配はなし。
気のせいかもと思いながらもそちらへ進んでみた。
すると、木々の隙間から光の差し込む、やや広い草むらに、なにやら光る丸いものが。
それは、ふるふると震えていた。
おそるおそる近づくと、どうやらそれは動物——犬のような生き物のようだ。
自らが光っているのではなく、差し込む日光を体毛が反射しているようで、緩やかに流れる風に従って、時折きらきらと光を放っていた。
「かわいい……あっ」
その生き物の腹の下が赤く染まっている。
血だ。
私はその犬のような生き物に駆け寄って、抱き上げた。
血の流れる傷は銃弾によるものではないことに、少しほっとする。
しかし、獣の爪によるものと思われるその傷は深く、塞がる様子はない。
私はその犬のような生き物を抱きかかえたまま、走り出した。
「お父様!!お母様!!」
私が両親の元に戻るよりも早く、私の声に気付いたお父様とお母様が先を争うように私の元に掛けるけて来てくれた。
「どうしたティア!!」
「お父様!お母様!この子が大変です!」
私は、その犬のような生き物を両手でお父様に向けて差し出した。
「これは……」
「やや薄汚れてはいますが、シルバーウルフではないでしょうか」
お父様が答えをためらっている間に、お母様が答えた。
「う、うむ。そう見えるが……この辺りにはいないはずだが」
「ええ、彼らの生息地はもっと北方の、それこそ私の故郷になりますね」
「そんな所の生き物、それも子供がどうして——」
「そんなの今はかんけいありませんわ!この子死にそうなのですよっ、傷ついているんですよ!」
私はたまらず叫んだ。
そこで両親は、ようやくシルバーウルフの腹と、私のドレスが血塗れなことを思い出したようだ。
「おい、癒し手を至急ここへ!」
お父様が叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「出血は止まりましたが、完治までは……」
狩猟のご同行者に癒し手がいたのは助かった。
医術師も同行しているのだが、こちらは人間専門との事で今回は出る幕はなし。
癒し手は公爵家に仕えるだけあって、王家に引き抜かれそうるほどの高位能力者との話だったが、シルバーウルフが負った傷を完治させるまでは出来なかったようだ。
医術同様、人間と動物ではそのあたりの勝手が違うのかもしれない。
結局、シルバーウルフの治療を優先して、やや早いが狩りを終えて帰路についた。
私たちの乗る馬車、私の隣には振動対策と体温低下に備え、毛布やらでもこもこにくるまれたシルバーウルフが、今は静かな寝息を立てていた
私のわがままを優先してしまったことに、やや申し訳なく思う。
「むりを言って申し訳ありませんお父様」
「いやいや、十分楽しんださ。こんな充実した休日を君の悲しむ顔で台無しにはしたくないからね、ティア」
「ありがとうございます」
お父様の大きな手が、私の頭に添えられた。
「それにしても、アレの脚には縄の跡のようなものもありましたわね」
「ああ、傷は森の獣が付けたものだとしても、縛られた跡だとしたら、いささか気になるね。少し調べさせた方が良いかもしれない」
「そうですわね」
動物の脚に縄で縛られた跡。
そこから想像できることとは。
「みつりょう……とかですか?」
私がなにげなく呟いた言葉に、両親が目を見張った。
「ティア。随分難しい言葉を知っているね」
「えっと、つかまえてはいけない動物を、隠れてつかまえること、でしたでしょうか。」
しまった、今生のあたしはまだ4歳。
迂闊に口を滑らせたら、大変なことになってしまう。
お父様は大きく頷き、お母様に目配せした。
「ええ、その通りよ。お利口ね、レイティア。私の故郷ではね、シルバーウルフは神聖な動物として迂闊に捕えたり殺してはいけないことになっているの。反面、人里に下り家畜を襲ったりした場合は、逆に穢れてしまったとされ、殺さなければいけないのだけれども」
「神聖な動物ですか」
「そもそもシルバーウルフは元来とても誇り高く、自らより弱きものは食らわないの。彼らにとっては人間すら弱きものになるわね。だから、山で遭遇しても決して襲われることはないの」
「それは、なんだかすごい生き物ですね」
なるほど神聖扱いもうなずける。
「だから、故郷だけでなく国としても彼らを不可侵なものとして扱っている。だから——」
「密猟が行われているとしたら、大問題なんだ」
お母様の説明を、お父様が締める形になった。
「もう一つ問題があるわね」
「まだなにかあるのかい?ロザリア」
「ええ、これは故郷の者以外恐らく知らないこと。シルバーウルフは縄張りと群れに対する意識がとても強く、仲間のためには死すら恐れないわ。けれども縄張りを離れてしまったものには冷淡になるの。決して群れに戻ることはさせない」
「それって、この子は群れに戻ることができないってことですか?無理やり連れてこられたのに」
「私は彼らがどう考えて行動しているかまでは分からないわ。けれど、その危険もあるということは覚えておいてほしいの」
「だったら、この子をわが家で育ててあげることはだめでしょうか?」
「シルバーウルフを……飼うのか」
「少なくとも、この子がひとりで生きていける様になるまでは、私もその方がよいかと考えますわ」
お母様も私の意見に賛同してくれた。
お父様は何やら思いつめたような表情で、腕組みをしてうなっている。
「前例はないがなんとか……管理局に申請すればどうか。いや……あそこはうるさいし迂回して。むむむ……」
どうやら私の無茶振りに悩んでくれているらしい。
お父様、頑張れ頑張れ超がんばれ。
私はシルバーウルフのやや薄汚れた、本来なら自ら光を放ちそうなほどだという銀の体毛に包まれた身体をそっと撫でた。
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