第12話 俺の話④ 粘土に命を

 中間テストが終わるとすぐに、学校の中は浮ついた雰囲気になっていた。一学期唯一の楽しめるイベント、文化祭があるからだ。

 で、美術部は一応文化部であるので、何かやらないといけない訳である。ここで何もしなければ、美術部が学校で自己主張できる機会などなくなってしまう。

「何やろっか?」

 ミオコは他人任せな声で尋ねてきた。彼女は美術部員らしい活動を好まない。どちらかというと、写真部がないから代わりに入ったような感じだ。それも、本格的に写真を撮りたい訳ではなく、父親から譲り受けた一眼レフのデジタルカメラで気紛れに撮影するだけだった。発表する気もないみたいだ。

 俺の家に行きたいって言ったのも、あの現場を撮影したいってのが本音だったみたいだけど、さすがにやめたようだ。

「田原先輩は?」

 コウイチもミオコとあまり変わらない。一般的な美術部員と違って、彼の活動は漫画制作だった。

「ダメダメ。あの人はこっちよりも自分たちのバンドがあるし、3年生だからクラスの出し物の方が優先だよ。美術部自体に思い入れなんてないんだから」

 アキトは中学から一緒にやっている仲間だ。今では彼の方が実力は上なんじゃないかなあ。俺が足踏みしている間にどんどん先に行ってしまった感じだ。

「竜平君は何かない?」

 芹菜は、まぁ、美術部員らしいかな。でも、油彩なんかは全然やらない。デッサンやデザインを主にやっている。将来は衣服のデザイナーになりたいみたい。

 目標があるってステキだよね。俺なんか、先のことなんか何にも考えてない。と言うよりも、考えられない。視線の先が濁り過ぎて、何も見えないんだ。

「うーん。3年になったら自分達のクラスのことを優先しなくちゃいけないだろうから、美術部として本格的にやれるのは最後かもしれないのか……。だったら、何かまともなことがしたいかな」

 答えになっちゃいないな、こりゃ。

「だったらさ。皆の得意技を混ぜちゃおうよ」

 芹菜がカワイイ声で呼びかけていた。この中で唯一、体育部系のノリを持っている人物だったりするんだな。だからなのか、ボーイッシュなことを好む。自分を僕って言うのもその現れだ。

「何。コラボる?」

 ノリの良さだけは反射神経が良いのがアキトだ。それ以外の反射神経は、ここだけの話、鈍い。運動神経なんて、話せない。

「そりゃ、賛成だよ? ミオコの写真と、コウイチの漫画でしょ。芹菜のデザイン。ただね。俺とアキトは何すんの?」

 面白そうなのは案外乗っかる俺。根暗な人生って訳でもない。

「アキト君は皆の作品を繋げる絵を描いて欲しいな。竜平君は、全体を象徴するような……、ひとつの作品にまとめるようなすっごいオブジェを創って」

 うーんと考え込んだ後で、芹菜は閃いたように指示を出した。悪くない選択だ。それにカワイイ。……………………。え? それは関係ない?

 いや、しかし、すっごいオブジェとは?

「なるほど。この部屋をひとつの作品にしちゃう訳だ。だったら、折角だから田原先輩にも参加してもらおうよ。先輩、作曲やってるはずだから、曲を作ってもらおう」

 勘のいいコウイチは、芹菜のビジョンを敏感に感じ取っていた。コウイチの言葉でようやく俺たちもイメージが湧いてきた。

「おもしろそー」

 ミオコがそう言わなくても、いつの間にかウキウキしていた。

 やるならとことん楽しまなきゃね。高校生って、そういう時代だもん。一先ずアイツの背中はどこかに置いとこう。


 作業はまず、芹菜の空間デザインから始まった。そりゃ、設計図もなしに行動に移しても芸術にはならない。時間はかからなかった。彼女の中には、口に出した段階でほとんどイメージは完成されていたようで、次の日にはレイアウトは出来上がっていた。 

 それを元にミオコとコウイチとアキトの作品を融合させる作業が始まった。勿論、その途中で芹菜のアイデアが変更されることもあったけど、おおむね順調だった。

 コウイチの漫画をミオコが写真に収め、それをアキトの絵の中に貼り付ける。で、それをまたミオコが写真に撮る、みたいな感じだ。

 しかも、その写真も最後にはアキトの油彩画の中に埋め込まれている。3人の作品の集合体は目眩を起こしそうなほどの奇妙さを誕生させていた。

 それを飾る額縁や、ディスプレイのセットは芹菜の手作りだった。暇になりがちだったミオコの手を借りて、流木や教室のカーテンを使っての制作は着々と完成に向かっていた。

 まぁ、授業で使うから固定させることだけは出来なかったけど、それは前日の作業になりそうだ。

 田原先輩の曲も思いの外、初期の段階で出来上がってきた。アコースティックギターだけで奏でられる柔らかくて、静かで、落ち着く音だった。父親の影響で耳は鍛えられていたけど、それでも満足できるレベルだった。

 生と死。それが芹菜のテーマだったから、重くなくて軽くリラックス出来る音楽にしてくれたみたい。イイ感じ。

 で、オブジェを担当している俺はと言うと……。

 手つかずだった。

 実は、この大掛かりな作品の中で、肝心要なのがこのオブジェだった。皆の創り上げた作品をまとめて、ひとつの作品に出来るかのカギを握っていた。責任重大。

 生と死を表現しながら、周囲の7つの作品を繋ぎとめる物。そりゃあ、周囲の7つの作品はどこかが繋がるようにデザインされてはいたけど、それだけじゃあひとつひとつが違う作品になってしまう。

 芹菜も、そこだけは思いついてないみたいだし、何とか自分で捻り出さなければならなかった。でもねぇ、簡単にはいかないんだ。これが……。


 皆が作業に没頭している中、独りその中央でぼんやり粘土を眺めていた。その時は、芹菜のことを考えていたのだけど。

 何で、彼女はこのオブジェの制作に俺を指名したんだろう。まぁ、50%の確率さ。だけど、そこに意味を求めちゃいけないのかなあ? チラリと彼女の後ろ姿を盗み見る。

 苦しくて、切なくて、もどかしくて、締め付けられる。

 思考のスイッチを切ったまま生活出来たらイイなって、時々思うんだ。何も考えられなければ、どんなことにも傷つかずに済むものね。でも、それじゃあ、つまらないでしょ? だから、やっぱり考え込んで掌を見つめちゃう。

 でもね。自分のことを指し示してくれる線も、人の心までは伝えてくれない。もっとも、自分のことすら分からないのだけど。

 思い切って訊いてみる?

 無理無理。

 そんなことが出来るくらいなら、悩んだりしないよ。こんな所で、膝を抱えて粘土と睨めっこなんか絶対にしてないね。

 好きだから俺を選んだ。嫌いだから俺を選んだ。意味なんてない。

 最有力は意味なんてない、だ。希望的候補は好きだから選ばれた、ね。さぁ、どっち? って、多数決取る相手がいないところが辛いところだ。

「どうよ?」

 煮詰まっているのを見越してアキトが声をかけてきた。アキトにも、この作品の命運はオブジェのデキにかかっているのは分かっていた。

「さっぱり……だね。チェンジしない?」

 肩をすくめて、そう冗談めかして溜め息をついていた。ちょっとだけ本気だったかな。

 「ダメだぞ。竜平君」

 そんなちょっとの感情も読み取られたのか、アキトよりも先に芹菜に怒られていた。

 その言葉が耳に届いた刹那。ドックンと血液は沸騰してしまっていた。どうすればいいのか頭が真っ白になったような、そんな焦りも生まれていた。

 細胞のひとつひとつに収められていたはずの思考はグチャグチャに押し潰されて、境界線を失った液体が流れ出て混ざり合い、視界を黒く染めていった。

 そうやって何も見えなくなってから、芹菜の言葉を反芻していた。

 もしかしたら、彼女にとって、俺を指名したのには何か意味があったのか? 考え過ぎかな。

「え、あ、ゴメン。何とか、がんばるよ」

 戸惑った声だった。心臓の動きは早まったままだった。

 皆は何もなかったように元の作業に戻っていたけど、俺の思考はその場に釘付けになっていた。グルグルと血液が心臓から送り出されて駆け巡っている。

 芹菜への想い。胸の痛み。心を締め付ける何か。高鳴る鼓動。生と死。アイツの背中。

 スッとイメージは定着した。

「コウ。お前の友だちに電気の配線が得意な奴がいたよな」

 イメージが逃げ出さないうちに慌てて粘土に手をつけていた。

「ああ、カズキのこと?」

 猛烈な勢いで粘土に意味を持たせていく様に驚きながら、コウイチは答えてくれた。

「ちょっと手伝ってもらえないか交渉してくれ。難しい仕事じゃないと思うから、頼むよ」

 頭に生まれたそれを活かすために、どうしても協力して欲しかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る