1. 朝凪海という女の子(2)

 校門を出て、自宅のマンションとは反対方向に徒歩で10分ほど。

 俺が訪れた場所は『ピザロケット』という。店名である程度推測できるだろうが、高校の周辺地域で宅配ピザをやっているお店だ。

 俺が過ごすいつもの週末──自己紹介でついついばらしてしまったように、親の帰ってこないのをいいことに、注文した宅配ピザを、コーラでだらだらと流し込みつつ、ゲームをしたり、レンタルしてきた映画を見たりして堕落した時間を過ごすアレである。

「いらっしゃいま……あ、どうも、直接来店なんて珍しいですね」

「ど、ども……注文いいっすか」

「いつものでいいですか?」

「……はい。大丈夫です」

 俺があまりにもこの店を利用しているせいで、『いつもの』で注文が通ってしまう。宅配ピザ店の常連なんて、この辺では多分俺だけだろう。まったくうれしくない。

 注文の品が出来上がるまで、店内隅の椅子に座って窓の外の景色を眺める。

 ここはウチの高校から近い立地なこともあり、生徒たちが店の横を大勢通り過ぎている。

 ジュースを飲みながら、また違うところではふざけてかばんを振り回しながら。当然のごとくほとんどが仲良しグループだ。

「……はあ」

 つい、ため息が出てしまう。

 親の目がない週末を自堕落に過ごすことは嫌いではない。ここのピザは美味おいしいし、ゲームや映画も、面白いタイトルが立て続けにリリースされて時間が足りないぐらいだ。

 だが、ふとした時、一抹の寂しさが沸き起こることがある。

「友達、か……」

 もし今、自分の隣に友達がいたら、どうだろうか。くだらないことをしやべってゲラゲラと笑ったり、映画やゲームをしたり……一人でぼーっと待っているだけのこの時間も、楽しく過ごせたりするのだろうか。

「って、何を黄昏たそがれてんだ俺は……」

 仮定の話をしたところで状況が変わるわけではない。であれば、この状況をよりおうできるよう、お一人様レベルを高めたほうがよほど建設的だろう。何もせずくよくよしているよりは絶対マシなはずだ。

 余計な思考を追い出すべく首を振った俺は、ちょうど出来上がった注文の品を受け取り、次の目的地へと向かった。

「来るのは先月以来だけど、相変わらずいい雰囲気してるな、ここ」

 ピザ店からそう離れていないレンタルビデオ店に足を踏み入れた俺は、やけに薄暗い店内の様子を見て、そう呟いた。

 個人でやっている店なのでメジャーどころの作品はあまり置いていないのだが、その分、ニッチなところを確実に突いたラインナップで、意外とお客さんは多い。

 まあ、俺みたいなB級映画好きはそれでも少なくて、この時間帯以降は、だいたいアダルトコーナーに行くお客さんだ。売り場面積も、半分はそれが占めている。

「お、今週も新入荷がいくつかあるな……」

 サイボーグナノマシンサメ、殺人鬼VS人いザメin無人島など、『NEW!』のシールを目にするとともに思わず『??』が浮かぶ香ばしいタイトルがずらりと並んでいる。先週はワニだったので、今週はサメのようだ。来週の予告はゾンビその他とある。

「新作もいいけど、今日のところは過去の名作かな……」

 そう思い、棚上部にある旧作コーナーのほうに手を伸ばしたその時、ふと、違うところから伸びてきた手に触れてしまった。

 絹のように滑らかな感触の、俺よりも小さな手。

「あ、すいませっ……選ぶのに夢中で、隣、気づかなく──」

「もう、さっきから隣にいたのに気づいてくれないんだもん……ひどいよ、前原クン」

「え……」

 なんで名前……と横を見た瞬間、俺は驚く。

「朝凪、さん」

「うん、正解。クラスメイトだけど、こうして二人でお話するのは初めてだよね」

「あ、うん。そう、だね……」

 俺に声をかけた女の子は、同じクラスの朝凪さんだったのだ。

「朝凪さん、今日は大事な予定があるんじゃ……」

「あれ? 前原君、さっきの私と夕の話聞いてたの? コソコソ聞き耳たてちゃって、いけないんだ~」

「……あ」

 しまった。狼狽うろたえているあまり、つい余計なことを。

「いや、その……ごめん」

「ふふ、大丈夫だって。あれだけ教室内でわーわー騒いでたら、どうしたって耳に入っちゃうだろうし。逆にごめんね、ウチの親友が」

「いや、悪いのは俺のほうだから……」

 引かれていないようでとりあえず一安心だが、これが天海さんやその他の女子生徒ならどうなっていたかわからない。ともかく、朝凪さんがいい人でよかった。

「あ、それで、予定のことだよね? ごめんね、前原君。夕に言ってたあの話、実は半分本当で、半分はうそなんだ。……本当の目的は、」

 そう言って、朝凪さんは俺の顔を指差した。

「え? お、俺?」

「そ。私、用事、君に。OK?」

「あ、うん……」

 とりあえずそう返事してしまったが、頭のほうは混乱したままだ。

 朝凪さんと俺。接点なんて何もないはずなのに。

「わかんないって顔してるね。私だって、結構勇気出したんだけど……前原君、はいこれ」

「! これって……」

 朝凪さんが俺に手渡した紙きれは、四月に見たものとまったく同じだった。


☆ 自己紹介カード


 名前:朝凪海

 出身中:たちばな女子

 特技・趣味:映画、ゲーム、読書その他。インドア系ならなんでも。B級映画が好物。

 好きなもの:コーラなど。炭酸飲料死ぬほど好き。

 一言:同好の士、見つけたり。仲良くしてくれるとうれしいです。なんてね。


「ふふん、最初の自己紹介の時に書いたヤツとは違うけど、ちゃんと書いたらこんな感じだよ。前原君みたいにバカ正直に書いたらさ」

「……なるほどね」

 なんとなく彼女が俺に声をかけてきた理由がわかった。

 映画が趣味であることと、にもかかわらず天海さんたちの反応が薄いことで、なんとなく想定していたが、どうやら、俺と彼女は同じものをでている同志のようで。

「ねね、前原君のおススメってなに? 私、このジャンルはまだまだビギナーでさ、色々教えて欲しいって、あの自己紹介の時からちょっと思ってたんよね」

「えっと、そうだな。俺の趣味全開でも構わないんだったら、こういうの、とか……」

「あははっ、なに『ピラニアザメ』って、サメ小型化すんなし。ってか、それもう人喰いピラニアでいいじゃん。あとパッケージの迫真の叫び顔がシュールすぎる」

「だよね。なんとか目新しさを出そうとする必死さだけは買うけど」

「ね。『カンフーザメ』に通じるとこあるよね」

「あ、俺もそれ知ってる。メイサクだよね」

「迷うほうでね」

「そそ」

 こうして、学生はほとんど足を踏み入れないような薄暗い店の片隅で、俺と朝凪さんは静かに、しかし楽しく趣味談義に花を咲かせることになった。

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