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 まぁそんな経緯でベビーシッターとして雇われる事になった僕だけれど、別に四六時中パドウィンに張り付いてたって訳じゃない。

 今回、僕はあくまで雇われて子供の世話をするだけで、ウィンやソレイユのように我が子として育てる訳じゃなかった。

 子育ての主役はあくまで、パドウィンの父母だ。

 それに港での荷運びは稼ぎが良いが、流石にベビーシッターをずっと付けておける程の稼ぎじゃないから。

 我が子がどこかに行ってしまわないか心配で眠れぬ母親の代わりに、昼間に三時間くらいパドウィンの面倒を見て、母親にはその間に睡眠をとって貰うようにしてる。


 正直に言えば、僕もアイレナも蓄えは多くあるから、別にベビーシッターで細々と稼ぐ必要はないのだけれど、多少であっても金を取らねば、互いに距離感を間違えてしまう。

 僕はパドウィンとも、その父母とも、あくまで他人だ。

 同じ島に暮らす仲間ではあるから、困った時は助け合いだけれども、一方的にずっと対価なしに助けるような真似はしない。

 また僅かであっても報酬がなければ、子供の世話をするという仕事にも責任感が生じないだろう。


 尤も僕が普通のエルフなら、そんな事情は全部投げ捨てて、パドウィンに張り付いている必要があった。

 いやむしろ、一人では面倒が見切れないから、複数人が交代でパドウィンの瞬間移動に備えなければならなかった筈。

 ただ僕の場合は、先に述べた通り、予め精霊に対応を頼んでおく事ができたから、一日のうちの数時間、パドウィンと接するだけで彼の身の安全は守れる。

 言ってしまえば、パドウィンと接してる数時間は、僕がこの子を大切にしてると精霊にアピールする時間のようなものだ。


 でも様々な事情を取っ払って、僕がパドウィンをどう思ってるかと言えば、そりゃあ当然とても可愛い。

 僕は子供が好きだし、実際にパドウィンは可愛らしい赤子だった。

 瞬間移動の神術なんて代物を宿す子供が、将来はどんな道を選ぶのかだって、興味深く思ってる。


 しかしそんな余裕も、パドウィンが二歳になる頃には綺麗に吹き飛ぶ。

 その頃になると、パドウィンの目にも遠くが見えるようになり、自分の世界を急速に広げ始めた。

 二歳の頃合いは、普通の子供でも少し目を離せばどこに行ってしまうかわからない。

 だがパドウィンの場合は、目を離さなくとも彼が何かに興味を惹かれれば、そこに飛んで行ってしまうから。


 子供が鳥を捕まえようと、広場でヨタヨタ走って追い掛けて、飛んで逃げられたなんて光景は、この世界でもありがちだ。

 それがパドウィンの場合は、空飛ぶ鳥を捕まえようとして、空に瞬間移動をし、その後は空から一気に落下するなんて事が起きる。

 もちろん風の精霊が守って軟着陸させてくれるから、墜落死はないのだけれど、母親の胆は冷えるだろう。

 そして問題は、そんな広い行動範囲を持つパドウィンが、上空ではなく興味の惹かれるままにあちこちに瞬間移動を繰り返してしまった場合だった。

 複数回の瞬間移動をされてしまうと、見失ったパドウィンを見付け出す事は母親にはもう不可能で、精霊からの報せを受けた僕が回収に赴く事になる。


 そうなると流石に一日三時間だけ、なんて言ってられなくて、僕がパドウィンの近くで過ごす時間は、次第に増えて行く。

 パドウィンはどうしても、普通の人間である彼の父母には手に負えない子供だった。

 しかしそれでも、或いはだからこそだろうか、両親のパドウィンへの愛情は変わらず強固で、だからこそ僕が思うに、彼は幸せな子供だったのだろう。


 エルフのキャラバンが献金と引き換えに聞き出した話では、宗教組織が先天的に神術を備えた子を引き取った場合、多くは視界を塞いで育てるそうだ。

 先天的な神術の使い手は、ジュヤルやパドウィンがそうであったように、視界に頼って能力を使う事が殆どらしい。

 例えばパドウィンの瞬間移動が、本当はイメージをした場所に移動を行うものだったとしても、幼少期に明確な場所のイメージなんて行える筈がなく、見えた場所のイメージで瞬間移動を使用する。

 するとそれを繰り返すうちに、無意識に自分の力は見える場所に瞬間移動を行うものだと、能力を幅を狭めて定義するのだ。


 つまり視界さえ塞いでやれば、多くの神術の使い手は普通の子供と変わらず、また能力の訓練や教義を学ぶ時にのみ視界を解放してやれば、子供はそれを求めて能力の開発や教義の学習に熱心になる。

 それが多くの宗教組織での先天的に神術を備えた子供の扱い方らしい。


 あぁ、僕はこのやり方を、悪だと非難する心算はなかった。

 普通の人間には、パドウィンのような子供を他に育てる術はないだろう。

 他の子供と同じように育てようとしても、行方不明になって終わりである。

 いや、瞬間移動の場合は行方不明になるだけだが、殺傷能力の高い神術を宿す場合は、大惨事に繋がりかねないから。

 だから子供の視界を塞いで育てるというやり方は、他に方法のない苦肉の策で、それを非難するのは傲慢に他ならない。


 ただその上で、両親からの愛を注がれ、自由に生きられているパドウィンは、幸福なのだろうと僕は思う。

 そうして、僕は今日も気儘に脱走した後、自分が逸れたと気付いて泣いていたパドウィンを回収して、彼の母親に届けに行く。

 パドウィンの幸福が少しでも長く続く事を、僕は祈るばかりである。

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