1. 朝凪海という女の子(1)

 あさなぎさんに『クラスで2番目に可愛い女の子』という称号(主にクラスの男子連中が陰で言っている)がついたのは、入学式の後。

 その理由は、朝凪さんの親友でもあるあまさんの存在だった。


「は~、ようやく今週も終わった~。ねえうみ、5限と6限をうたた寝のみで切り抜けた私を褒めて~?」

「いや、うたた寝してんじゃん。褒められたいならずっと真面目に起きてなよ」

「う~ん、それは難しい相談ですな~。お昼ごはんでおなかいっぱいのところですぐにあの念仏でしょ? そんな精神攻撃にあらがえだなんて」

「念仏、じゃなくて倫理の授業な。倫理」

 いつものように和やかなやり取りをしつつ、天海さんが朝凪さんの体に抱きつく。

 教室ではもはやおみとなった、クラスの中心二人による尊い(?)光景。

 ──今日も天海さんは天使だな。

 ──あの笑顔があればどんな授業でも耐えられる気がする。

 クラスメイトたちのひそひそ話が聞こえるが、話題の中心は、校内でも屈指の美少女として有名な天海さんである。

 ──朝凪も決して悪く……いや、むしろ良いはずなんだけどなあ。

 ──天海さんと較べると、どうしても陰に隠れてしまうというか。

 上級生を含めてもダントツに目立つ容姿を持つ天海さんがクラスにいるから──そういう失礼な理由で、朝凪さんは『クラスで2番目』なのだ。

 本人に面と向かって言う人などは誰もいないが、しかし、確実に本人の耳にもそのことは届いているはず。

 朝凪さんは何もしていないのに、まるで劣っているような言い方。多少のやっかみもあるだろうが、正直、横で聞いていていい気分はしない。俺が怒るのもお門違いだけど。

まえはら君、どうしたの?」

おおやま君……いや、何でもない」

 そんな俺の様子を不審に思ったのか、隣の席の大山君が声をかけてきた。俺と似たような体格にフレームのない眼鏡をかけているクラスメイト……なのだが、悲しいことに決して友達ではない。教科書を忘れた時などに隣で見せてあげる程度の仲で、お互いあくまで『顔見知り』程度の認識だ。

 これが、俺による数か月間にわたる学校生活の成果だ。

 ともかく、過ぎたことはもう忘れて、さっさと荷物をまとめて帰宅しよう。

 今日は週末の金曜日。明日と明後日あさつては休みという、誰にとっても無敵な時間だ。

 他人のことは考えず、一人ゆったりとした時間を過ごすに限る。

「ねえ海、金曜だし、このまま遊びに行こうよ。ゲーセンとかカラオケとか」

「あ~……ごめんゆう。今日はちょっと遠慮しとこうかな」

「え? なになに? なんか大事な予定?」

「うん。まあ、そんな感じ。ちょっと見たいヤツがあってさ。映画、なんだけど」

 映画。

 そのワードに俺はぴくりと耳を立ててしまった。確か自己紹介の時、朝凪さんはアウトドア全般が趣味だとか言っていたような記憶があるが、そういう趣味もあったのか。

 といっても、多分海外の有名タイトルかなにかだろう。俺がちょっと変わっていて、そっちのほうが普通なのだから。

「へえ。それ、どんなヤツ? アクション? 恋愛? 面白そうなら、私も見てみたいな」

「……えっと、コレ、なんだけど」

 おそらく作品の紹介ページだろう画面を、朝凪さんが天海さんや、周りにいたクラスメイトたちに見せる。

 すると、いつも明るい天海さんの笑顔がわずかに曇った。

「……ほら、やっぱりこんな反応になる」

「あ、いやいや、私は別に海の趣味を否定するとかそんなつもりは……」

「でも、つまらなそうとは思ったでしょ?」

「それは……まあ、うん。少なくとも私は、あんまり興味ないかな。ごめんね」

「いいよ。それわかってたから、私も一人で見ようと思ったんだし」

 朝凪さんなら作品のチョイスもいい趣味をしているのだろうと勝手に思っていたが、天海さんにはいまいち刺さらなかったらしい。

 どんな内容なのか俺が知る由もないが、正直、ちょっとだけ気になってしまう。

「ってことで、今日のとこはごめんね。明日の予定は空いてるから、それで埋め合わせるよ。ほら、みんな待ってんでしょ? 早く行ってあげな」

「うん。でも明日、約束ね。絶対だよ?」

「うん、絶対絶対」

 そう言って、朝凪さんが天海さんの頭をでている──のを横目にして、俺は二人の横をすり抜けて教室を抜けた。

 結局、二人の会話を一つも漏らすことなく聞いてしまった。盗み聞きのような真似まねをして気持ち悪いことは重々承知しているが、どうしても気になってしまったのだ。

「……俺は別に、悪くない趣味だと思うけど」

 誰に聞かせるわけでもなくつぶやいて、俺は一足先に教室を去った。

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