第2話:悪役令嬢の夜明け2
「お父様、おつとめは終わりましたの?」
「ああ、滞りなく。寂しくさせてしまった悪かったね」
私の問いかけに、少し申し訳なさそうに答えたのは、食堂の上座に座る未だ青年といっても通りそうな容姿の美中年。
透き通るブロンドヘアにブルーアイ、そして生気溢れる精悍な顔つき。
絵に描いて額に入れて壁に飾ったようなTHE貴族。
当グランノーズ公爵家現当主、ダイロ・グランノーズ公爵。
私のお父様だ。
私の中身より若いのでやや頼りなく見えもするが、仕事と家庭二つの顔を持ち今が家庭用の顔だからだろうということにしておく。
お母様談なので話5割増しだとしても、さほど間違ってはいないだろう。
「レイティアは旦那様のお帰りを良い子にして、お待ちしていましたものね」
「もちろんですわ!」
私の横に座り、優しく語りかける美女はロザリア・グランノーズ。
ダイロの妻にして男爵家出身、個人でも男爵位を持つなかなかの女傑。
ワインレッドヘアに鋭い目つきのルビーアイ、力強い眉。
夫ダイロよりやや高身長なこともあって、ときに他者を圧倒する迫力を持つ。
私のお母様だ。
「そうかそうか、それは良かった。ところでティア、アマンダから苦情が来ているのだがね。うちのお嬢様がすぐお逃げになると。さて、それは誰の事だろうね」
「そ、それはっ」
お父様がやや意地の悪い目つきで見つめてきた。
アマンダは我が家のナニー、つまりは乳母であり家庭教師。
それもお父様のおしめも取り替えていた
私の沈黙にお父様は言葉をつづけた。
「私も彼女にとっては、あまり良い生徒ではなかったかもしれないが、当時彼女はまだ若かった。だが今はほら、あんなだろう。あまり困らせて身体を壊してしまっては忍びない。わかるね、ティア」
「はい」
苦手な相手とはいえ、人生の大先輩に対してあんなとはいかがなものか。
お父様もいろいろ思うところがあるのだろうが。
「ごめんなさい、お父様」
「その言葉はアマンダに言ってあげた方がよいかな」
「はい」
ぱんぱん。
お母様が手を打ち鳴らした。
「さあさ、お小言はそれくらいにして。折角の食事が冷めてしまいますわよ」
「そうだな。家族の食事は大事にせねばな」
お母様の言葉に、お父様が笑みを浮かべる。
私もつられて笑顔になった。
料理はどれも豪華だが、食にうるさい元日本人としてはなにかがいろいろ物足りない。
それでも、今生の食事は楽しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一般的に幼児の自我の確立がそのぐらいの時期であることを考えると、生まれた時から
それとも大病の際、レイティア・グランノーズの身体に岩清水小枝の魂みたいなものが入り込んだのか。
はたまた、
理由はどうであれ、レイティア・グランノーズの中身は現状、
もし仮に本来のレイティア・グランノーズの魂みたいなものが、このレイティア・グランノーズの身体の中に残っていて、それが
もう一つ、ここがどこなのか?という大きな疑問。
ク〇ゲー、エターナル・ガーデンパーティの中なのか。
エターナル・ガーデン・パーティによく似た世界なのか。
それとも、すべては
頭上から少女が落ちてきたところまでは覚えている。
それで死を確信した。
だが、私はその死を確認したのか。
答えは、否。
つまりは、実際は死んでおらず、ある日突然現代日本の、おそらくは病室のベッドの上で見知らぬ天井を見上げることになるかもしれない。
そもそもあの日、私はちゃんと起きて出社したのだろうか。
目が覚めたらコントローラー片手に部屋の真ん中で寝っ転がっていてもおかしくはない。
と、そんな堂々巡りで結論の出ない問いかけを、大病の床から起き上がった幼女がぶつぶつと聞いたことのない言語で呟き続けていたらしい。
それも三日ほど。
両親をと屋敷の使用人の皆様においては、さぞ恐怖であったことだろう。
娘が狂った、と。
誰だってそう思う、私だってそう思う。
ほんとマジすんませんでした!!
今となっては、状況が飲み込めずパニックにならなかっただけマシだったと思ってもらいたいし思いたい。
三日して、何故かすとんと腑に落ちた。
というか、考えても仕方ないと諦めた。
私が生まれた時のかすかな記憶。
私の顔を覗き込む、今よりちょっとだけ若かったお父様。
目には大粒の涙が浮かんでいた。
私を優しく抱きあげる、これまたちょっとだけ若かったお母様。
やややつれているものの、幸せいっぱいな笑顔を私に向けてきた。
そして私はレイティアと名付けられ。
家族に大事に大事に育てられてきた。
それは果たして私の記憶か、私でない私の記憶か。
ま、いっか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の名前はレイティア・グランノーズ。
グランノーズ公爵家長女。
えたぱことエターナル・ガーデン・パーティの悪役令嬢。
ただし、ゲームなので物語は当然ながら主人公視点。
主人公が王立学院高等科に入学するところから物語は描かれる。
つまりはそれ以前のレイティアについての描写は、ゲーム内にはほぼ存在しないことになる。
果たしてレイティア、というか私は生まれながらにして悪役令嬢だったのか。
答えは否。
レイティは悲しい過去の事件によって、悪役令嬢への道を歩まざるを得なくなったのであった。
ばばーん。
え?なんでそんなこと知ってるかって。
実は死ぬ前日、つまりゲームでほぼ徹夜した夜にネット巡ったら見つかったのよ。
といっても、個人ブログにアップされた二次創作小説なんだけど。
それを読んで、私は少しだけ救われた気分になった。
悪役令嬢は、悪役令嬢として生まれたわけではなかったのだ、と。
そうであったらいいな、という願望丸出しの物語。
けれどもそれは、私が悪役令嬢レイティアに感じていたことが、見事に描かれていた。
ああ、あなたは神か!
ブログ主に対して、そんな尊敬の念すら浮かんだわ、その時は。
今となってはその小説を読み返すことも出来なければ、ブログ主に応援メッセージを送ることもできない。
しかし、実際問題として。
私は現在悪役令嬢ではない。
たぶん、そう、うん、大丈夫……だよね。
つまりはこの先に悪役令嬢になるきっかけが、降って湧いてくる可能性大ということ。
それを華麗に回避して、公爵令嬢としての人生を歩むもよし。
または、ここぞとばかりに華々しく悪役令嬢デビューするもよし。
ただし、悪役令嬢ルートを選んだ暁には、婚約破棄をはじめとした各種バッドエンドが待ち構えている、らしい。
そこを乗り越え生き延びるための胆力と知識と技術、ついでに人脈も揃えなければいけない。
それについては、まっとう公爵令嬢ルートに進むためにもほぼ必須といって良いだろう。
貴族についてなんてよく知らないけど、多分そうは間違ってないはずだ。
まずは人生の目標として
敵は主人公はじめ各種攻略キャラども、相手にとって不足なし。
ってゆうか主人公補正とかゲーム強制力とか、すごい掛かりそうね。
頑張らねばねばネバーギブアップ。
夕日に向かって、ぐっと拳を握りしめた。
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