第2話 即死?

「ぐほっ、フハハ!」

 ゲーラーは腹を抱えていた。

 腹筋が損傷しかねない。

 巨大なピエロが尻にモップを突き刺したままで入ってきた!

「は?」

 冷徹な殺気。神速の銀剣。

「はあっ!」

 シズカは大陸でも随一の剣速で、横なぎに剣を振るった。

「ぬん!」

 ゲーラーは、自分の威勢の声の「ん」が終わる時に、まだ己の首と胴が繋がっていることを、妹に感謝しながら、灰色の槍でシズカの銀剣を止めていた。

「貴様! よくぞ、その態勢から私の剣を止めた。八分の速度とはいえな! だが、次は必ず貴様の首を」

「ま、待てシズカ。いくらなんでも、俺がこの程度で笑い始めるか?」

 

 ゲーラーは、なるべくピエロを見ないようにしながら、(今ので八分!? 俺は全力で防いだのに)と心中で呻きながら、

「分からんか、シズカ。お前を試したのだ」

「何!?」

「大陸最速の剣士。なるほど八分とはいえなかなか。しかし、逆にシズカ、お前こそ執政官様を守れるのか? そして、俺の相棒が務まるのか?ということをな」

「クっ、貴様! わざと吹き出し、こともあろうに私を試しただと? ユリシア様を守れるかをだと!?」

「合格。八十点だな」

「おのれ!」

 しかし、シズカは驚愕していた。

 八分の速度と言っても、本気でゲーラーの首を落とすつもりの剣が止められたのだ。この間合いでは不利なはずの槍で。

「いい加減にしなさい。シズカ、いくらなんでも、士官して早々のゲーラーさんに切りかかるとは何事、さらにそれを止められるとは何事ですか?」

 ユリシアは、たしなめるように言った。

「申し訳ありません」

 シズカもユリシアには叶わないようだ。

「それに斬るなら、全力で殺す気でいきなさい。あなたは大陸最速の剣豪なんですよ?」

「はっ、次は確実に仕留めます!」


(ユリシア様も何気にキツイなあ)

 ゲーラーはそう考えた。

 果たして今日一日、俺の命は持つのか


「ふんごお! おいらの話を聞いてけろ!」

 モップが尻の穴に刺さったピエロがそう言った。

「ええ、お名前は、愉快なピエロさん」

 ユリシアが聞くと、

「ホフマン・サーカス団の団長ホフマンでさ! あっしは客を笑わせるには自信があって、よくできた奥さんを貰ったんですが、お客さんの一人に若い子がいて、ちょっとデートしただけなんでさあ! それで、ここまでの仕打ちでさあ!」


 ユリシアは、

「ははあ、ボスマンさんがだぼだぼ贅肉だらけの容姿でモテるのか分かりませんが、美人ほどダメ男に弱いと言いますよね。しかし、ボスマンさんだけでなく、奥さんの意見も聞いてみなければ、審議は常に公正に行わなければ」


「ふんごお! このモップを取ってくれ、昨夜から刺さったままなんだ!」


「あんたのケツなんぞ! 十年、床を磨いてるモップの方が汚れるというもんさ!」

 ひゅるる、ぱあん。

 と鞭を扱いながら、虎柄の衣装の女が入ってきた。

 なかなかの美人だ。

「おお、メリン! 信じてくれ!」


 メリンという奥さんは、

「アンタを信じた私がバカだったよ! ピエロ一筋で頑張ってて、あんたは私に言ったね? 『ピエロの涙は、顔は笑顔だけど心では泣いてるって意味なんだ』と。『おいらはそれでも、お客さんを笑顔にしたい』とね。だから、求婚を受け入れたのに、不倫男!」

 ひゅるる、と女の振るう鞭はしかし、空中で止められた。

 魔法がかかったかのように、完全に静止しているのだ。

「な、なに? どうして動かない?」

 ユリシアはにこりと笑い、

「私の体は、伊達に光っているワケではありません。執政官となった日から、攻撃は見ただけで止めれる『制止魔法』を常に放っているのですよ」

と言った。


「流石はユリシア様ね」

 シズカは感服していた。

「ああ、だがさっきの一撃も止めて欲しかったが」

 ゲーラーはこっそりと言った。


「ふんごおお、その言葉にウソはない! よく見に来てくれるキャンディズちゃんが『一度だけでもデートしてみたい』というもんだから」

「ウソを言いな! あんな若くて可愛い子、いくらでも男が寄ってくるだろ!」

「ウソじゃないでさあ! 執政官様、信じてください! そして、モップを取ってください!」

 ユリウスは頷き、

「審議しかねますねえ。仮にデートだけでも、十分に結婚の絆を犯したことになり、モップが尻に刺さるくらいのバツは妥当。しかし、事情があるのかもしれない。では、ゲーラー、シズカあなたたち二人で捜査し、情報を調べてください」


 シズカは

「ははっ、しかしこの捜査、こんな笑い上戸がいてはかえって足でまとい、私だけで十分かと」

 ゲーラーは

「いや、俺にこの部屋にいろというのか!? いや、シズカよ。俺もアッシュドスピアとして、仕事を学びたい」

と言った。

(これ以上。こんな面白い部屋にいたら殺されてしまう)

という心中の思いを隠し、さっさと部屋を出ようとする。


ユリシアは、

「では、私とボスマンさんはここにいましょう。二人はメリンさんと一緒に捜査をしてください。この事件何か隠された秘密があるように思えます」

「お、おいらのモップは?」

「疑いが晴れれば取りましょう」

「ふんごお! メリンより厳しいでさあ!」


 ゲーラーは一刻も早く執政室から出ようとした。なるべく、ボスマンの姿を見ないように。

 ユリシアはこう言った。

「けれど、この事件、今月の中ではかなり傑作ですよね」

と、ごく微妙に、ニイと口角が上がっているようだったが、ゲーラーは見えていないことにした。


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