エピローグ

372


 僕は前世で人間として生きた記憶が、……かなり薄っすらとだが残っているせいか、生き物とは、生まれてくればやがて死ぬものだと思ってる。

 何を当たり前の話をって思われるかもしれないけれど、そう、それは当然の事なのだ。


 神々がハイエルフを模して生み出したエルフ、そこから派生した新しい人。

 彼らは不完全な存在ではあるけれど、生き物としては彼らの方がきっと正しい。

 いや、古の種族だって、真なる不滅だなんて言ってるけれど、それは単なる思い上がりだ。

 ハイエルフは生きる時間を終えた後に精霊になるが、精霊も、巨人や不死なる鳥、真なる竜だって、永遠の存在ではないだろう。


 古の種族だけじゃない。

 そもそもこの世界だって、未来永劫に続く訳では決してなかった。

 たとえ真なる竜が焼かずとも、全てのものはいずれ滅びる。


 気の遠くなるような時間の果てには、きっと精霊も巨人も、不死なる鳥や真なる竜も、存在はしていないだろう。

 星の寿命が何十億年だったかは忘れたけれど、銀河にも、宇宙にだって寿命はあった筈。

 つまり何にでも、やがて終わりは訪れるのだ。

 例えば、僕がアイレナと過ごしてるこの時間にも。

 だから否応なしに、僕はそれを受け入れなければならなかった。



 新しい人には色々と種族があるけれど、エルフはその中でも希少な特徴を持つ種族だ。

 それは即ち、老化をしないという事。

 僕が知る限り、新しい人の中で老化が起きないのは、エルフと人魚のみである。

 あぁ、後天的にそうなる仙人は別にして。


 恐らくエルフがそうであるのは、ハイエルフを模したからで、人魚もそうであるのは、恐らく一度人間まで分岐した後、再びエルフに近付けようとして生み出された種族だからだろう。

 神々が新しい人を創造した順番的には、まずハイエルフを模してエルフが生み出され、次は真逆の性質を備えたドワーフが、その次が強い力は持たないが拡張性に富む人間という種族が創られた。

 ここまでが、神々が協力して生み出した種族で、この後は個々の神が己の好きなように新しい人を創造していく。

 人間は、個々の神が己の好みを反映した種族を創造する為の、基として生み出されたのだと、僕は思ってる。

 人魚を生み出した神は、新しい人の中で最も長く生きるエルフを目標に、再びそちらに近付けるような形で人魚を生み出した。

 故に人魚の肉体も老いないし、生きる時間だって長い。


 そう考えると、地人は人間より後に創造された種族だけれど、ドワーフに近い特徴を幾つも持ってるから、やっぱりドワーフに近付けようとして生み出されたのだろうか。

 ドワーフと地人も人間より長く生きるが、エルフや人魚よりは短いし、外見上はわかり難いがちゃんと老ける。

 生きる時間の長さ的には、エルフが七百年、人魚が五百年に比べ、ドワーフや地人は三百年生きれば長い方だという。


 まぁさておき、僕が今話したいのは、エルフと人魚は老化と無縁の種族だって事だ。

 普通に老いる種族は、老いと共に身体の動きは鈍り、病にも掛かり易くなって、弱っていって死に至る。

 でもエルフや人魚は老いぬから、そういった形の死に方はしない。


 人魚はある日、唐突に身体が崩壊して塵になり、消え去るように死ぬという。

 本人にはそろそろだって自覚はあるらしいけれど、他人の目から見ると本当に唐突に消えるらしい。

 ……人魚は泡となって消えてしまう、ではないけれど、何とも儚く怖い話である。

 ちなみに寿命以外での死、人や魔物に殺されたり、病で亡くなった場合は死体が残るそうだ。

 多分だけれど、人魚の肉体は老いないが、それでも長い時間存在し続ける事に、やがて限界が訪れてしまうのだろう。


 ではエルフの場合はどうなのか。

 エルフは死が近付けば、まず睡眠時間が長くなる。

 一日の半分以上を寝て過ごすようになり、これが寿命が近付いた兆候だ。

 他の生き物だって、死が近付けば眠る時間は増えるけれど、エルフのこれは少しばかり意味が違う。

 多くの生き物の死は、肉体的な問題だった。

 人魚の死だって、肉体の限界が訪れて崩壊する。


 しかしエルフの死は、魂の限界だ。

 といっても魂が擦り切れて消えてしまうって事じゃない……、とは思う。

 だってそれは、あまりにも悲し過ぎる。

 僕は死んだ後、転生があると身をもって知っているから。

 恐らく長く生きて蓄えた情報に、魂が疲れ切ってしまい、休息を求めて死に至るのだろう。

 或いは蓄えた情報を消化し、魂が成長する時間を必要とするのか。

 その為、エルフはまず睡眠時間が長くなり、徐々に起きている、意識を保てる時間は短くなって、眠るように死ぬ。


 アイレナの眠りが長くなったのは、僕が七百三十四歳の時。

 彼女は僕より十歳下だから、七百二十四歳か。

 エルフにしては既に随分と長生きになってたアイレナに、頑張れば精霊になれそうだねと、冗談めかして言ったりもしたけれど。

 もちろんそんな都合の良い奇跡は、起こる筈もない。

 またアイレナも、エルフの範疇を越えて長く生き続ける事は望んでいなかった。

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