第5話:悪役令嬢は領地へ行く3
代官と役場重鎮、そして各村の代表たちによる、ご挨拶という名の謁見が始まった。
お父様は豪華な椅子にふんぞり返るように座って、「うむ」とか「ご苦労」とか適当に流すあたりは流石貴族。
斜め後ろ、貴婦人らしい姿勢で微動だにしない母様のにこやかな、それでいて射貫くような視線の方が何倍か恐ろしく見えるということは、ひとまず言わないでおこう。
私はと言えば、初の実子お披露目という意味合いもあり、子供用の椅子に腰かけ、人形のような微笑みを貼り付け、客が入れ替わるたびにちょっとだけ貴族らしい挨拶の仕草を延々と繰り返した。
貴族令嬢というのは実に面倒くさい。
こうして、はたから見ると私だけが苦労しているように見えるこのイベントは、概ねつつがなく進行していった。
概ね、というからには若干のイベントもなかったわけではなく、それは某ナントカ村のナントカさん——興味がなくて真面目に聞いていなかった——の挨拶の時に起こった。
ナントカさんが形式ばかりの挨拶をし、お父様がやはり形式ばかりの返しをする。
「——ところで村長。ここ5年ほどの収穫量が減っているのは何が原因と考えるかな?」
ん?今までそんな質問してないねお父様。
「5年前……でしたら冷害の酷かった年ですな。痛んでしまった土地が元に戻るには年月がかかるものでして。おっと、閣下に農業の講釈など身の程を弁えず申し訳ありませんですだ」
「ふむ。マナを含んだ冷気が作物どころか土地ごと弱らせる事については異論はないよ。だがね、周囲の村の収穫量が翌年には半分、その次の年にはほぼ元に戻っているのだがね」
「ああ、あの村でごぜえますか。あちらはうちの村より冷害の被害は軽微だったと聞いとります。同様に、とおっしゃられても困ってしまいますだ」
のらりくらりと暖簾に腕押しなナントカ村長。
お父様は、むしろ楽し気に質問をぶつけている。
お母様の目が怖いです。
しばらく押し問答が続いたのち、お父様は大きなため息をひとつ吐いた。
「ああ、面倒だ。実に面倒だね。こういうのって私に向いてないと思わないかい?ロザリア」
「ええ、全くもって時間の無駄ですわ旦那様。次の者も控えているのですから」
感情のない声で答えるお母様マジコエー。
「そうだね。ルドルフ」
お父様が片手を挙げると、いつの間にか隣に現れたルドルフが、お父様にファイルを手渡した。
お父様は受け取ったファイルを数ページめくり、それを閉じるとナントカ村長の足元に投げつけた。
ナントカ村長は、状況が理解できず固まった。
「こ、こちら……は?」
「まあ、読んでみたまえよ。読み書きは、得意だろう?」
ナントカ村長は、恐る恐る足元のファイルを持ち上げ、それを開いた。
「数字が並んでるだけに見えますだが。」
「ああ、数字の意味までは思い出せないか。村長もよい年だ、耄碌していたとしても咎めはしないよ」
「も、耄碌など。まだまだ現役ですだ」
「そうかね。ああ、確かにまだ現役のようだ。愛人への貢物としては中々の金額ではないかな。そうそう、海の向こうからの商人もちょくちょく立ち寄っているらしいね、君の村には。しかしいただけないねえ、君にはもったいないくらいの細君なのに、ないがしろにしていては罰が当たるよ。アルフェアム様もお許しになるかどうか。おっと、まだまだあるよね各種付け届けと言うやつが。それぞれの宛先を諳んじてあげようか?」
お父様が愛人と言ったあたりでナントカ村長の顔が青ざめるのが見えた。
それ以降は、ただただ面白がっているようにしか見えません、お父様。
ところで、アルフェアム様は確かに恋愛の女神だけど、自由恋愛推奨の快楽主義だったはずだよお父様。
ちらりとお母様の方を見ると、お父様に視線を向け呆れた顔をしている。
幸い、その場でそれを指摘出来る者が誰もいなかった。
「……えっと、まだ続けた方がよいなか?」
お父様が一区切りした。
ナントカ村長は跪き、床に頭を付け、絞り出すように。
「申し訳ないですだ。しかし——」
「その台詞は三年前には言って欲しかったものだねえ」
お父様は言い訳にならない言い訳をつらつらと述べるナントカ村長に一瞥もくれず、天井を見上げてそう呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「旦那様、お疲れさまでした」
「いやぁ、毎年のことながら本当に疲れるね。なかなか父のようにはなれないよ」
「なる必要もございませんわ。旦那様は旦那様らしく、それで良いじゃあありませんか」
「君がそう言ってくれると救われるよ」
「私は前グランノーズ公爵様に嫁いだわけではありませんもの」
「それはそうだ。ルドルフには気苦労ばかりかけさせてしまうがね」
結局ナントカ村長以降大きな問題も起きず、謁見は終了した。
領内では様々な作物が作られており、一部では栽培の難しいものもあるようで、そういった作物を扱っている村の代表とは改善方法などについて話が盛り上がったりとか、お父様的にもなかなか充実した内容もあったりした。
ナントカ村長の処遇について恐る恐る聞いてみると、子供には聞かせづらいことなのか、やや言葉を濁らせた。
「村長とそれにぶら下がってた連中は、いなくなってもらうことになるかな」
うん、いろいろ解釈可能な言葉ね!!
その後催された食事会ではナントカ村長以外にも数名、役場やナントカ村の近隣の村の方の姿が見えたかった気がするが、たぶん気のせいだろう。
残された面子も一部笑顔がひきつっていたりしなかったり。
主催者であるお父様がグラス片手に上座に立ち、感謝の言葉を述べた。
「——以上であり来年もこうして無事に迎えたいものだね。そうそう、一部の不心得者が出てしまったことは誠に残念に思う。常に目を掛けることのできない領地運営の難しさに恥じ入るばかりだね。領主代行として尽力してくれている代官はじめ役場の諸君の苦労が、今宵少しでも報われるよう願っているよ」
嫌味か!
貴族こえー。
「ああ、勤勉で賢明たる領民の代表諸君に言うべきことかと悩ましいが……」
お父様はこほんと咳払いひとつ
「私の目はね、わりと遠くまで見渡せるんだよ」
お父様は、そう言いながら会場を見渡す。
その視線が、参加者のうち特定の何人かに止まったように見えた。
会場の空気が一瞬凍り付いた。
それを見ていたお母様が、くすりと笑った。
貴族マジコエー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、そんなこんなでメインイベントの豊穣祭。
村を巡って今年の収穫物に祝福を与えるというアレを、お父様は笑顔と貴族らしい振る舞いと共に、割と淡々とこなしていった。
ナントカ村では既に村長および取り巻きの人員入れ替えが済んでおり、残された既に元がついたナントカ村長夫人に、ルドルフが何やら話しかけていた。
日程を終え本邸に戻ってくると、元ナントカ村長夫人が、いつの間にか本邸使用人の一団に加わっていた。
新たな夫が見繕われるまでの間、我が家に身を寄せるらしい。
ナントカ村で見かけた時よりも、笑顔が戻っていたことがせめてもの救いか。
名も知らぬ元ナントカ村長夫人に幸有らんことを。
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