1. 朝凪海という女の子(3)
そこから、俺と朝凪さんの友達関係は人知れず始まった。
ただ、友達ができたからといって、当然、俺のやることが劇的に変わったわけではない。基本的に学校では誰とも喋らないし、当然、朝凪さんと朝の挨拶を交わすわけでもない。
家と自宅を往復し、家に帰れば映画を見たりゲームをしたり。
ただ、一つだけ違うのは、週末の金曜日に朝凪さんが加わったことだ。
「よっ、前原」
「よ、よう……」
ちょうど夕食時というところで、朝凪さんが俺の家にやってくる。手に持っているビニール袋に入っているのは、途中の店で買ってきたであろうコーラのペットボトルとその他スナック類。遊び場を提供するかわりということで、たまにこうして持ってきてくれる。
店のドリンクメニューは量の割に値段が高めなので、お財布的なことを考えると嬉しい。
「店にはもう注文入れたけど、俺と一緒のヤツで良かったの?」
「いいよ。前原と私の味の好みって、だいたい似通ってるし。……ちなみに、何頼んだ?」
「まあ、この前はちょっとあっさり気味だったから、今日はわりとガッツリなんだけど」
一息間があって、俺と朝凪さんが同時に口を開く。
「「天使と悪魔のガーリック&チーズ&照り焼きチキン。チーズ、マヨネーズトッピング量二倍、ガーリックは三倍マシマシ」」
ハモった。
「前原、中々やるね」「まあ、このぐらいは」
さすが同好の士ということだろうか。まさか、食べものの好みまで似通っているとは思わなかった。女の子なら敬遠するだろうラインナップであるはずだが、朝凪さんはむしろより味や匂いの濃いものを好む傾向にある。
ほどなくして注文の品が届いたので、俺たちはダイニングのテーブルにそれを持って……いかず、そのままテレビのあるリビングの
「とりあえず、今週もお疲れ」
「うん、お疲れ」
なみなみとコーラを注いだグラスで乾杯し、渇いた喉を潤す。
独特の風味と甘み、そして程よい炭酸の刺激が喉を通り抜ける。
「前原、今日は何のゲームやんの? また素材集めに狩り?」
「それでもいいかなと思ったけど、今日はなんとなく協力より対戦って気分だから」
一人一枚用意されたLサイズのピザを片手に、テレビ台の下に置かれているゲームハードを引っ張り出す。
取り出したゲームのジャンルはFPS。プレイヤー視点で、任務を遂行したり、時には銃を撃ちまくって相手をやっつけるあれだ。一人の時は大体これをやっている。
「お、それか。性懲りもなく挑んできやがって、今日もそのケツに鉛玉ぶちこんで穴の数を二つにしてやんよ」
「先週十戦十敗だったくせに」
「い、家でちゃんと特訓してきたし……それに今日で五分に戻すからいーの!」
「はいはい」
おしぼりで手を拭いてから、ゲームをスタートさせる。対戦モードで十戦先取勝ち。
「あっ! こんにゃろ、それ私の銃! ヒキョー!」
「戦場に
「あっ……! ああ、もう怒った。この私を本気にさせたことを後悔させてやる」
「まだ一戦終わっただけなのに沸点低くないですかね……?」
時折ピザやサイドメニューのポテトをつまみつつ、とりあえず十戦。
「…………」
ダンッ!
「あの~、朝凪さん……下の人に響くかもだから台パンは、その」
俺の勝率100%は相変わらず継続中。
朝凪さんもゲーム自体は好きなのだろうが、プレイングスキルはそこまでのようだ。まあ、俺みたいにゲームばかりにかまけているわけでもないだろうし、そこは当然だろうが。
「……別のやつ」
「え?」
「別のやつっ」
「……はい」
ちょっぴり涙目の朝凪さんを見て、今後はちょっと手を抜いてあげようと思う俺だった。
そんな感じで様々なジャンルのゲームをやりつつ、俺と朝凪さんは週末の時間を過ごしていく。
家にあるゲームはすでにある程度やりつくしてはいるものの、二人でやっているとまた違った面白さがある。一人ではできなかった協力プレイをやったり、対戦モードでプレイのコツを教えながらやったり。
退屈を感じることもあった週末の時間が、あっという間に過ぎていく。
「──と、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」
「じゃあ、今日はこの辺で」
「うん」
時計の針は、夜九時をとうに過ぎたころ。親には事前に連絡は入れているそうだが、遅くなりすぎるとさすがに心配するはずだ。
「あ、後片付け、私もやる」
「いいよ。洗い物はコップしかないし、他のは全部ゴミ箱に入れるだけだから」
今日用意した食べ物は、二人で全部平らげてしまった。かなり量があったはずだが、遊んでいるうちにいつの間にかなくなっていた。
俺もそうだが、それ以上に朝凪さんもよく食べる。
「? どうしたの、前原。私の体なんかジロジロ見て。えっち」
「あ、いや……結構食べてるのに、俺と違って痩せてるなって」
「それなりに運動してるからね。逆に前原はお
「あふっ!?」
「え?」
急に脇腹を軽くつままれて、思わず声が漏れてしまった。誰かに自分の体を触られることがないため、肌の感覚に敏感なのだ。
「ふーん……」
何か悪いことを思いついたのか、朝凪さんが口元に意地悪そうな笑みを浮かべる。
「えっと、あの……朝凪さん?」
まずいと思ったが、すでに手遅れだった。
「──おりゃっ」
「ひゃっ……?」
弱点を
「なるほど~、前原ってここが弱いんだ~? ならここは?」
「っ、っ……そこらへん全部ダメ……だから、その、もうやめっ……」
「んふふ~、どうしよっかな~。今日は前原にけちょんけちょんにされてストレス
「ぐっ、こ、この悪魔……」
なんとかくすぐり攻撃から逃れようとするも、力が抜けて思うようにいかない。
ということで、そのまま朝凪さんに辱められ続けて数分間。
「くっ、女の子みたいな声出しちゃった……」
「ふふ、男の子のくせに意外にいい声で泣くじゃん。
「むう……今度覚えてろよ……」
「あははっ、せいぜい頑張ってね」
俺の
ゲームでは優位に立っていたのに、こんなことで形勢逆転されて悔しい。
「ったく……これで気が済んだろ? もうさっさと帰れよ。しっしっ」
「はいはい。は~、今日も楽しかった。まだ一緒に遊び始めて二、三回だけど、まさかここまで仲良くなるとは思わなかったな~」
「それはまあ……いくら趣味が合うとはいえ、俺に声かけるなんて、朝凪さんも結構変わってるよな」
「いや~、
「し、仕方ないだろ。家でゲームするぐらいしか思いつかなかったんだから」
今まで友達と放課後に遊ぶ経験がなかったので、当然選択肢は限られてくるわけで。
「そっか、それもそうだよね。じゃ、来週は外で遊ぶってことで。ではまた」
「うん──いや、ちょっと待って」
一瞬流しそうになったが、そこは突っ込まなければ。
「なに? もしかして来週は都合悪い感じ?」
「いや、別にずっとヒマだからいいんだけど……そうじゃなくて、その次」
「外で遊ぶ?」
「それ。……外って、もしかしなくても家の外ってことだよね?」
「当たり前じゃん。高校生らしく、たまには街に繰り出しませんと。ちょっとした買い物だったり、外でご飯食べたり、ゲーセン行って遊んだりさ。いつも前原にお世話になりっぱなしは悪いから、今度は私が外での遊び方を教えてしんぜようと思って」
普通に考えれば、たまには違うところで遊ぶのも気分転換になるだろう。俺もそこは否定するつもりはないのだが。
「その、一応
「そりゃ当然。私と前原が友達なのは、クラスの皆には内緒だし」
一緒に遊ぶようになった時点で、二人で相談して決めたことだ。
クラスでも影の薄い存在の俺と、中心的人物の朝凪さん──彼氏彼女といった、そういう仲になくても、それは、他のクラスメイトたちにとっては関係のない話だ。格好の話のネタとして消費されるに違いない。
「ああ、なるほど。前原は私との放課後デートに緊張していると」
「デートって……いや、別にそういうわけじゃないけど」
「ふふ、大丈夫だよ。クラスの誰かに鉢合わせてもバレないようにするから。若いんだから、たまにはスリルってやつを味わってみようぜ?」
「本当にいいのかなあ……」
性格上、どうしてもリスクのことを先に考えてしまう俺だが……まあ、朝凪さんなら
「私がいいって言ってるんだからいーの。ま、バレたらその時は潔く交際宣言でもすればいいんじゃん? 『(僕たち)(私たち)、((付き合ってます))!』って」
「いや、俺たち別に付き合ってないし」
「ふふ、冗談だよ。とにかく、来週の予定はそんな感じで。あ、もちろんお金は割り勘だから安心して」
「割り勘なのは当たり前でしょ。何言ってんの」
しかし、念のため、母さんには事前に食事代の増額の相談をしたほうがいいだろう。
……とりあえず、女の子と遊びに行くことは絶対に伏せていく方針で。
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