第6章
第16話 僕の話⑥ デザート
ダチョウ、ペンギン、ヤンバルクイナ……などなどなど。彼らはどうして翼を広げてこの大空を飛ぶことを辞めてしまったのだろう。それほど足を踏ん張れる大地は魅力的なのだろうか。
時々、進化についてなんて、柄にもなく難しいことを考えてしまう。でも、考えても仕方のないことを考えることは、結構面白いものだ。
しかし、考えても仕方ないと思っても、今は考える以外に何もできない。
ギャラリーゲーム@コーポレーションの社員の検証も残りわずかだ。えーと、誰が残ってる?
事務の2人はまだだな。
この会社の事務といっても、ほとんど雑用と変わらない。デスクワークは言うまでもないが、お茶にコピーに電話の取次ぎ、書類の整理と副社長のサポート。掃除は専門の業者さんと契約しているので、それ以外はホントに全部って感じだ。業務の大半はこちらからお願いしたものではない。あまりの多忙ぶりを見かねて、率先してやってくれるようになったものだ。
ただ、本来の業務内容もデタラメで雑多な仕事であったのは否めない。そんな条件でも快く引き受けてくれたのは、妻の知り合いだった島村さんである。
最初は彼女ひとりでやっていたのだが、あまりの仕事量の多さに、さすがにこちらが気を使ってしまうようになった。そこで、比較的早い時期に同じ主婦仲間の笛さんを雇うようになった。2人とも実にたくましかった。伊達に子ども3人を育てているわけではない。どんな喧騒だろうが、どんな修羅場だろうが構わないタフさがある。もしかしたら、この職場で一番体力を使うのは彼女たちかもしれない。
僕たち経営陣は、そんな2人の貢献度を正当に評価しているつもりだ。その証拠に、基本給だけなら僕ら夫婦と赤坂副社長を除いては一番高額。まぁ、他の連中は歩合制的な要因もあるから、そこまで単純な話ではないのだけど。
持ちつ持たれつの良い関係だと思っている。人間的なことは正直なところ分からないけど、その関係が崩れるのを望んでいるとは思えない。
毎日、顔を会わす度に告げる感謝の言葉を、台なしにしてしまうような人たちではないと思う。ありがとうございますって言われるのに耐えられないっていうのなら話は別だけど。そんな人、いないよね?
はぁ……。どうしても死ななけりゃいけないのかなぁ。
で、後は誰だ。臼井さんは……、もう辞めたんだったな。辞めたっていうか、入社1週間で消えたんだっけ。えーと、じゃあ、町原君はもう出てきたっけな。……まだだな。
河原、八津元の営業コンビに与えたおもちゃ。町原君はそんな存在だ。何をやっても2人にいじられている。
本人はプランナー志望でこの会社の採用試験にやって来たのだけど、とにかく真面目過ぎる。あまりにも硬過ぎる。面白いネタを考えて持ってきてくれたのだけど、何かが足りなかった。これは、面接を担当した妻と僕の共通の意見だった。
ちょっとは、悪ふざけとも取られそうな行動ばかりしている2人の柔軟さを加えて欲しくて営業に入れた子だった。
ただ、最近は2人に感化され過ぎて、なくしちゃいけないものまでどこかに置き忘れてしまっている気もするが……。まぁ、エンターテイメントに必要なものって、案外難しい。まだ、もうしばらくはプランナーにはなれなさそうだ。
持って生まれたものと、育った環境。さらに、ここに来てから身に付けたものがバランス良くまとまってくれれば、きっと大物に化けてくれると思っている。才能だけなら、申し分ないのだから……。しかし、残念ながら、彼の生み出したものに触れることは出来そうにない。
僕の部屋に来る度に、君に諭した言葉を忘れないでくれよ。真っ直ぐに前を見ているだけでは見えないことは、異常なまでに多いのだから。
うん。僕の瞳を見つめる光は、偽りじゃないさ。単純に、人が好きな青年だ。彼も殺そうなんて思わないな。
最後、だな。僕の中では犯人の第一候補。敢えて最後に残したデザートみたいな存在。その人物とは、チーフプランナーの永川さんだ。
この人も会社設立の最初からお世話になっている人だ。何しろ副社長の赤坂さんから紹介されたこの業界のプロである。にもかかわらず、印象がとびきり悪いのにはちゃんと理由がある。
彼は、これまでに3度も僕たちを裏切っていた。2度あることは3度あるでは済まされないことだった。3回とも僕たちの財産を奪うという犯罪といっていい。それでも彼がチーフという形で居座っているのは、やはり、無念なことに彼がどうしても必要だったからだ。何といっても、彼がその行為のうち2つをしたのは、まだ初期も初期の頃だった。やっとのことで動き出した会社を、ストップさせるわけにはいかなかったのである。
最初に彼の行為に気づいたのは妻だった。それはそうだ。彼女以外には気づけないことだったのだ。逆を言えば、彼女なら、絶対に気づくことだった。
永川さんが何をしたのかというと、簡単に言うと、アイデアの横流しだ。
会社設立当初、動画配信アプリ以外にも妻は2つのプランを持っていた。他にもアイデア自体はいくつもあったみたいだが、プランとしてまとまった物は2つだったようだ。内容までは知らなかったのだけど、あるという事実だけは知っていた。
その2つの企画に永川さんはケチを付けてお蔵入りさせといて、今まで自分がいた会社にビックリするほど高額な値段で売りつけたわけだ。
妻が気づいたのは、企画を買い取った会社がノウハウを活かし、驚くほどの早さで完成させ、話題に上った時だった。証拠だってある。何しろ、妻のパソコンに企画の概要がそのまま残っていたのだ。
妻が直接問い合わせ、ようやく事件は発覚した。騒ぐことの出来なかった僕らがしたことといえば、永川さんを問いつめるぐらいだった。永川さんはこの会社に移るための儀式だったんだよと笑って誤魔化し、うやむやにしてしまった。
この時は動画配信アプリの運営が軌道に乗り始め、皆が皆そのことを追求する時間がなかった。ケガの巧妙で、妻の企画はイケると誰もが思ったのは事実だった。何しろ、その2つとも、企画の面白さだけでバカみたいに大きな反響があったからだ。そりゃあ、アレだけの金額で買い取ってもウマイ話だったことだろう。
動画配信アプリも、それに続いてくれた。幸運に恵まれたとはいえ、予想以上の反応に戸惑いを感じたくらいだった。それで気を良くした僕たちは、永川さんがやったことなどどうでも良くなっていた。
単純な連中だ。
でも、何を考えてたのか、永川さんの事件はそれで終わりではなかったのだ。信じられない人だよ、まったく。
それからすぐに、別の会社のゲームソフトが話題に上った。この年はよくゲームが売れた年でもあった。皮肉にも、どこかのサイトで発表された高評価ランキングのベストファイブのうち、4本までが妻の企画が元になっていたことが発覚する。1位は、恐縮なことに自社で発表した「ノアの箱庭」というゲームだったから、辛うじて振り上げた拳を収めることができただけである。
もちろん、我らクロスGが手掛けたのは4本のうち「ノアの箱庭」ただ1本だった。ひとつがクロスGで、2つが永川さんの元勤め先、4本目は……。
ハァ……。永川さんは、さらにひとつを大手の制作会社に渡していたのだ。その作品は、新規で取り掛かる候補作品のひとつだった。
候補は前々から考えてあった。どうしても人手不足で始められなかったけど、企画自体は完全に出来上がっていた。後は順次作っていくだけってところでストップしてたのだ。
そのひとつを我々は失ってしまった。今度は全員が激怒した。全員といってもその頃は十数名しかいなかったのだけど、全員に違いない。
そして、弁護士と相談した上で、永川さんは拘束された。この会社に。
自主的に辞めることは許されない。彼の給与は大幅にカットされ、その分を会社への返済ということにして現在に至っている。だからチーフという肩書きではあるけれども、社員の中では一番所得は少ない。彼に限って言えば、どんなにスゴイ仕事をしても上乗せは発生しない。
さらに、チーフなのに企画会議には出席できなかった。企画会議は妻と木村君、小田切、松本チーフといったメンバーで行われることになった。完全に彼を信用してないからだ。信用出来るはずもない。
永川さんは決定されたプランを誰かと練り上げ、企画として構築していく仕事に専念することになったのだ。しかも、ひとつ作っては、それが発表の目処が立つまでは次の仕事は出来なかった。その間は、事務の手伝いをさせられる。
厳重に新規プランから切り離してれば、会社に平穏が戻ると思っていたのだけど、またもや彼はやってくれた。僕らの認識は、甚だ甘かったというわけだ。
今度は、企画という知的財産ではなく、会社の金そのものをくすね取ってしまったのだ。もう完全な犯罪。いや、それまでも犯罪なんだけど……。
運良く彼が使ってしまう前に回収できたから良いものの、彼の信用度はゼロになった。その前からゼロだったとはいえ、もう回復しないゼロになったわけである。
それでも、どういうわけか、妻が彼を許すことを提案してきたのだ。
「こんな突拍子もない奇跡を目の当たりにしちゃったら、許さざる得ないんじゃない?」と、妻はニヒッと笑いながら告げていた。
何が起こったのかというと、永川さんによって名付けられたアプリと同じキーワードが、年末の漫才日本一を決める番組で優勝したコンビのネタで連呼されたことで、検索ワードとして急上昇。玉突き事故的に、我が社の知名度とともに、そのアプリも登録者数を激増させることになったのだ。
僕も、妻の言葉を聞いて「突拍子もない奇跡を目の当たりにすれば、きっと、どんな罪も許せるよ」という懐かしい言葉を思い出していた。
……とは言えだ。
この人はどう考えても、どれだけ寛大になったとしても、怪しい。
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