第3話:悪役令嬢は領地へ行く1

 エターナル・ガーデン・パーティの舞台は、ドーラシスクいう世界にあるガルトラル王国の王立学院高等部。

 ドーラシスクとは、女神ドーラが創りし世界という意味らしい。

 ゆえにこの国ではドーラという名は聖なるものとされ、生まれし全てのものはその名を用いることを禁じられている。

 つまりドーラと名付けられた女はいないし、もちろんドーラという名の犬も猫も牛もいない。

 逆にドーラという名は高貴なものとし、積極的に名付ける国もあるとかないとか。


 ドーラシスクはなんとなーく地球によく似たなんとなーく中世ぽい世界。

 大きく違うのは、魔法と癒しの奇跡という二つの超常現象と、魔獣と呼ばれる超常生物の存在。

 これは物語にも比較的大きく関わってくる。

 魔法とは、この世界に存在するマナと呼ばれる謎物質を使ってミラクルを起こす謎技術。

 その能力には個人差があり、主に血統によりその差は著しくなる。

 貴族や王族、それも高位であればあるほど、強い能力を持つ。

 反対に貴族でない庶民はほとんどその力を持たない。

 ゆえに逆に強い魔法能力を持つことは、高位貴族であることの大きな証となり、その血統を維持、向上させるために、貴族はより高位の貴族との姻戚関係を築こうとする。

 しかし全てのものには例外が存在し、高位貴族であっても魔法能力を持たないもの、また庶民であっても高い魔法能力を持つものが生まれることもある。

 癒しの奇跡は魔法とは別種のものだと考えられ、これを使う者は癒し手と呼ばれる。

 この力を持つ者は血統に関係なく生まれるとされ、そこから聖女候補が選ばれ、癒しの女神エオリーヌに認められた者が聖女となる。

 で、この聖女ってのがゲームヒロインなわけよ。

 癒し手として庶民から貴族に成り上がったヒロインが、すったもんだの末、クライマックスで聖女の資格を得るとかそんなん。

 まあどこにでも転がっていそうな、取ってつけたようなテンプレ設定ね。

 もうちょっと捻って欲しかったものだわ。

 ゲーム内では登場人物のほとんどが、当たり前のように魔法を使いこなしていたため、どうやって魔法を使うのかはさっぱり分からない。

 悪役令嬢レイティアの得意とする魔法能力は母親譲りの火だったはず。

 ためしに「ふぁいあぼーる!!」と部屋の中で叫んでみたものの何も起きなかった。

 お母様に尋ねてみたところ、魔法を扱うにはある程度成長している必要があり、私がもう少し大きくなったら教えてくれるそうだ。

 ちなみにお父様の得意とする魔法能力は土、そしてもう一つ——。


 「ほうじょう……さい?」

 「そう、豊穣祭。今年の収穫の感謝と来年の収穫の祈りを捧げるお祭りだ。その主役こそ、グレイノーズ侯爵領領主である私なのだよ」

 「へえ、すごいのですねお父様は。それで、なにをなさるのですか?」


 ああ、豊穣祭ね。

 えたぱの学院内イベントで秋の感謝祭での事件があったけど、それは正式には豊穣祭というのかもしれないわね。

 褒めてほしそうなお父様のドヤ顔を察し、私は胸の前で掌をあわせ、目を輝かせて見上げてあげた。

 満足そうなお父様は話を続ける。


 「私の役目は領地の各地を巡って土地に力を与えることさ。わかりやすく言うとね——」


 お父様はサイドテーブルに乗った花瓶から、まだ綻んでいない蕾を付けた一輪を抜き取り、それを私の目の前に差し出した。


 「——こういうことさ『咲けブルーム』。」


 途端、その蕾はほころび始め、見る間に見事な花を咲かせた。

 その花は、花瓶に飾られているどの花よりも美しく、生命力にあふれているように見えた。


 「す、すごい。すごいですお父様!」


 今度は本気の尊敬の眼差し。

 お父様も娘に褒められてニコニコ顔だ。


 「これは君にあげよう。素敵なレディ」


 お父様は手に持った花を私の髪に差し込んだ。

 見事な女たらしのテクニックである。

 これで相手の女性がぽっと顔を赤らめるところまでがワンセットか。

 私は思わず口をあんぐり開けてしまったけど。

 しかし妻子持ちのいい大人の、愛娘に対する行為だと思うとわりとドン引きだ。

 他所様の4歳女児相手なら?

 いわゆる事案ってやつね!

 貴族の嗜みだと申されましても、日本人的倫理としてはややご遠慮いただきたいところ。

 私の尊敬を返してくださいお父様。

 まあ、弱肉強食、生き馬の目を抜くのが当然な貴族社会を生き残るためには慣れねばならぬ事なのかもしれないが、もう少しだけのんびり過ごしたいものです。


 「あら、素敵なお花、私には頂けませんの?」


 お父様の背後より声がかかる。

 その声には、からかいが混じっていた。

 瞬間、周囲の温度が下がった気がした。


 「お、おうロザリア!もも勿論だとも」


 振り返ったお父様は慌てて花瓶から花を抜き取る。

 あまりに勢いよく引き抜いたため花瓶が倒れ、中の水が溢れて絨毯を濡らした。

 それを見たお母様は深い溜息を一つ。

  

 「旦那様、貴方という方は……」

 「……すまん」


 お母様に呆れられてしょぼくれるお父様。

 どうやらお父様は、技術的なことはともかく、駆け引きに関してはわりと落第点らしい。

 私的には、嫌いじゃない。

 見れば、お父様が手に持った花は生気を失い、萎れていった。


 「へえ、逆の使い方もできるんだ」


 私は両親に聞こえないようにそっと呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 豊穣祭は毎年秋に行われる。

 私は幼かったため、そして昨年は大病を患ったためにお母様共々同行することは叶わなかったらしい。

 しかしその後の健康状態は極めて良好で再発の恐れも見えないということで、いよいよ今年こそということで同行が許された。

 齢4歳にして初めての旅行なのだ。

 現在暮らすこの屋敷は、王都勤務のためにある、いわゆる別邸。

 本邸と呼ぶ屋敷は、ここより一週間ほど馬車に揺られたグランノーズ領にあるそうだ。

 この別邸からですらほぼ出たことのなかった私にとっては、今生初の旅行だ。

 だって、この別宅だけでも小学校の敷地くらいあるし。

 家庭菜園の土地だけで豪邸が三つ四つ余裕で建つわ。

 この広さはお父様が公爵だからというわけではなく、グランノーズ公爵家代々の趣味である庭いじり——という名の植物研究のために、わざわざ王都の外れに居を構えたらしい。

 当家以外に存在するという三つの公爵家は、お父様に言わせれば「庭の手入れが面倒だからわざと狭くしているのは分かるが、それにしてももったいない」という程度の敷地らしいが、それでもまあ、それなりだろう。

 公爵家と言えば、主人公の攻略キャラの一人が公爵家ご令息だったはずなので、ご縁があれば、どこかで会うこともあるだろう。


 そんなこんなで涼し気な風が吹き抜ける秋空の下、本邸に向けて馬車に揺られるグランノーズ公爵家ご一行。

 一番上等な馬車には、お父様とお母様と私。

 以下ナニーのアマンダや使用人メアリをはじめとする使用人一団。

 そして護衛するお抱え警備兵が騎乗にて要所に配置され。

 それらすべてを一括管理運営する執事長のルドルフさんは、アマンダに次ぐ先代からの永年勤続の功労者。

 彼がいなければとてもじゃないが仕事が回らないとは、お父様の口癖。

 いなくても何とかなるようにするのが公爵家当主の責務と、即答するのはルドルフさん。

 アマンダほど口うるさくないらしいが、やはり頭は上がらない相手らしい。


 人も多けりゃ荷物も当然多いわけで。

 列をなす馬車の一団は大名行列のごとし。

 途中の宿は貴族や豪商のお屋敷に間借りするとはいえ、全ての同行者を泊められるわけもなく、先々で宿屋を貸し切り食堂を貸し切り酒場を貸し切りし物資を補給しながら進んでいくのだから、わりと恐ろしい経済効果がある。

 私が生まれる前年から大病を患った昨年までは、お父様とごく少数の使用人その他で出向いていたそうなので、道中落とす金が少なくて、お父様は何とも申し訳ないと思っていたらしい。

 それもあって、今年は特に大人数での移動を決行したらしいと、後日聞いた。

 金は使ってナンボ、ある意味貴族の鑑である。

 使用人その他の方々も交替で食事や酒盛りを楽しめるらしいので、もはや慰安旅行と言っても差支えないのかもしれない。

 もっとも、あまり羽目を外しすぎて公爵家の名を汚すような事があれば、その場で馘首もあるらしいので、皆ほどほどは弁えているらしい。

 ただし、ルドルフさんとアマンダは常に私たち家族の側から離れないので、一体いつ休息を取っているかは謎のままだ。

 お父様としては少しくらいどこかに消えてくれた方が気が休まるとの事だが、だからこそ彼らは常に側にいるのかもしれない。


 どんまい、お父様。

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